第9話 彼女は僕だけにその姿を見せる

 ねね子と猫カフェに行った翌日の日曜日。

 彼女に家でしっかり留守番をしておくようにと言い聞かせた暁斗あきとは、マンションの階段を上って一つ下の階へと移動した。

 そしてちょうど自分の部屋の真下にある部屋……つまり、汐留しおどめ 夏穂なつほの部屋のインターホンを鳴らす。


「……あれ、おかしいな」


 いつもなら数秒も待てば出てくるはずなのに、何故か今日に限ってやけに遅い。もしかしたら何かあったのではないだろうか。

 そんなことを考えていると、「ごめんごめん!」という言葉と共に扉が開かれた。

 良かったと安堵したのも束の間、彼はすぐに夏穂の格好を見て反射的に両目を塞いだ。


「どうしたの、遅かっ――――――ってなんて格好してるの?!」

「いやぁ、起きたら寝汗かいちゃってたからさ。お客さんが来るのに汗臭いのはダメっしょ?」

「それはそうかもしれないけど……」


 なんと、彼女はバスタオル1枚を巻き付けただけの無防備な姿で出てきていたのだ。

 上も下もギリギリのむっちむち。そんな光景を目の前に、見たいという欲望を必死に抑える側の見にもなって欲しい。

 もちろん暁斗も、何度目の訪問になろうと変わらずもてなそうとしてくれる夏穂の真面目さは尊敬しているが。


「まあまあ、彼女がいるアッキーなら私に変な気を起こしたりしないっしょ♪」

「だからねね子は彼女じゃないってば!」

「じゃあ、どういう関係なのかな?」

「それは……幼馴染、みたいな……?」

「その割に私が見たことなかったよね?」

「最近再会したんだよ!」

「ええ、何その童貞が考えそうなラブコメ展開」

「ど、どうて……って違うから!」


 突然変なことを言い始める夏穂に、暁斗が顔を真っ赤にしながら首を横に振ると、彼女はからかうようにバスタオルの胸元をグイッとやって見せた。

 夏穂の言っていることが図星な彼がそんな眼福な姿を前に平常心でいられるはずもなく、結局は「女慣れしてないんだから無理しないの〜♪」と頬をツンツンとしながら笑われてしまう。


「あ、ちなみに私もまだ未経験だかんね?」

「それは前も聞いたよ……」

「一緒に卒業しちゃう? なんつって♪」

「もう、いい加減そういうからかい方はやめてよ」


 どんどん赤みの増していく暁斗の顔を、まるでガラスの向こうのパンダを眺めるかのような顔で見つめる彼女。

 顔も、体も、仕草や言葉だって、幾人もの男を食っていそうな匂いがプンプンしていると言うのに、この汐留 夏穂はいつも同じセリフを言うのだ。

 そして反応を見て楽しむ。お世辞にもいい性格とは言えないものの、暁斗は彼女のこういう意地悪な部分以外は基本的に好きである。

 あくまて異性としてではなく、すぐ下の階に住んでいるクラスメイトとしての意味でだが。


「早く着替えてきてよ、玄関で待ってるからさ」

「あ、ごめんごめん。30秒で終わらせるから!」


 そう言った夏穂が結局、30秒後にTシャツ1枚を着ただけの姿で現れ、下も履いてくるようにとやり直しを命じられたことは言うまでもない。


「こんな姿、他の人に見せたらひっくり返るよ」

「安心して、アッキー以外に見せるつもりないから!」

「出来れば僕にも見せないで欲しいよ……」

「2人だけの秘密、ってね♪」


 どうして水と油であるはずの2人がここまで仲良くなったのかについては、そこそこ長い話になる。

 時は遡ること1年前。暁斗がこのマンションに引っ越してきてから、おおよそ半年ほどが経過しようとしていた頃のことだ。

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