夏草の誘い

阿紋

ビルの谷間にて

吹き抜ける風。


ねっとりと体にからみつく。


ビルとビルの間にかくれるようにして、息をひそめている。


何もない。


すべてはぼくの夢の中。


すべては幻。


ぼくが今寄りかかっているビルの壁も。


道路のすみにかすかに残る、


今朝降った雨のしずくも。


風に吹き飛ばされるビニール傘も。


ビルの中からごみ出しに出てきた


ねずみ色のスウェットを着たオジサンも。


人気のない通りをけだるそうに通り過ぎる


ミニスカートのおねえさんも。


大通りを埋め尽くしている雑踏も。


ぼくの吐き出すタバコの煙も。


ビルとビルの間からのぞくライトブルーの空も。


そして、あたりを包み込む熱気と光も。


そう、ぼくはもしかしたら薄暗い砂漠の真ん中に、


ポツンと一人寒さに震えているのかもしれない。


そしてぼくは、砂の上にすわり込む。


でも、砂漠に空をすっぽり包んでしまうような


雲が出ることなんてあるのだろうか。


ありえない。


でも、本当はありえないことが本当で、


今までぼくが体験してきたことが


みんな嘘っぱちなのかもしれない。


そのほうがずっといい。


今こうしているぼくなんかよりも。


マリア様は言ったらしい。


なるがままでいいって。


でも、なるがままでいて本当にいいことってあるのかな。


川が流れる。


どっち側の岸も見えない川の真ん中で、


ぼくはただ流されていくだけ。


何もいいことなんて見えやしない。

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