第92話 夜宴の準備

 海で遊び終えた後、別荘まで戻ってきた俺たちは、夜のバーベキューの準備をしていた。

 それぞれで分担して作業にあたり、俺は槻さんとコンロの火を起こしているところだ。


「寝ちゃいましたね。あの人らも流石に」

「おかけで静かなものね」


 割り箸の余りとか要らなくなった紙を、空気が通る隙間ができるようにアルミホイルの上に盛りながら、リビングの方をチラッと覗いてみる。

 俺らの中でも特にはっちゃけていた戸水さんと月見里さんはリビングにあるソファーで絶賛爆睡中である。

 遊び疲れもあるんだろうが、準備の前に近くにあった公衆浴場に行って来たんだ。それが眠気をより加速させたんだろう。帰ってきてからはすぐああなった。しばらくは何しても起きそうに無さそうだ。


「良かったんですか。やること結構あると思いますけど」

「あぁも爆睡されたら起こしづらいし。それにあとからやることもあるから、そっちをお願いしようと思ってる」

「抜かりないんですね」

「働かざる者食うべからずって言うじゃない。何もなしって訳には行かないから」


 そういう槻さんの表情には笑顔が浮かんでいたが、どこか少し、恐怖心さえあるようにも見えた。もしや怒ってらっしゃいます?


「なんというか……槻さんって」

「どうかした?」

「……いえ、なんでもないです」


 裏表ない人かと思ってたんだけど、最近の振る舞いを見てるにそうではないような気がしてくる。この人も他の皆みたく、他の人には中々見せないような一面があるんだなぁと。

 なんか追及するのも少し怖いんで、適当に話題逸らそうか。


「それよか槻さん。固形燃料貰えますか?」

「はいはい。そっちの白い箱の中に入ってないかしら?」

「えと……これですか」


 俺の後ろの方に置いてあった箱に手を伸ばして、中身を確認する。中から取り出した黄緑の固形燃料を一つ添えて、先程作った木々の山の周りに木炭を並べていく。

 そしたらチャッカマンで火をつける。ゆっくりと全体に燃え広がり、木炭が次第に赤みを帯びていく。


 離れたところからでも熱が伝わってくるようになったところで、リビングのドアの開く音がかすかに聞こえてきた。


「ただいまー」

「あ。おかえりなさーい」


 飲み物の買い出しに行っていた薫と干場さんが戻って来た。キッチンで食材の仕込みをしている葉月がそれに反応する。

 リビングのテーブルに飲み物の入ったレジ袋をドンッと置くと、二人は庭の方にやってきた。


「ただいまー煌晴」

「おう。お帰り」

「そっちはどう?」

「コンロに水でもかけられない限りは、もうちょいで用意が済むところだ」


 さすがにそんなことは無いとは思いたいが。天気予報だって今日一日ゼロパーでしたし。

 トラブルやアクシデントがないことを密かに祈っておくこととしよう。


「そっか。じゃあ楽しみに待つことにするよ」

「それにしても、なんだか嬉しそうだな薫。いい事あったか」

「いいことっていうか買い出しに行ってる間、干場さんとコスプレ談義で盛り上がってたんだ」

「おう、そうかい……」


 そういえば前に、即売会イベントでコスプレしてた二人なんだよなぁ。本人から志願した訳じゃなくて、戸水さんが頼んだからなんだけど。


「こだわりとか楽しみとか。そういうのですっかり盛り上がっちゃって。今後の自分の参考になったらいいなぁって」

「彼はとてもいい。素質がある。全ての者共を魅力するがべく生まれてきたと言っても過言ではないであろう。このヒナギク様が保証しようではないか」

「あぁそうですか」


 いやぁ。思えば妙な思い出もあったもんだなーと、しみじみ思い出してもみる。一人の男の新境地を開いたという、そんな奇妙な思い出があった。

 てか薫の場合、コスプレってよりは女装の方が意味合い強い気がするんだけど……それは考えなかったことにしたい。


「薫、キッチンの方はどうだった」


 キッチンの方の進捗状況も気になるので、さっき横を通った薫に聞いてみた。


「作業自体は順調そうには見えるんだけど……」

「けど?」


 なんだかやれやれって顔になった。


「なんか……すごい熱気がね」

「ラグナロクには程遠いが、それでも戦火を起こすには十分な熱気であった……」


 滅びの炎はともかく、戦火を起こすのはやめてください。食材の仕込みをしてるだけなのに、向こうは何をしてるんだいったい。


「槻さん。コンロの火、見てもらってもいいですか」

「了解」


 コンロの見張りはここに居る三人に任せて、キッチンに居る葉月達の元へ。

 薫や干場さんの言ってたことの比喩でもないことが、キッチンに近づくにつれてわかるような気がしてくる。何やら話をしているみたいなんだが――――


「順調かそっちは」

「あ、お兄ちゃんいいところに、ちょっとちょっと」

「なんだいきなり」


 キッチンでは葉月と莉亜、蕾が食材の仕込みをしているところだ。肉や野菜を適当な大きさにカット。他にも鉄串に肉やエビ、野菜などを刺していく作業になる。いったい何をすれば喧嘩になるというのか。

 なんて思えば、葉月に引っ張られてキッチンの奥へと。


「食材の仕込みは終わって、今は鉄串にあれこれ個人のセンスで刺してってるんだけどさ」

「食材とか、串が足りなかったか?」

「そうじゃなくて。あれこれやってるうちに、誰が煌晴の好みに合いそうな一本を作れるかって話になったわけよ」


 はいはいはい、事情はだいたいわかった。ちょっと待て。

 それ俺一人が食うわけじゃないからな。皆で食べるやつだからな。己が欲望まで串に刺すんじゃありません。


「男なんだしガッツリしたのがいいかと思って」

「えー。お兄ちゃんって見栄えとかも考えると思うよーりあ姉」

「見栄えもだけど、栄養面も考えるべき」


 それぞれの作ったという鉄串を一本は見てくれというので、見ることには見ることに。あとから感想とか求められそうな気もするが。


 莉亜のは焼き鳥のネギまみたいに牛肉とピーマンが交互に刺してある。

 葉月のは牛肉から始まって、エビ、パプリカと色とりどりに。

 蕾のは牛肉ではなく鶏肉が刺してあり、パプリカに玉ねぎ、ナス。二人の作ったものに比べて野菜の割合が多めのチョイスとなっている。


「まぁ特色あっていいと思うが、それ俺だけが食べるわけじゃないからな。そのへん考えて……」

「この前戸水先輩が言ってたけどさ。何かを選ぶ時とか作る時って、相手のことを考えてやるといいみたいなこと言ってた」

「あー言ってたねーりあ姉」


 莉亜にそう言われて、この前の水着の買い物をした時のことを思い出した。そんときにも似たようなこと言われたんだっけ。


「そんでどう思います」

「そうだな。問題なさそうだしコンロの火見てくるわ」

「逃げるな煌晴」


 この対決に付き合ってられんので、コンロの火という口実作って逃げようとしたが失敗。莉亜に回り込まれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る