第76話 夏って何色?

「気持ちは分かるけど、姫奈菊と米林さんが戻ってくるのを待ってからでもいいんじゃないの? ゴミを捨てに行くのに、そんなに時間はかからないんだから」

「それでも待ちきれない! すぐに考えるったら考えるの!」

「どういうこと……」


 もう完全にテンションで動いているようなもんですよね。こうなっちゃうと、槻さんといえど止められなくなってしまうのか。


「ということで、どこに行きたいかじゃんじゃん意見出しちゃってよ!」


 黒マーカーを右手に持って、ホワイトボードをバンバン叩きながら無理やり会議を始める戸水さん。勢いでボードがぐるんぐるん回るんじゃないかってくらいに強く叩いてる。


「はいはーい! お兄ちゃんと花火を見に行くでー!」

「花火ねー」

「前述のお兄ちゃんと、のとこは消しといてくださーい」


 今回は漫画研究部での話だからな。お兄ちゃんとどっか行きたいという話は、よその機会にでお願いしまーす。


「私は海行きたいっす! 去年はプールだったんで」

「僕は山に行くのもいいんじゃないかなーって」

「ほいほーい。海とプールと山に一票ずつと」


 皆から出てきた意見が、ホワイトボードに箇条書きで書かれていく。


「せっかちなものだなぁ若菜は。我らが戻るよりも前に会合を始めていようとは」


 でもってゴミ出しに行っていた干場さんと莉亜が戻ってくる。


「えぇ。私は一分一秒たりとも待ちきれないのよ。心の中でそうだと思った時、既に行動はされているのよ!」

「流石だなぁ。貴殿には我から教皇の称号をくれてやろうではやいか」


 何だこの会話。


「どう捉えればいいんだあれ」

「知らないわよ。私に聞かないでよ煌晴」


 莉亜に聞いてはみるが、こっちもお手上げ状態だ。


「さてさて。戻ってきたところで、二人の意見も聞こうじゃないかしら」

「何の……ですか?」

「夏休みにやりたいことだよりあ姉! りあ姉は何やりたい?」

「あぁーそういうことねー。ボードみると、夏の定番イベントばかりが並んでるわねー」


 莉亜に言われてみて、ボードを見てみれば確かにその通り。夏にやることはと聞かれて、真っ先に思いつくことばかりが書かれている。それだけ定番と言うことだろう。


「そうなると、何か変わったイベントでも一つ挙げた方がいいんですか?」

「無理に考えんくていいぞ莉亜」

「そうよ米林さん。それにねぇ……」


 一呼吸置いてから、ボードを叩いてこうさけぶのだ。


「私に言わせればね……夏っていうのは肌色の季節なのよ!!」

「肌色の……」「季節?」


 男性陣二人、戸水さんの発言にきょとーんとしてしまう。


「夏って暑いから当然みんな薄着になるし、他の季節に比べれば必然的に肌の露出が増える! でもってもはや鉄板の水着イベントなんて、もはやほとんど肌色じゃないの!」

「は、はぁ……」

「夏なんて水色とか緑とかそんなんじゃないのよ! 私らからすれば肌色ドリームなのよ!!」


 それを語るのが典型的なイメージのオタク男子ではなく、漫画研究部の女子となると聞こえが変わってくる。それが腐女子的なもんなのか、セクハラ系なのか。


「男の子ってだいたいそんなもんじゃないの?」

「それは偏見って言うんですよ戸水さん」


 そしてなんで急に俺と薫に振るんですか。たしかにちょっとは水着とか期待はしてしまいますけども。男がみんな下心前回だと思わないでくださいよ。


「水着かぁ。そういや新調した方がいいかしら」

「りあ姉がそうするなら、私もそうしようかなー。お兄ちゃんも付き合ってよ」

「悪いが遠慮しとく。そういうのは女子で楽しんでこい」


 色んな意味で気まずいから。落ち着いて近くにさえ居られるものかってんだ。


「そーそー水着といえば、蕾ちゃんに是非ともってやつを今回は持ってきたんですよ!」

「用意周到なのか、元からこの話する前提だったのか……。それでどんなデザインなんですか?」

「ちょっと待っててー。えーっとこれだこれだ」


 戸水さんがスマホを操作して画面を蕾の前に見せてくる。


「……無理」


 そして速攻で顔を赤くして拒否。


「そんな事言わないでよー。蕾ちゃんみたいのがこういうの来たら絶対男子共々びっくりすると思うんだよー」

「ちなみにどんなんだ……って」


 画面の上半分に表示されていたのは赤色の三角ビキニ。しかしすぐ下に表示されてた普通のものに比べれば、布面積が小さいのは明らかだ。

 これを蕾が着るのは……勇気だけでは足りないと思う。


「これは……」

「じゃあこんなのはどうだ? 注目度は抜群だと思うが?」

「どれどれ姫奈菊ちゃん……ほぉほぉ。これは確かにインパクト大ね」

「まともなのをお願いしますよ御二方」


 なんか物凄く嫌な予感しかしないんだけど。戸水さんは学習能力あるのか不安になる。あんだけ蕾の怒りをかってボコボコにされて。


「……」

「ちょっと待って痛い痛い」

「でもこれはこれでありかもぉぉー!!」


 予感的中。戸水さんと干場さんが、どっから取り出したか知らない警棒で蕾にボコされる事態に。

 テーブルの上に置かれた戸水さんのスマホに表示されてた水着を見てみる。蕾じゃなくても大半の人はこれ勧められたら怒るわこれは。何でこれを推し進めようと思ったんだ。

 今度表示されていたのはその……あれだ。正式名称はわかんないけど、さっきよりも露出度高いのは明らかなやつだ。ほとんど紐で構成ようなもんだぞこれ。


「これは……着るのに勇気いるやつっすよ」

「なんでこんなものを勧めるのよ若菜は」

「てかどうすんだ。向こうがどんでん騒ぎになってるけども」


 ボコされてるのは変わんないし、てかいつの間にか月見里さんと莉亜まで介入してるし。何をしに来たんだ。


「こんなの勧めるくらいだった、わかちーに似合うかどうかを確かめる必要があるんじゃないっすかー」

「それはちょっと勘弁してー!」

「てかあんたはよくあいつの前でまだそんな振る舞いが……」

「こんな私でも……受け入れて、くれたから」

「そういう問題じゃないでしょう!!」


 莉亜が珍しくまともで助かる。それを除けばもうごったがえしのカオスだが。


「相変わらずこうなるのねぇ」

「ホントすんませんマジで」

「お兄ちゃんが謝ることでもないと思うけど」

「それよりもあれ……どうするの? 番組みたいにテロップでも出しとく?」

「いやなんだテロップって」

「ただいま宮岸蕾による手厚い粛清と、もう僕もよく分からないくらいにカオスな状況になってしまいました」


 いやちょっと。何これ。


「お見苦しい点があったこと。桐谷薫が皆さんを代表してお詫び申し上げます。ていう感じで」

「いらんいらん。誰に対しての謝罪だこれ」


 そんなんいいから。早いとこ向こうを何とかしなくちゃ行かんのじゃないんですかね?!

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