第5話 久石譲 主題提示 ジブリファンの思い

 

 教室のガヤガヤは、自分はそれほど嫌ではない、不思議な音だと思う。時々女子の高い笑い声がするけれど、アクセントのようで悪くは無い。

そして放課後の、誰もいなくなった信じられないほどの静寂も好きだ。

時々一人っきりで教室にわざと残ったりする。特に試験期間中などは好みだけれど、普段は外の部活と吹奏楽部の音で一杯だ。

その日も普通の日だから、すぐに帰ろうと思っていた。天気予報で夕方からひどい雷雨になるというので、帰宅部の自分は素直に気象予報士に感謝するのが礼儀のような気がした。だが



「え? ・・・パズーのトランペット・・・」



 学校中に響き渡ったのは、「天空の城ラピュタ」の主人公パズーが、鳩のために吹くトランペット曲だ。僕は勿論何度も聞いたことがあるし、トランペットの練習でこの曲は定番らしく、二年生の僕は高校でも聞いていた。でも今この学校中に響き渡る演奏は


「ああ・・・山が・・・鳩が・・・シーターの優しいまなざしが見える・・・」


窓からは中庭と、向かいの校舎しか見えない。ペンキをこってりと塗られた、自然とは程遠い建物しか無いのに、曲が体の中まで入ってきて、心まで澄みきった様に感じる。


「トランペットなのに、優しい柔らかい音、でもしっかりとした所も、どこか初々しい感じもする・・・あ・・・」

と、吹奏楽部のクラスメートが話していたのを思い出した。


「あいつ・・・感が良いんだろうな・・・それと元々持っている音がさ・・・トロンボーンの音を最初に聞いたからかな、うらやましいぐらいに魅力的な音なんだ・・・」

冷静な分析は、むしろその彼が「良い人間である証明」のように僕は思った。


「一年生で、始めたばっかりの子か・・・すごい・・・どうしよう・・・・恥ずかしいかな、でもやっぱりジブリ好き、久石譲好きとしてこれは勇気を持って一言言おう! 」


僕は校内を走った。そうして彼が練習している一年生の教室に行ったとき、丁度良い具合に曲が終わった。


「勇気を出せ、なんだか告白みたいだな。あ! 」

幸運は、自分の一年生の時の教室だったこと。一年前のようにガラガラと開けると、その子はチラリとこちらを見た。


「あ・・・あの・・・僕ジブリが好きでね・・・君のトランペット、すごいと思うよ。すごくきれいで、まるで映画を見ているみたいだった」


そう言うと、本人はすごく驚いていた。それはそうだろう、知りもしない先輩から褒め言葉とは言え、急に声をかけられたのだから。


すると


「ありがとうございます!! 」


と僕に向かって一礼をして、すぐさま教室を飛び出していった。

勿論そのときの顔はとてもうれしそうだったから、僕としては勤めを十二分に果たしたと思い、急いで家に帰り、夕飯の時、母親にこの話をした。


「へえ、そんな上手な子がいるの・・・定期演奏会聞きに行こうかしら」

と言ったので、次の日に吹奏楽部のクラスメートに頼むことにしていた。


すると次の日の朝、僕の顔を見るなり、その彼が困った顔をしてやって来た。


「なあ、お前、昨日うちの一年生のトランペットの子、褒めた? 」

「あ・・・うん・・・」尻切れトンボになったのは、彼の表情が更に険しくなったからだった。そして僕の気の弱さなのか

「いけなかったかな・・・素人が偉そうに・・・」

「あ・・・いやいや・・・それが悪いんじゃなくて・・・お前は全然悪くないよ、全然・・・・・ただ・・・・・」


ちょっと込み入った話しのようで、昼休みにゆっくり聞くことにした。



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