チェリーガール
三郎
本文
「うぇっ!ふぇっ!げほっ……変なところ入った……」
私は今、動画を見ながらさくらんぼのヘタを舌で結ぶ練習をしている。
何故、むせ返りながらそんな意味のないことをしているのか。きっかけは、付き合っている彼女に勇気を出して私からキスをした時に言われた一言だった。
『キスに慣れてない
彼女は決して、悪気があって言ったわけではない。初々しくて可愛いという意味で言ったのだ、それは分かっている。だけど悔しかった。高校生の私は、彼女が初めての恋人で、ファーストキスの相手も彼女だ。対して、三つ歳上の彼女は私が初めての恋人ではない。キスも、多分その先も、色んな人と経験してきているのだろう。その余裕がカッコいいと思うと同時に、経験があるからこその余裕だと思うと、悔しくて仕方ない。その余裕な表情を崩してやりたい。
それが何故さくらんぼのヘタを舌で結ぶことに繋がるかというと、さくらんぼのヘタを舌で結べる人はキスが上手いと聞いたからだ。つまり、さくらんぼのヘタを舌で結べるようになれば必然的にキスも上手くなるのではないだろうかと思い、練習を始めた。かれこれ一時間ほど練習しているが、未だに一度も成功していない。ちなみに、私は親元を離れて学生寮で暮らしている。一人部屋なため、幸いにもこの奇行を見ている人は居ない。
とはいえ、流石に一時間もこんなことをしていれば疲れてきた。本当に結べるのだろうか。
「……お」
前言撤回。結べた気がする。口の中から出して、確かめてみる。
「……!出来てる!」
緩いが、結び目が出来ている。思わず部屋を飛び出し、仲のいい隣の部屋の住民に報告をすると「受験生なのに随分と余裕ね」と苦笑いされてしまった。
それから数日後。
「
「ふふ。なになに?ドキドキしちゃうなぁ」
「もー!余裕ぶっこいていられるのも今のうちですからね!」
壁に追い込まれた彼女は、いつもの余裕を崩さず、私を揶揄うようにくすくすと笑いながら目を閉じる。
少し背伸びをして、唇を重ねる。
キスシーンの動画を見て研究し、さくらんぼのヘタで舌を動かす練習もした。
いきなり舌を入れたりせずに、まずは軽いキスから。そして少しずつ、深く。
彼女の反応はいい感じだ。今日はこのまま私が彼女をリードしてみせ——
「!」
不意に、ぐっと腰を引き寄せられた。くるんと回転して、立場が逆転する。
「……激しくぺろぺろ舌動かせばいいってわけじゃないんだよ。犬じゃないんだからさ。私が正しいやり方教えてあげる」
彼女はそう言って小馬鹿にしたように笑い、唇を重ねた。彼女の舌が唇を無理矢理こじ開け、咥内をゆっくりと大きく動き回る。
「っ……んっ……桃子さ……」
息が出来ない。身体から力が抜ける。キスだけでイクなんて、都市伝説だと思っていた。そもそも、イクという感覚すら、まだよくわかっていないのに——
「っ——!」
腰が抜けた。頭がふわふわする。彼女が何かを言っているが、言葉が入ってこない。意味不明な記号を並べているように聞こえる。
ボーっとする頭で、なんとか相槌を打っていると、突然、ふわりと身体が宙に浮いた。
寝室に連れて行かれ、ベッドに下される。
シャーというカーテンを閉める音が聞こえ、少しずつ意識がはっきりしてきたところで、ギシ……とベッドの軋む音がした。彼女が私の上に乗る。頬を撫で「良い?」と彼女は問いかける。何が良いのか悪いのか、まだ少しボーっとする頭ではすぐには察せられなかったが、彼女が返事を待たずに私の服に手をかけた瞬間、身の危険を察して覚醒し、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「ちょっ!良いって言ってない!」
「えっ。ごめん。私には聞こえた」
「幻聴です!」
「えー。じゃあ駄目なの?あたしはもうすっかりその気なんだけど。抱く気満々なんだけどー」
私は、キス以上の経験はない。知識もネットや友人から得た程度のものしかない。
彼女はきっと、違うのだろう。私以外の人と——。
「えっ!泣くほど嫌!?ごめん!大丈夫!?」
彼女の心配するような声で、自分が泣いていることに気づく。
「ごめんね。どうしても嫌なら、無理矢理しない。嫌がる子を無理矢理犯す趣味はないから。大丈夫だよ」
「違う……そうじゃなくて……」
「ん?じゃあなに?」
「慣れてる感じが嫌……」
「……あー……なるほど?いや、そう言われましても」
「うぅー……」
「ご、ごめん。けど……その……こう見えて私、一途なんだ。誓って、浮気をしたことはありません。君が好きだよ。愛してる」
分かっている。こんな子供じみたわがままで泣いてしまう自分が嫌だ。そんな私をめんどくさがらずにあやしてくれる彼女が好きだ。好きだからこそ、こんなわがままで彼女を困らせたくなかった。
「めんどくさい女でごめんなさい……」
「めんどくさい?いや、むしろ可愛いと思ってるけど」
優しく笑う彼女。
「めんどくさくない?」
「可愛いよ」
「めんどくさいのは否定しないんだ……」
「……めんどくさくないよ」
「その間は何?」
「ごめん。ちゅーしてあげるから機嫌なおして」
「桃子さんがしたいだけじゃん」
「うん。てか、キスより先のこともしたいんですが。改めて問いますが、よろしいでしょうか」
「……」
「……みーちゃん。私は君が大好きだよ」
「……えっちしたいだけじゃない?」
「本気でそう思われてるなら心外だな」
そんなこと、本気で思ってないくせに。彼女の悪戯っぽい笑みがそう語る。
「……うん。ごめん。思ってないよ。私も桃子さんが好き。貴女と、触れ合いたい」
「おっしゃ。じゃあ脱がしまーす」
ムードをぶち壊すような軽いノリでそう言って、彼女は私の服に手をかけた。思わず手を掴んで止めてしまう。
「何故!?」
「……その軽いノリやだ」
「いつも通りの方が緊張しないかと思ったんだけど。君、初めてでめちゃくちゃ緊張してるでしょ?」
「……やだ。もうちょっとムード考えて」
「……分かりましたよ。真面目にやりますよ」
唇を重ねながら、服に手をかける。やっぱり手慣れている。それはちょっと気に入らない。だけど——
「実桜」
優しい声で名前を呼ばれて、丁寧に愛撫されているうちに顔も名前も知らない彼女の元カノ達に対する嫉妬も少しずつ溶かされていった。
凄かった。としか言いようがない。まだ頭がふわふわしてボーっとしてしまう私に、彼女は水を持ってきてくれた。あれだけ激しく動いていたのに随分と余裕だ。やっぱりちょっと悔しいけれど、脳裏に焼きついた、最中の彼女の優しい顔が、声が、私の苛立ちを溶かしてしまう。
「お水、飲める?飲ませてあげようか。口移しで」
「け、結構です!自分で飲みます!」
そんなことされたら絶対流れでもう一回コースだ。いや、一回じゃ済まないかもしれない。
……にしても、凄かったな。彼女のキス。
「……桃子さんって、さくらんぼのヘタ舌で結べます?」
「えっ。何急に。流石にそんな器用なこと出来ないよ」
「えっ。出来ないの!?」
「いや、てか試したことないし……」
「今度やり方教えてあげるね」
「お?君は結べるの?」
「練習したから」
「練習?なんでそんなことを?」
「……さくらんぼのヘタを舌で結べる人はキスが上手いって聞いたから。出来るようになったらキスも上手くなるかと思って」
絶対笑われるだろうなと思いつつ、正直に話す。
「ぷ……あははっ!君、ほんと可愛いなぁ!」
案の定、笑われた。
「うぅ……」
「そんなことしなくたって、キスなら私が教えてあげるよ」
そういうと彼女は私を転がして仰向けにさせて乗っかった。嫌な予感がする。
「さぁ、早速今から練習しようじゃないか」
「いや、今はちょっ——んっ——桃子さんがしたいだけじゃ——っ……んっ……!」
そのまま、二回戦、三回戦、四回戦——体力が尽きるまで、彼女は何度も私を求めた。
ちなみに後日、彼女にさくらんぼのヘタの結び方を教えると、数分でマスターしてしまい、すぐに私より早く結べるようになってしまった。やはりキスが上手い人は舌先が器用なのだろうか。
悔しくて練習を続けているが、未だに彼女にマウントを取れたことはない。
チェリーガール 三郎 @sabu_saburou
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