COVID19ラプソディー
Jack-indoorwolf
第1話闇ワクチン
青い春のとき。もしあの時期、つまり10代後半のあの特別な一時期を見知らぬ人たちに説明するとしたら、ボクは何て言うだろう。
16、17、18とボクは、時代に呑まれ、エゴに気負い、愛憎に振り回されていた。ものすごく解りやすく言うと、初キスの相手と入れる大学を探し求めて、アフリカ、マダガスカル島のジャングルをさまよい歩くような3年間であった。
高校の同級生とは今もFacebook で繋がっている。全員ではないけれど、当時、仲のよかった連中とは、時どきメッセージのやり取りをしている。
北海道の東部。大自然に囲まれた街。東京オリパラ直前の話。
大学を出たあと、ボクは山奥でネイチャーガイドをしていた。数人の観光客を連れて山の中を案内する仕事。「みなさん、これはキタキツネのフンです」とか「みなさん、野生動物にエサ与えてはいけません」とか。
しかし、新型コロナウィルスのせいで観光客は激減。ボクはそれを機に仕事を辞め、これまでの蓄えで自由気ままな人生を送っている。ここんところ、ず〜っと働き詰めだったので、しばらく休むのもいいだろう。
ある日、地元で内科医を開業している五十嵐からメッセージが届いた。スマホでFacebook のアプリを開く。
「俺んとこの病院で同窓会やるから来い。日時は来月の第一日曜日、夜の7時」
いきなりのことでボクはポカンとなった。このご時世、同窓会。世の中はコロナ禍真っ只中で、現時点で大都市では、非常事態宣言が発令されている。同窓会で宴会などしてる場合ではない。ましてや五十嵐は医師である。
五十嵐は昔から頭がよかった。我が校から東京の大学へ進学した数少ない同級生の一人だ。高二の修学旅行でオーストラリアへ行ったとき、メルボルンの歴史博物館でアポリジニの美少女をナンパした、という伝説がある。今も街の産業振興大使なんかに選ばれてあちこち飛び回っている。
当日、車で五十嵐内科病院に到着すると、もう暗くなっていて、駐車場の傍の草むらで秋の虫が鳴いていた。
それほど大きな建物ではない。外来患者専用の病院で、もともと入院病棟はないようだ。地面近くの白い外壁は黒ずんでいる。
夜の病院内を歩くのは子供のころ盲腸で入院して以来だ。緊急処置室の表札、火災報知器、非常口などの灯だけがギラギラ輝く暗い廊下。スリッパの音がペタペタ反響する。
ボクは医療用マスクを着けた中年女性のナースに案内されて診察室へ入った。
中にはすでに3人の男たちがいた。五十嵐、加藤、橘。みんな高校のときのクラスメイトだ。もう痩せてる奴はいない。そういうボクも最近近所を走り始めた。効果はまだ出てないけれど。
ボクを含め全員マスクのせいで表情がよく読めない。
「よく来たな」
立派な木製デスクの前で高価そうな事務用チェアーにすわる五十嵐が、言った。
五十嵐のすぐ前、本来患者がすわる椅子に加藤がすわり、壁際の簡易ベッドに橘が腰かけている。
3人ともボクの高校時代の友人だ。
ボクはただならぬ雰囲気を感じた。とても、これから同窓会が始まるとは思えない。
「おまえらに新型コロナウィルス肺炎のワクチン打ってやるよ」
五十嵐がマスクの下からモゴモゴと言った。
念のため説明しとくが、厚生労働省の下、全国的なワクチン接種大作戦が展開されているが、今やっと教師や警察関係者が対象になったところだ。現時点で日本のワクチン接種率はわずか25%。39歳で一般人のボクにワクチン接種の順番が回ってくるのはまだまだ先のこと。
「今夜は特別な夜だ」
白衣を着た五十嵐が不敵な笑みを浮かべた。マンガのように「ふふふ」と。
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