第90話 極上の一本を打つために

 二セット目。最初のサーブはこちらから。


「お兄ちゃーん! キョーレツなのやっちゃってー!」

「サービスエース狙っちゃいましょー!」


 向こうの俺封じ対策によってスパイクを自由に打てなくなったが、このサーブだけは向こうに一切邪魔されない唯一の攻撃手段。

 できるならより強力な、最初のジャンプサーブを打てるのならいいのだが、成功率が低いからあてにはならない。

 二巡目でやんややんやと葉月に乗せられて、もっかいやったけど今度はネットに引っかかる始末。それ以降は安定しているフローターで打っていた。


 しかしこう言うではないか。何事も力で全てが解決する訳では無いと。何事も全力でやることが正しいわけではないと。


 だったらここは力任せにやるのではなく、自分の頭を使え。策を講じるのだ。

 深呼吸をしてイメージを固める。狙うべきは……。


 ゆっくりとボールを上げて、気持ち少し力を抑えてサーブを打つ。


「「オーライ!」」


 狙ったのは、コートの後衛にポジションを取る莉亜と戸水さん。その二人のちょうど間に落ちるように打った。


「オーライ!」

「オーラ……って私が!」


 目論見通り譲り合いになった。手遅れになりそうだと莉亜が慌ててレシーブの体制に入るも、対応が遅かったな。腕で弾いてボールは砂浜にポトリと。


「おっし!」

「ナイッサーお兄ちゃん!」


 サービスエースいただき。


「やるわねー煌晴。私を嵌めようとはいい度胸してんなー」

「ドンマイドンマイ。一本で切るよー」

「そうそう詩織の言う通り。莉亜ちゃん、次は私が拾うから」


 いきなりサービスエース決められたとなりゃ、向こうもより気合が入ってる。向こうもあまり同様はしてない様子。同じ手はそう使えそうに無さそうだな。


「煌晴君。もう一本」

「あいよ」


 蕾からボールを受け取り、サーブの構えを取る。なんなら思いきってジャンプサーブをと思ったが、まずは流れを持っていきたい。サーブミスってそれが切れるのはごめんだ。

 逃げに入るわけではないが、ここは安定してるフローターで行かせてもらう。狙いは変えて、次に狙うのは……ネットの前方。


「詩織!」

「わかってる!」


 セッター役の槻さんを狙った、山なりのサーブを打った。次は向こうで確立された流れを崩す。


「僕が上げます!」

「私が決めーる!」


 槻さんの上げたボールを薫が繋ぐ。そしてそのボールに、獲物を狙う猛獣のごとく向かっていく戸水さん。


「さっきのお返しじゃあぁぁっ!!」


 そして力の籠った一撃が、俺の手前に叩き落とされた。


「うわぁーあれはやばいわー」

「情けない話、動けなかった……」


 本気出せば俺以上のパワーがあるんじゃなかろうかってくらいに強力なスパイクだった。

 流石に槻さんに繋げる流れを乱したくらいでは、簡単に対応されるかこんちくしょう。


「そっちの言いようにはさせないわよー! このセット取り返して、こっちが勝つんじゃー!」

「こいやーわかちー! 勝つのはこっちっすからねー!」

「そうだそうだー!」


 それでもこっちは元気なのが二人いるから、折れることはないのかもしれない。策を考えたら、あとはとにかくビシバシとことんやるって感じだし。


「……若菜。気合い入るのは結構だけど、次サーブよ」

「あ、はい」


 目の前に落ちたボールを戸水さん目掛けて投げる。ノーバウンドでそれを受け取った戸水さんコートの外まで下がって、サーブの構えを取った。



 その後は互いに引き離されないようにと、点を取っては取られての流れとなる。俺は相変わらず、気持ちよくスパイクが打てない。

 葉月に言われたことを実践しようとはしているが、中々すぐには上手くは行かない。それでも少しづつ、形にはなろうとしていた。


 試合は進み、12点の同点に。サーブは干場さんだ。


「今こそ味わうがよい。この神姫ヒナギク様の太陽神姫の咆哮サンライト・クインティア……太陽神の加護アポロヌスエンチャントを!!」


 なんか名前が長くなってるよ。それでも今度は強烈なのがしっかりと、俺目掛けて飛んでくる。


「よっとぉ」

「……月見里先輩」

「はいはーい。そいやっ!」


 何本も何本も狙われたもんだから、サーブレシーブもだいぶ慣れたもんだ。サクッと拾って蕾、月見里さんへと繋ぐ。

 向こうは莉亜がレシーブし、槻さん、干場さんへと繋ぐ。


「せいっ!」


 干場さんのスパイクが俺目掛けて飛んでくる。それをオーバーで受けた俺は――――


「葉月!」

「りょーかーい!」


 気持ち高めに、できるだけ高くあげてやった。これまでよりも高く。やっと落ち着いてできた。

 これまでは返すことに集中していたというのもあり、レシーブはポンっと素早く次に繋げていた。

 しかし二セット目の初めに葉月に言われたことが、高くボールを上げて欲しい。だった。

 こうすれば次にボールが届くまでに時間ができる。スパイクを打つまでの時間が延びて、余裕を持って体勢を立て直す時間ができた。


「お兄ちゃん!」


 コートの左端にトスが上がった。それを見て力強く一歩、砂浜を蹴った。

 ようやく後ろから、助走をつけて気持ちよく打てる。それがとても心地良かった。

 そんな心地良さと、これまで気持ちよく打てなかった鬱憤も込めて。全力の一撃を打ち込んだ。


「うっひぉーぁ!」

「決まったよお兄ちゃん!」


 見事に決まった。打ち込んだボールは誰にも触られることなく、砂浜に叩き込まれた。


「封じる為とはいえ、大桑さんに集めすぎたかしら。レシーブだいぶ慣れてきてたし」

「そうねー。これは作戦立てないと私ら突き放されちゃうよ詩織ー」

「どうしますか。これ以上アイツを暴れさせたら突き放されちゃいます」


 向こうは今の一撃でだいぶ動揺しているようだ。これを起点に、突き放したいところだ。


「漬け込むチャンスだよお兄ちゃん」

「そうっすね。このまま取っちゃいましょーぜ野郎ども!」

「……野郎?」

「かなりノッてきてるだけだ。言葉の綾とかはあんまり気にせん方がいいぞ蕾」



 俺のスパイクが起点となって、流れはこちらに傾いた。少しづつではあるが点差が開いていき、マッチポイントを迎えた時点で四点差。

 そこから向こうの意地で一点差にまで詰め寄られたが、最後は前衛に回った俺のスパイクが決まって試合終了。2対0でこっちの勝ちだ。

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