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ヘカテの神

 黒く艶めく、節に繋がれた、金属とも見紛う質感の扁平な身体が揺れる。胸部から生える、胴体からすれば細過ぎる、だが家屋をも上回る巨大さの脚が蠢けば、地響きに耐えられずアスファルトは砕け、塵芥も家屋も同じに蹴飛ばされて形を失う。身体前方に構えた黒鉄の鋏腕は、音をも凌ぐ速度でけしかけられ、その餌食となった高層ビルは、一溜りもなく崩れ落ちた。




 そして暗黒の末端、蠍の姿勢のそれと同じ様に、実に高さ100メートルにまで掲げられた尾は、しかし注射器の様な異形であり、更に先端の針から射出されるのは毒に非ず、鉄筋コンクリートでさえ到底耐えられない強酸が、雨あられと降り注ぐ。




 闊歩する怪獣、崩壊し、火の手の上がる町並み、逃げ遅れ、ただ逃げ惑う人々。がらがらと瓦礫の崩れる音、振動を伴う足音、ギチギチと鳴る不快な蠢動音、阿鼻の叫喚と破壊の轟音。虫の姿をした怪獣は、その細い脚の一本ですら大樹の幹と同等であるまでの巨体を以って、暴虐の限りを尽くしていた。一人、また一人と、巨虫の一挙一動に合わせて建造物諸共に木っ端微塵に粉砕されて、巻き上がる砂塵を赤い靄にして逝く。




 やがて、叫び声は消え果て、薄茶と紅色の煙も開けた後、怪虫は尾をしならせ建物を薙ぎながら、ゆっくりと破壊された市街を見回し、ある一人の市民の方へと向き直った。




 化け物の前方500メートル、子供が散らされた車の残骸に挟まれ、逃げようにも逃げられぬ状況で、虫の無感情にして無慈悲な、それこそ少女がまるまる入ってしまうのでは無いかと言う大きさの眼球を見上げていた。少女に覆い被さっていた、ぐずぐずに溶けた肉塊が、幼子を酸の暴威から守っていた。しかし腹には、黒じみた赤の染みがその怪我の深刻さを主張しており、命はもう長くない様であった。




 虫は鋏状になっている腕を伸ばし、その巨体と華奢な脚部に則わぬ俊敏さで、ドシンドシンと辺りを揺らしながら、数秒もせずに突進し、距離を詰めた。




 そしてそのままの勢いで腕を打ち付け、今までと同じ様に目に入る物全てを破砕せんと攻撃した時である!




 原型を留めず、四肢が芥の様に飛び散り、周囲3メートルを鮮血に染めて、儚くも激しく四散する筈だった少女の生命は、未だ存続を続けているのだ! そればかりではなく、あの歩みを止めるものは存在しないとばかりに思われていた大魍魎は突如として出現した巨大なる光の壁に阻まれ、数千、いや、数万トンもの質量は、たかが数十キログラム程度の標的にさえ迫る事叶わず、ガギンと音を立てて弾き返されたのだった!




 いかなる奇蹟か、神の業か。これを目視した、奇跡的に生存した数名の被災者は、皆一様に目を見開き、見ずとも弾みで地面に叩きつけられた躯体の衝撃に驚愕した。




 群衆とも言えぬ数の人々は沈黙し、怪獣による破壊が止んだほんの一時。一切の音が無くなり、環境音のみが滔々と流れる中に、ただ一つ、やけに耳にのこる足音が響く。見やれば、一人の女が、数十万倍もの体格差にも臆する事無く、表情すら動かさず、その口たる鋏角ですら、バスを飲み込める程の大きさの怪獣と対峙するのであった。女は狙われた子供よりも更に小さく、幼い見た目をしていたのであるが、かの女には動揺も感慨も何も無く、相対する虫とむしろ似ている無感情を貼り付けて何も言わないのである。




 巨大な怪獣は立ち上がり、やおら立ち上がって、彼からすれば、無謀なる生きた塵同然の人間を抹殺せんと腕を構え、酸を放出するのであったが、女は眉一つ動かさずに、強い光を宿した眼光を注ぐのみである。




 強酸が降り注ぎ、剛力の鋏腕が迫る中にも、全体として淡い深海の様な色味の、アニメに出てくる魔法少女と言った風な格好の女は、眼前に迫る脅威にも関わらず、一向に指一本すら動かす事は無い。




 いよいよ最期、悠然たる聖なる幼女は、最後の一言すら発する事無く、悍しい怪生物の物凄い力の前に捻り潰されてしまうのだ、と、誰もが絶望した。しかしそうはならなかった。なんと彼女は、光の壁を自在に操り、あの忌々しい化け物の猛攻をも寄せ付けなかったのだ! 彼女こそが、あの神の御業の主であったのだ! 




 次にかの害獣は、只の一飛びで砕かれたアスファルトを更に耕して遥か後方へと跳躍し、そこから多脚を轟かせて、圧縮空気による擬似可視化衝撃波を伴う、鋏足による想像だにできない威力の突進ストレートを放つ。ずうんと言う衝撃に、街一帯を覆い尽くさんばかりの土煙が立ち、その余波のみでも地盤が破砕され、周囲の建物が崩れた。しかし防護はびくともしない。虫畜生は少し狼狽した様子で、殴り付けた腕を引っ込めもせず、尾を掲げて殺人の酸豪雨を降らすも、先ほどと全く同様に、至極簡単に防がれてしまう。次に打つ手もなく、藻掻くのみの巨大サソリモドキに、あどけなさのかけらもない幼女は、遂に反撃に打って出た。




 最初に、あの強固極まる光の壁が、周囲の生きとし生ける者全てを覆った。それから、神なる力の持ち主たる女は、元々煌々と宝石らしく燦めいていた眼光に、俄に凄まじい極光を宿し、更にそれをドンドンと暴力的なまでに輝かせるのだ。




 ほんの数秒間でトパーズ色の光の膨張は止まった。その直後、魔法少女の瞳孔からは恐るべき光量の光線が途轍もないスピードで放たれ、それが光を受けて艶の照り返した甲殻に着弾すれば、その途端、目も、耳も、肌さえもが疑われる程の様相が繰り広げられたのだった!




 大音響が鼓膜を劈き、光線は着弾点を中心とした太陽の如し光球となり、次の瞬間には、天地がひっくり返ったかと錯覚するまでの衝撃と、視界の何もかもが形を失い、後を追う真白の濁流に呑み込まれる映像が映った。それは莫大な高熱を発しているらしく、中心の怪獣は、体構造上の感情表現の乏しさも跳ね除け、虫なりのグロテスクな断末魔を上げて泡を吹き、苦しむのが迫真に伝わる動きをした。その鋼を上回る堅牢なる装甲も、この攻撃を前にすれば、何の意味も無く蒸発し、自らの破壊した建物を道連れに、身体の炭素を昇華され、気体となり、続く、核兵器を思わせる大爆発に吹き飛ばされて、跡形も無く消滅した。




 光の玉によって救護されていた、数少ない避難民ですら、自分達を救ってくれた魔法少女の、徹底的なる破壊に戦慄した。その跡地たるや、余りに凄絶な事か! 怪獣の姿など何処にも見当たらず、怪獣によって崩れた建造物群は、その欠片の一片たりとも残ってはおらず、地盤までもが大きく抉れ、岩盤などは、溶岩を通り越して蒸気と化している! 皆が皆、光の玉によって護られている為に無事ではあるが、もしこれが無かったかと想像する事、それだけでも身震いしないことが有るか! だがそんな感情も知ってか知らずか、たった一発の光線によって発生した半径500メートルのクレーターの只中に佇む魔法少女は、もうもうと立ち昇る岩石蒸気をものともせず、又命の恩人に対する恐怖すら混じった視線すら見た目には意にも介さず、保護した生存者を安全圏へと移動させ、人知れず姿を消したのであった。




 清潔感と無機質さを両立した天井、色の入っていないベッド。部屋の隅のテレビジョンに放映された番組は、今しがたの大惨劇についての事を伝えていた。




 「今日午前10時23分頃、突如○○市中央に出現し、午前10時37分頃、不明魔法少女実体第一個体により討伐された、サソリモドキ型怪獣アシッドロン、第14個体による死者は、現在確認されているのは2548人、重傷・重体者は172人です。これは今までの怪獣被害の中では最も深刻な被害であり、魔法少女実体群の出現が遅れた事が被害増大の原因であると考えられます。現在市内の…」




 あの場より救い上げられた少女、圷 結衣あくつ ゆいは、大量の管と機械に括り付けられ、ベッドの上に四肢を投げ出し、ただ息を引き取らんとしていた。




 この哀れな少女は、親を失った悲しみに浸る事すら痛みに引き戻されて出来ない状態である。走馬灯が次々と現れ、死への抵抗の意思すらもが駆け抜け舞い暴れる記憶にこそげ取られていった。そして、烈火の様な痛みに意識が段々と遠のいて行き、命の灯も尽きようと言う時である。




 結衣は妙な感覚に囚われたのだ。何時まで経っても朦朧としていた意識は絶たれず、却って頭脳は幾分か明晰にさえなっていた。しかし本来あるべきベッドや雑多な管の数々、そしてあれ程痛んだ腹の傷も、酷く原型を歪められた肉はそのままであるにも関わらず、痛みを感じる事は無く、仰向けに寝ていた筈の姿勢も、いつの間にか直立になっていた。




 結衣は困惑し、周りを見回した。西洋の昔話に出て来る部屋の様だ。ロココ様式の重厚な内装、病院の白とは打って変わって暗い室内を唯一照らす、柔らかい暖色の炎の燃える暖炉、そして暖炉の前に据えられた、何者かの座っている赤い椅子。




 彼女はこの状況下において混乱し、どうすれば良いのかが分からなかったが、結衣が動くより先に、炎に照られていた人影が椅子から立ち上がり、彼女の方を向いた。下から吹き上がる焔の光に揺れた皺の奥に、老獪にして膨大な知識、包み込む様な優しさ、そして鋼の様な剛さを宿した目が炯々と光るのが印象に残る、黒いローブを纏った老婆であった。驚いたことに、かの女は驚く事も無く、結衣を品定めでもするかの様に視線で撫でると、彼方からすれば、不審な侵入者たる結衣に対して、不自然なまでに宥和な声色と表情で話し掛けて来た。だがそれは、複数の人格を混ぜたかの様な、奇妙な口調であった。




「嗚呼、可哀想に、可哀想に。貴女は何の罪も犯していない、何の非さえ存在しない。それでも貴女は住むべき処を奪われ、家族も奪われ、そして今にも自分の命までもが、彼の世の不条理なる化け物に奪われようとしている。私がそれを救わずにいられようか。地母神たる私が、それを見過ごせようか。うむ、うむ。救おう、救いましょう、救い進ぜよう。しかししかし、対価を貰わずには救えん、信仰の対価こそが私のこの力。如何しようか、斯うしようか。そうだ、これだ、そうだ、そうじゃな、それが良い。もし、貴女、貴女。残念ながら、私は御両親を蘇らせる事をしてはならない。だけども死に逝く貴女をこの世に留まらせ、その苦痛を和らげる事なら出来る。如何かね、私に協力するのじゃ、それだけでよいのです。」




 この余りに胡散臭い勧誘! 常日頃であれば、九歳の小学生である結衣でも、唾棄すべきと一発で見抜けるものである。しかしだ。今の状況となれば話は別、結衣とて死にたくなどは無い。詰まる所、彼女の取り得る返事は一つしか無いのである。この怪しき老婦人の"手伝い"とは、どの様な物であるのかは解らず、恐れを一切抱かなかったかといえば嘘になるものの、意を決して頷いた。




 老婆は結衣が不安げにしているのをみやり、ローブと相まって、魔女にしか見えない笑みを浮かべて続けた。




「へっへっへ、心配する事は無い…。儂の手伝いといっても、契約を交わし、魔法少女となるだけだ。そうして、この世に蔓延る怪異によって引き起こされた現象を打ち払えば良いのですよ。例えば…そう! お前さんが怨敵たる怪獣共を始めとした奴ば等の事だ。怪異の中には、害意を為して魔法少女に襲い掛かる者も確かに居る。しかし、私は出来得る限りの脅威を取り除こう。なあに、簡単な掃除の手伝いをすれば良いのじゃ。」




 結衣の不安はそれでおさまる筈も無かった。しかしこの老人はそれを気に留めやしなかった。病院着を濡らし、血の流されていた傷口を僅かに見やった後、片手を空に翳したかと思えば、光によって構成された、円形の中に様々な文様が同心円状に配置された、いわゆる魔法陣と形容出来る物が大量に出現し、結衣と婆の周りを取り巻き、薄暗いながらも豪奢と見て取れる内装を隠し、地面すら覆い尽くして、空間の印象を、瞬く間に神々しく禍々しく輝く異空間のそれに変えてしまった。すると老婆が、結衣に最終確認を行った。この少女が断る筈など無い事を知りながら。




「貴女はこのまま行くと出血多量で死ぬ。だが私は貴女に手を差し伸べよう。対価として魔法少女となり、果て無き怪異との闘争に身を置けば、私がその命を現世に留めよう。如何か。」




「えー、はい、なります。」と、彼女は自分自身でも意外な程、実にあっさりと許諾したのだが、その要因の一つとして、まだ状況を飲み込めない事を無視する訳には行かない。化け物との殺し合い、などとの言葉を使えば、この様な返事はしなかったであろう。




 ともあれ結衣は、魔法少女となり、怪異を退治する、という意味の返事をした。その刹那、辺りを囲っていた魔法陣が鮮烈な光を放って視界をホワイトアウトさせ…




 …それが落ち着くと、以前と変わらぬ暗い部屋があり、変わらず老婆が目の前に立っていた。何かを貰った訳でも無い。何も変りゃしないじゃないかと思って身体を見ると、なんと、無彩色の病院着は少し派手過ぎる程に華美な服となり、それより驚くべきは、服を捲ると、傷が塞がっていたのだ! 




 彼女は目を見開いた。確かに傷を治す、などとはこの老婆も言っていたし、超常的であろう魔法陣の展開などしていたのも見た。しかしそれらはまだ彼女の常識内での説明も無理矢理になら付けられようと言うものであったが、こればかりは魔法や奇跡、それ以外のどのような説明が付けられようか!




 老婆はそれを事も無げに見ると、錠前を投げ渡した。




「ほれ、お前さんの部屋の鍵だ、この部屋から出でずっと真っ直ぐ行った先だ。家もあの怪獣に壊されたのだろう、今日から此処に住むと良い。」




「あ、ありがとうございます! あのー、おばあさん。」




「おばあさんはやめんか、私は神だ、この姿などは私の一面を表しているに過ぎないのだよ。ほれ、こんな風にな。私の事を言うならば、この名で呼ぶが好い――ヘカテと。それでは御機嫌よう。要件がある時は、私が呼びに行くからな。」




 老婆、いやヘカテは、言葉を紡ぎながら、数多の皺の深く刻まれた、枯れ枝の様な躯体を次々と変化させていった。皺が消え、背筋が伸び、声も若くなり、伸びた背丈が今度は低くなり、結衣と同じ位の少女となったかと思えば、今度は山羊や蛇、ライオン等の動物の頭部が至る所から生え、巨大な頭の集合体となって人間の姿だった面影を完全に消し、それすら黒の不定形の泥の様な影と崩れて姿を消してしまった。




 それと同時に、唯一西洋屋敷の明かりとなっていた暖炉の炎も消えてしまい、視界の標の一切は失われてしまった。この部屋には足を取られる家具が決して少なくは無く、文字通りの暗中模索で部屋を探し当てないといけないのかと、結衣が少々心細く思っていると、カチリ、カチリと重いスイッチの音が連続して鳴り、青い光源が部屋、そして暖炉では照らされなかった廊下の壁に点々と付き、その宮殿に近い、長大にして絢爛なる内装を露わとした。その光の色の都合上、宮殿と言うよりかは幽霊屋敷の様な印象の大廊下を、結衣は歩いて行くのであった。








――――――








 日の光など到底届きはしない、深い深い闇の中。ぽう、ぽう、とサイケデリックにして柔らかな自己主張の青に光る、地面を覆い尽くさんばかりの異形の大群の中央にて、その全ての異様な注目を集める者が居た。




「我が海底帝国は、民や財産を守る特大の障壁として、地上などとは比べ物にならぬ文明を、水の底へと沈めた。しかし、地上の下等生物共は、敢えて争いを避けてやった我々を認知する事すらせず、核などと言う汚染物質の塊を寄越して来たのだ! この粗悪にして邪曲な暴虐を許せようか! いいや許せるものか! これで怯えている程、我々は腑抜けでは無く、地上のカス共を滅ぼす程度は訳も無い! 今こそ立ち上がる時だ、今こそ地上の奴らに我々の力を思い知らせる時だ! 我が技術力の結晶たる兵器を起動させよ! 数多犇めく怪異共を扇動せよ! 我がモービィ・メルビレイ・レヴィーアの名を轟かせるのだ!」




 海底軍団に照らされた人型のシルエットは語調を強めると同時に大げさな程に手を広げて身を振り、最後には狂ったかに思える程に頭を振り乱すまでになった。




 その狂気的かつ極度に攻撃的な演説に共鳴する様に、海底中の異形の雪洞はその数と大きさを増して渦を巻き、空間そのものに所狭しと遍在して、高圧にして神秘なる海底にあるまじき摩天楼を映し出し、狂乱とも正気とも付かぬ、珍妙な鬨を、海底のメトロポリスに、繰り返し繰り返し、止む事無く響かせるのであった。

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