覚えていますか?

第59話 何故だか落ち着かない

 七月に入り、二度目の試験となる一学期の期末試験も無事に終了。そうなれば、待ち遠しくなるのは夏休みだ。

 テスト勉強で、また莉亜に勉強を教えるのは大変だったよ。今回は範囲が前より広くなってるし、英語は相変わらずだったし。

 少しは心持ちが変わってくれたからなのか、それとも宮岸に何か言われるのが嫌だったからかは知らないが、前よりちょいとマシにはなった。ほんのちょいとだが。


 決して全ての成績が良いとは言えないが、赤点の危機を恐れるほどではなくなったのなら、それはそれでいいことか。もっとも全ての教科が、ということ訳では無いので、まだまだ努力は必要だ。



 今は土曜補習の終わった後。部活は無いので、ちょいと学校に残って自習をすることにした。

 気分的に今日は食堂の隅の方で。数学Ⅰの試験の復習をしている。

 放課後に自習をしようって思った時、普段は図書室でやるのがお決まりなんだけど、今日は土曜日で空いてないから仕方ない。


 たまには場所を変えて勉強するのも悪くないもんだな。気分が切り替えられてリフレッシュにもなる。

 校舎の構造上、体育館や駐輪場が近いからもうちょい騒がしいもんかと思ったけど、意外とそうでもなかった。

 それに今はイヤホンで音楽聞きながらやっているから、余計な雑音はシャットアウトされて……。


「おい何の用だ」


 突然耳に入ってくる音楽が突然聞こえなくなったと思ったら、誰かによってイヤホンが外されていた。俺の余韻という名の世界を返せ。

 ここの生徒で、俺に対してここまで躊躇なく出来るやつなんて一人しか思いつかない。


「邪魔すんじゃねぇ莉亜」


 そうだ。昔っから面倒な幼馴染のことだ。


「呼びかけても返事ないし」

「ちょっと見れば反応しない理由ぐらいわかるだろうが」


 イヤホンして周りからの音をシャットアウトして勉強してる最中なんだぞ。集中していて下を向いているんだから、横からちょっと呼びかけたくらいで気がつくわけがなかろうて。


「ったく。そんで何の用だ」

「葉月ちゃん知らない?」

「なんでそこで俺を頼るんだ。本人に電話するなりすればいいだろうに」

「だって電話出ないもん。メッセージ飛ばしたけど既読つかないし」


 それで俺を頼るにしたって、よくここを見つけ出したもんだなぁ。家に帰ってる可能性もあったろうに。


「あーはいはいそうすか。葉月だったらクラスの友達と遊びに行くって、さっきわざわざ俺に言いに来たな」

「私にはなんの反応も無し?! もしかして私の知らない間に嫌われた!?」

「大袈裟に考えすぎだ。単に手が空かないだけだろ。分かったらそっとしといてくれ。」

「ふぅえぇー……。てかあんたは何してんのよ」


 俺の発言は無視かい。とっとと復習に戻りたいから、ささっと質問に答えてしまおうか。


「この前の数Ⅰの試験の復習。忙しいからそっとしといてくれ」

「あんた生真面目よねぇー。私そういうのあんまり見返したくないのよねー」

「そんなんだから後々苦労するんだろうが。てか集中させてくれ」


 答えて言ってもまた新しい質問が飛んでくる。遮ろうとしても飛んでくる。なにこれこわい。

 イヤホンつけ直そうとしたらその手を止められた。


「なんだよ話って……ちょっと待て電話きた」

「タイミングわるっ」


 何やかんやと話をしていたら電話がなった。相手は母さんだ。一度イヤホンをスマホから抜いて、ひとまずはそれに応答することに。


「もしもし母さん?」

『あぁ煌晴。葉月は今日お昼いらないって聞いてるけど、煌晴もなの?』

「いや。俺はもうちょい学校で勉強したら帰る。お昼は家で食べるから」

『はいはーい。それじゃあ気をつけてねー』


 電話を終えてから、改めて莉亜に向かう。


「そんでなんだ。緊急でないなら後にしてくれ」

「なんか素っ気ないなーって思っただけ」

「誰かさんのせいで少し機嫌が悪いからな」

「ふーん。そうなのねー」

「少しは自覚を持てや」


 誰のせいで集中切らされたと思ってるんですかあんたは。


「もう用は済んだんだろ。俺もうちょいここで勉強したいからそっとしとしてくれないか。なんならちょうどいいし、一緒に復習でもするか?」

「遠慮しとく。今は勉強に対するやる気が皆無だから」


 勉強に対する乗り気はなく、用も済んだみたいなんで。莉亜はリュックを背負って生徒玄関の方へと歩いていった。


「まぁいいか。それじゃあ……」


 やっと落ち着いて勉強が再開できる。イヤホンを繋ぎ直して音楽を再生する。


「……」


 二次関数の問題の続きから進めていたんだが、再び集中することができない。なんか落ち着かなくなってきた。

 莉亜に邪魔されて集中切らされたからなのか。でもなんかそれも少し違うようで。言うなれば視線を感じるような。でも莉亜が出てってから食堂の中に知り合いは居ないし、多分のそれは俺の考えすぎだな。

 それでも今ここでやめてしまうと、問題の解答が中途半端になる。それをする方が落ち着かんから、中断するのはごめんだ。


 ひとまず解いていた大問を解き終えて、腕時計の方に視線を向けてみる。十二時過ぎであった。


 もう一問は解こうか悩んだが、なんか集中力が持続しそうにもないし、どの道これ以上遅くなると母さんに迷惑がかかるか。

 ちょうど大問一つ解き終えて区切りがいいから、ここで切り上げることにしよう。


 参考書とテストの問題用紙、それから水筒をリュックに押し込んで、片側だけ背負って食堂を出る。

 用を足してから生徒玄関のロッカーに向かった時だった。


「(ん。なんか落ちてる)」


 途中、タイルの上に何か小さな冊子が落ちていた。拾い上げてみると、妙蓮寺高校の生徒手帳だった。

 裏表紙下の氏名記入欄には、宮岸蕾とあった。


 宮岸が落し物をしていくとは。玄関に落ちてるってことは、校内を探しても無駄足になるか。そうなるとこっちで預かって、月曜になったら本人に渡すか。幸いクラスは一緒の知り合いだし。

 無くして不安になってそうだし、こっちで拾って預かってるって連絡だけは飛ばしておくか。

 女子の私物を一時的にとはいえ、本人の同意なく預かってるってのはなんか気が引けるが、下心とかはないからな。落とし物を預かるだけだから。


 その後、生徒課に届けりゃ良かったのでは。と思い立ったのは、家に着く直前だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る