第57話 大盛況の後に

 休憩から戻ってきたら、すぐさま売り子に戻る。持ち場を離れていた時も、最初ほどではないもののいいペースで売れていったとの事。

 莉亜にあちらこちらと振り回されて、正直なところ休憩どころではなかったような感じもするが、あぁいう無邪気な莉亜を見るのは久しぶりだ。

 あとはもうちょいましなと言うか、大人しい振る舞いさえしてくれれば、可愛いもんなんだがなぁ。本人にそれを改めようという気があるのかどうか、怪しいところではあるがな。


「新刊一部ください」

「お。お客さん運がいいっすねー。これ最後の一冊になりまーす」

「え、マジですかラッキー!!」

「そいじゃあちょうどいただきますねー。ありがとうございましたー」


 二時過ぎ。用意していた新刊が完売した。イラスト本よりも少し多めに用意していたそうだが、用意した本人も驚くくらいに早く売り切れたようで驚いていた。


「新刊完売でーす!」

「本日残りはイラスト本のみの頒布となりまーす」


 SNSでの事前告知もそうだが、当日の薫と干場さんのコスプレが非常に好評だった。

 昼過ぎから開催していたコスプレ撮影会では大きな注目を集めた。それが一番大きかったのではないかと戸水さんは言う。実際午後からの客足はイベント開始直後くらいに多かったからな。


「あ。新刊売り切れかぁ……。それじゃあイラスト本を一冊」

「ありがとうございます」

「こっちにも一冊お願いします」

「ありがとうございまーす」


 残ったイラスト本も順調に売れていき、新刊完売から三十分ほどで、イラスト本も用意分が完売した。


「本日完売となりましたー。ありがとうございましたー!」


 売るものが無くなったので、あとは依頼されたスケブを依頼者に手渡すのみとなった。戸水さんに進捗を確認することに。


「どうですか、スケブの方は」

「もうちょい。次が最後!」

「わかりました。今できる片付けだけ、先にしておきますね」

「はいはーい。お願いねー」


 次で最後になるとのこと。もう何十枚も描いていると言うのに、戸水さんのペースが衰えることは無い。


「すみません。スケブの受け取りに来たんですがー」

「整理券貰えますかー。はい十三番ですね。ではこちらになります」


 描き上げたものについてはDMで連絡し、取りに来てもらっている。

 こうして速やかに受け取りに来る人も現れるが、まだ取りに来ていない人も何人かいる。様子を見て、コメンターとインスマにて状況報告を改めてしなければならないかもしれない。


 スケブを全て手渡した後、速やかに撤収できるように、片付けを始めていく。ポップや値札、クロスをまとめて段ボールの中に。しまうものをしまったらテーブルを拭く。


「ほいよ。今しまえるもんはこれで全部だ」

「わかった」


 まとめたものは、宮岸に手渡す。今日彼女は後ろの方で在庫の整理と金庫の管理をしていた。


「緊張、しなかった?」

「ん?」

「売り場でずっと、色んな人の接客してたから。私だったら無理」

「無理ってそんな決めつけなくても」

「人と話すの……得意じゃない」


 人見知りなんだろうか。最初にあった時はひと言も発してなかったし、部に入ってからも、最初は何処かぎこちないところはあった。

 慣れればいいが、初対面の人と話すのは彼女にとっては難しいことなのか。


「まぁ……無理強いは良くないわな」


 と言っても、ある一線さえ超えると羞恥心はなくなっているのか遠慮が無くなる。堂々と鋭いこと言うようになるし、なんか変なことしだした戸水さんはカウンターかましてるし。

 そういうのを見てると、どっちが本性なのかがわからなくなる。


「……どうかした?」

「いや、大したことじゃない。自分らしくあればそれでいいんじゃないかって」

「……そう」

「ただいまー」


 片付けを進めていると、一時から別スペースで始まっていたコスプレ撮影会のために持ち場を離れていた薫が戻ってきた。もちろん槻さんと戸水さんもそれに同行していた。


「楽しかったねー煌晴。僕大変だったよー」

「あぁ。イベントの方でめっちゃ引っ張りだこだったんだろ?」

「いやー正直怖かったよー。色んな人がカメラのシャッターなり視線を向けてくるもんだから……緊張したよー」

「ふーん。お前がねぇ……」


 男であるにも関わらず、女の子っぽく見られることに何ら抵抗のない薫が、視線を浴びて緊張ねぇ……。


「僕だってジロジロ見られたら落ち着かない時だってあるよ」

「そうなるようにしているのは、薫の方なんだがな」

「その煌びやかな装いであれば民の視線を集めるのも当然のこと。その魅力が恐ろしきものよ」

「あ。おかえりなさい干場さん」


 ゲームのコスプレしていようが、振る舞いがいつもの通りな干場さん。


「また訳の分からないことを言うんじゃないの」

「お疲れさまです」


 そして二人のまとめ役をしていた槻さんもやってきた。


「二人共とても好評だったよ。自分ので作ったものを誰かに褒めてもらえるのってとても嬉しいわね」

「どちらとも完成度凄かったですからね。おかげで良い宣伝になりました」

「ありがとう大桑さん」

「お礼は戸水さんにしてください」


 さっきのセリフを言うのは本来、俺ではなく彼女の方ですから。俺はただの手伝いですし。


「若菜の方はどう? 無理してなかった?」

「それについては大丈夫です。顔色も問題ないですし、スケブは今最後の依頼分を描いてる最中ですから」

「お。おかえりー詩織!」


 スケブに向かっていた戸水さんが作業の手を止めて、こっちを向いてブンブン左手を振っている。


「ただいまー。完売なんてすごいじゃない」

「詩織たちの宣伝のおかげだよー」

「あらあらありがとう。若菜は無理してない?」

「だいじょぶだいじょぶ! スケブもこれが最後だし、受け渡しの方ももうほとんど済んでるから!」

「なら良かったわ。それじゃあこっちもそろそろ切り上げないとね」


 会場自体の片付けの準備もある為、そろそろ薫と干場さんの着替えの方に回らなければならないそうだ。


「あぁ待って詩織! 着替える前に一枚取らせて!」

「朝だってたくさん撮ったじゃないの。まぁいいわ。すぐ終わらせてね」

「わかった。おーい姫奈菊ちゃーん、薫ちゃーん! 写真撮らせてー」


 その後数分の撮影会が終わってから、槻さん達は着替えのために一度この場を離れることになった。

 その後は特に問題もなく作業は進み、最後のスケブも完成。それから三十分ほどでスケブの受け渡しと、コスプレの着替えも完了した。

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