心の声が聞こえる公爵令嬢と冷酷公爵様

遥月

第1話

「————お前には、アズウェル公爵の下に嫁いで貰う事になった」


 それは、父の言葉。

 私——シェリア・ファウザーが16歳を迎え、それから数日ほど経過したある日。

 執務室に呼び出されたと思えば、私は開口一番にそんな言葉を向けられる。


 告げる父の瞳は、僻目に近かった。

 私を見詰めているようでその実、何処か別の場所を眺めているような眼差し。

 父の事だからきっと、私が嫁いだ後の事でも考えているのだろう。


 貴族令嬢として生まれた身。

 政略の道具になる事に今更、騒ぎ立てるつもりはなかったけど、血の繋がりがある筈なのに、ないように思えてしまうこの感覚はいつまで経っても慣れない。心の中に、冷たい風が吹き込んでくる。そんな感覚だった。


「承知いたしました」


 胸中で渦巻く感情に蓋をしながら、笑顔を作って取り繕う。


「出立は今日を予定している」


 随分と急な話だ。

 そう思った。


「問題はあるか」

「いえ、特には」


 でも、特に拒む理由も、予定もなかったのでその言葉に首肯をひとつ。

 すると、「そうか」とだけ呟き、父は閉口した。


 用事は、これだけだろうか。


 父に、言葉を続ける様子が見られなかったので私は失礼しますと言い残して執務室を後にした。



「おめでとう、シェリア」


 部屋を後にするや否や、聞き慣れた声が私の鼓膜を揺らす。声の聞こえた方へと視線を向けると、そこには私のように笑顔を作った、、、お姉様がいた。


「……アナスタシアお姉様」


 聞き耳を立てていたのか。

 はたまた、事前に父から話を伺っていたのか。

 兎も角、上の姉であるアナスタシアは、心の底から今回の一件を、祝福してくれているようであった。

 ……ただ、


(……可哀想に。ミカまで嫌がっちゃったから、案の定、お父様ったらシェリアにあの冷酷公爵様との縁談を押し付けたのね)


 その祝福は、私に対してではなく、縁談を逃れられたアナスタシア自分自身への祝福であったが。


 私には生まれつき、特別な能力があった。

 魔法というより、それはきっと超能力に近い。


 私は————例外なく、誰しもの心の声を聞くことが出来た。

 だから、誰しもの本音、嘘、建前。

 何もかもが私には聞こえてしまう。


 故に、私は先の一件についてアナスタシアお姉様が憐れんでいるのだと一瞬で看破する事が出来てしまっていた。


 ……実に、呪われた能力である。

 何事も、知らない方が幸せとはよく言ったものだ。


「ありがとうございます。アズウェル公爵領、ともなるとファウザー公爵領から随分と遠地になってしまいますね」

「そうね。気軽に会う事は出来なくなるから……ミカと一緒にシェリアに手紙を送るわ」

「お待ちしております」


 アナスタシアお姉様に言葉を返し、一礼。

 最低限の別れの挨拶は終えた。

 そう言わんばかりに、アナスタシアお姉様は来た道を帰るように踵を返した。


 家族……とはいえ、基本的に父含め、私達の関係というものは特に淡白なものであった。


 心の声を聞ける、なんて特異体質のせいで、基本的に私は相手の懐には踏み込めない。

 本音を知ってるのだ。

 たとえ相手が気にしていないと言っても、本音では気にしていたらどうしても私は遠慮をしてしまう。


 そしてそれら全てを押し殺し、聞こえてくる心の声に従って行動をしても————待ち受けていた結末は、「気味が悪い」という一言だった。


 だから、私はやっぱり距離を置く事にした。

 お陰で、気付けば私は、人と関わる事が苦手な子。なんて印象を持たれていた。


 私が実は寂しがり屋なんだよって言っても、多分、誰も信じてはくれないだろう。

 故に、〝心の声が聞こえるこの能力〟は、何よりも疎ましいものであった。


「シェリアお嬢様」


 そんな事を考え、思考の渦に沈んでいた私を引きあげたのはよく知った使用人の声であった。

 名を、ユース。


 父がまだ私の年齢だった頃よりファウザー公爵家に仕えてくれている古株の初老の執事であった。


「出立の準備が出来ましてございます」

「そっか」


 ついさっき、話を聞いたばかりだというのに、随分と準備が早いというか。

 一体どういう事なんだ。


 なんて思う私の心の声に応じるように、ユースの心の声が聞こえてくる。


 私が若干、彼の言葉に渋面を見せていたからだろうか。


 得られた情報は私の望むもので、どうにもアナスタシアお姉様とミカお姉様が時間を掛けてゴネていたらしく、先方から縁談は三女でも問題ないという返事が来たから謝罪も兼ねてさっさと送り届けてしまおうという事らしい。


「ねえ、ユース」

「いかがなされましたか?」

「アズウェル公爵様って、どんな人だろう?」


 噂では、血も涙もないとか、冷酷だとか、しまいには頭に角が生えているだとか。

 とんでもない噂が飛び交う御仁である。


 流石にその大半はただの出まかせ、であるとはいえ、どんな人なのか。

 もし、ユースが少しでも知っているのなら聞いておきたかった。


 ……ただ、そんな私の期待とは裏腹に、政略道具として嫁ぐ私の心境を案じたユースは口籠もり、逡巡を経たのち、「……優しいお方です」とだけ答えてくれた。


 その気遣いから、私の耳にまで届いている噂がほんの僅かでも正しいものであったのだと理解する。でも、個人的な意見を言わせて貰えるのであれば、そのくらいなら問題はなかった。

 むしろ、そのくらいでちょうど良いと思う私すらいる。


「……変わった人だと、ありがたいんだけどな」


 具体的に言うと————心の声が聞こえない人、とか。そんな人はいないって分かってるんだけど、どうしても、「もし」なんて事をつい考えてしまう。


 ……勿論、ユースの言う通り、優しい人であってくれると尚嬉しい事には間違いないんだけども。


「変わった人、ですか」

「……ううん。ごめん、やっぱり何でもないや」


 心の声が聞こえるという私の特異体質は、誰一人にも打ち明けてはいない。

 だから、これは口にするべきではなかったと反省。そして、取り繕った。

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