現代の若き天才魔法使い希崎カナセは金が無い~所持金38円でも魔法があれば何でもできる!~

ぽてゆき

プロローグ

〈第99回全国高校魔法能力試験大会〉の決勝種目は”ビル割り”。

 読んで字の如く、誰よりも早くビルを粉々に割った者が優勝。

 舞台は、東氷とうひょう湾に作られた円形の人工島。

 

 そこに建てられた3棟の10階建てビルは、建築属性魔法により僅か一週間で作られた。

 非魔法式建築と比べて劇的な早さだが、強度が劣るどころか、物理防御は同等もしくは同等以上、耐魔法防御性能であれば魔法式の圧勝である。


 そんな高強度のビル割りに挑むのは、全国各地の予選を勝ち抜いた3人の高校生。

 その中で最大の注目を集めているのは、異葉いば県出身の希崎きざきカナセ。

 得意な魔法属性は『すべてだぜ!』(アンケート原文ママ)。

 180センチを越える恵まれた体格に、無尽蔵の魔力を誇り、バラエティに富んだ予選全種目で圧倒的な力を見せつけて、決勝の舞台にやってきた。

 

 驚くべきは、彼が〈ノーマル〉であること──つまり、魔法使いの血を一切受け継いでいないのだ。 

 今からおよそ150年前、日本のとある農村に突如現れた魔法使いニーセ・リダベック・アギゼレオ。異世界よりやってきた彼の出現により、地球上に本物の魔法がもたらされた。

 魔法は科学と寄り添い、時に対立しながら、文明の発展に寄与。

 回復魔法による医療、転送魔法による荷物の配送、攻撃魔法による治安維持など、現代における魔法の影響を数え上げたら枚挙にいとまが無い。


 その中心的存在は〈ニーセス〉。

 始祖魔法使いニーセの血を引く者たちであり、強力な魔力により世界を牽引し続けている。

 全国高校魔法能力試験大会──略してゼコマ──においても、過去の決勝進出者におけるニーセスの割合は99%。

 実際、今年も希崎カナセ以外のふたり、長坂マイサと町沢ゴウトがニーセスで、超高校級の魔法を連発していたのだが──。

 

「10階建てのビルを早く壊したもん勝ちだって? ……面白い! さすが決勝戦、面白すぎるぜ!」


 希崎カナセは、コンクリートのビルを仁王立ちで見上げながら、オレンジの混じった茶色い短髪を掻き上げ、ニヒヒと笑った。

 3棟のビルは、一辺100メートルの正三角形を描くように等間隔で建てられている。

 決勝戦は既に始まっており、長坂マイサは得意の火炎魔法で、町沢ゴウトは圧倒的な水量を誇る水魔法により、早くもビルに攻撃を仕掛けていた。


 下馬評では、長坂マイサか町沢ゴウトのどちらかが優勝するという見方が強かった……が、結果は意外かつ一瞬で訪れる。


「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 希崎カナセが、頭の悪そうなかけ声を上げると、かざした右手の平からごんぶとの雷魔法が放出。

 それから僅か0.3秒後、目の前のビルが粉々に砕け散った。

 

 細切れになったアスファルトの砂煙が魔法圧によって上昇し、100メートル離れたライバルの元へと降り注ぐ。

 あまりの”瞬殺ぶり”に、試合会場の周囲に設置された観客席は静寂に包まれた。

 その場に居合わせた大会関係者、スポンサー、政府の要人、魔法庁の重鎮ですら、唖然として言葉を失っている。


 奇妙な静けさを打ち破ったのもまた、希崎カナセその人であった。


「よっしゃー! 優勝したぜ‼ ……ん? オレ、優勝したんだよな?」


 周囲の反応に違和感を覚え、拳を振り上げたままキョロキョロと顔を動かし、周りに目を向けるカナセ。

 ビルを一瞬で破壊した魔法の使い手とは思えないような、そのコミカルな仕草に対して、観客の一部から笑い声が上がる。

 

 それはやがて歓声に変わり、指笛が鳴り響き、そして大きな拍手のうねりが生まれた。

 現地の人々はもちろん、カメラを通じて全国あるいは全世界に伝播し、各地の風速計が異常な数値を記録したとかしてないとか。

 

 とにもかくにも、この勝利により希崎カナセはバラ色の人生を歩むことを約束された。

 本大会の優勝者に与えられる正賞は表彰状及び図書カード10万円分。

 それに加え、副賞として様々な特典が与えられる。

 

 たとえば、魔法センター試験の免除、返済不要の奨学金(毎年1000万円)、海外留学のための飛行機及び飛空艇チケット全額補助、執行猶予が付くレベルの犯罪であれば3回まで無罪放免、等々。


 大げさでは無く、希崎カナセは今後、何者にでもなれるのだ。

 最高学府で魔法の練度を高めて、魔法系省庁のキャリア官僚になることも、プロ魔法バトルプレイヤーになって高額年俸を荒稼ぎすることも、なんなら奨学金を使って毎日遊んで暮らすことすら出来る。


 ヒーローインタビューを受ける希崎カナセのキラキラな笑顔が、何よりその栄光の予感を物語っていた……が、しかし。


 ドカァァァァァァァァンッッ。


 決勝の舞台となっている人工島から数十キロ離れた場所で、とてつもない大爆発が起きた。


「おいおい、なに今の? もしかして、優勝セレモニーの演出とか? いやぁ、参ったなぁ、えへへ」


 ライブ配信用のカメラに向けて、浮かれた表情を向けるカナセ。

 まさか、その大爆発が、日本……いや、世界最大規模を誇る〈第三魔力発電所〉で起きた事故とも知らず。

 発電所の最高責任者を務める希崎テイタツ所長こそ、他でもない希崎カナセの父親である。


 様々な思惑が入り組む世紀の大事故は、カナセの栄光に暗い影を落とすどころではなく、輝いていたはずの未来は真っ黒に塗りつぶされてしまった。

 この直後、テイタツは姿を消し、その行方を追って母も家を出た。

 そして残されたのは、”犯罪者(仮)の息子”というレッテルだけであった……が、希崎カナセは笑っていた。


「それはそれでおもしれーじゃねえか!」


 と。

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