第7話 見失ってはいけないもの

「ここが目的地にゃ?」

「うん、そうだよ」


 暁斗あきと達がやってきたのは、自宅から1番近いショッピングモールの一階。

 そこに『ねこねこ天国』というお店があるのだが、これだけを聞くと思春期の少年少女はイケナイお店だと思うかもしれないので、念の為になんのお店かを教えておくべきだろう。


「ねこねこ……?」

「名前の通り猫カフェだよ」

「猫カフェにゃ?! 数百の猫が仲良く暮らしているという伝説の……?」

「数百は大袈裟だと思うし伝説でもないけど、一応はねね子が想像してるやつだと思う」

「にゃんと! でも、所詮は人間に飼い慣らされたペットにゃ。ぬいぐるみ界を生きる私の足元にも及ばないにゃね」


 ねね子は「先輩風吹かせてきてやるにゃ」と自信満々に入店するものの、一歩目を踏み終えるよりも早く「シャー!」と威嚇されてそそくさと戻ってきた。

 猫にはねね子の正体が何となくわかるのかもしれない。そして自分たちが下に見られているということも。


「ほ、本当に戯れられるのにゃ?」

「怖がらなくて大丈夫だよ。猫を可愛がる気持ちさえあれば、向こうも応えてくれるから」

「わかったにゃ、可愛がって見せるにゃ!」


 再度意気込んでいるねね子を連れて暁斗が入店し直すと、先程威嚇してきた猫がこちらに短く鳴いてから他の客に甘えに行く。

 ねね子の猫語解説講座によると、『度胸のあるやつは嫌いじゃにゃいにゃ』と言っていたらしい。要するに認めてくれたのだ。

 とりあえず第一関門は突破出来たと安堵していると、店の奥から猫耳カチューシャをつけた店員さんがやってきた。


「いらっしゃいませ!」

「2名です」

「こちらのお席へどうぞ!」


 店員さんに案内されて席に着くと、初めての来店ということでメニューの説明を始めてくれる。

 このお店は注文した食事によって触れ合いランクが別れていて、一番安いねこねこチャーハンは撫でるのみ。

 真ん中のねこねこオムライスでは、おもちゃを使って遊んでも良いということになり、一番お高いねこねこステーキを頼めば餌やりまで出来るのだ。


「ご注文は何になさいますか?」

「えっと、僕は―――――――――ん?」


 さすがに一人暮らしの財布のフタは硬いので、暁斗はどうせ撫でられるなら安いのでいいやとチャーハンを頼もうとする。

 しかし、タイミングを見計らっていたかのように近付いてきた猫が膝に飛び乗ってきた。

 それどころかその場で腰を下ろし、メニューに添えた手をぺろりと舐めたのである。


「ねこねこステーキ下さい!」

「かしこまりました! そちらのお客様は……」

「……ステーキにゃ」

「ねこねこステーキが二つですね。すぐにおもちゃと餌を用意して参ります!」


 そう言って深くお辞儀をした店員さんは、最後に膝上の猫に向かって親指を立てた。

 どうやら彼はステーキを買わせる作戦にまんまと踊らされてしまったらしい。

 そう分かっていても、甘えてくるこの表情を見ればずる賢さすら可愛げがあるように思えてしまうもの。

 暁斗は溶けてしまうんじゃないかと言うほどに頬を緩ませると、首輪に『ましゅまろ』と書かれた猫をわしゃわしゃと撫でた。


「ましゅまろぉ、可愛いね〜♪」

「ニャー」

「餌が来たよ、欲しい?」

「ニャーニャー」

「ほら、お食べ……ってそんな急いで食べなくてもまだまだあるよ」


 手のひらに乗せた餌を差し出してあげると、ましゅまろは待ってましたと言わんばかりにぺろりと平らげてしまう。

 まだ欲しそうなのでもう一度、あと1回だけと繰り返しているうちに、気が付けば半分以上をましゅまろだけにあげていた。

 人間、可愛さの前に思考など無力なのである。かわいいは正義、間違いない。


「ふふふ、次はどの子にあげようかな〜」

「ご主人」

「ん? どうした――――――――――へ?」


 しかし、可愛いが目の前にあるからと言って、本当に見なければならないものを見失ってはいけない。

 暁斗が心の底からそれを痛感することになるまで、猶予はあと5秒しか残されていなかった。


「私と他の猫、どっちが大切なのにゃぁぁぁ!」

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