†Lost angeL†

みこと

第0話:序章

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 彼女が目を開けた時、その場所は彼女の記憶には一切見覚えが無く、聞いた事も見た事も無い景色なのが瞬時に窺えた。


『此処は———あぁ、また...なのね』


 だが同時に彼女は、その場所が夢の中である事もすぐさま理解した。それは幼い頃より繰り返し視続けてきた夢の中での出来事。


 夢と現実との狭間で、彼女は絶えまなく苦悩していた。その耐え難いまでの情景と虚無感に畏怖し、苛まれていたのだ。


『どうして私はいつも、この夢を視るのだろう———』


 歩いても、息を吸っても吐いても、声を出そうとしても...発する音は全て無音。


 理解はしているものの、彼女はその小さな肩を落とした。


 見渡す限り広く、そして果てなく広い。そんな壮大な荒野の一画で幾度となく繰り返される終劇までの一幕。


 戦争とも決闘とも異なる、まるで神話を模した戦いの一部始終は、まだ十と六歳になったばかりの少女にとってあまりに刺激が強過ぎたのだ———。


 常識の範疇を遥か飛び越えて行われる凄惨かつ惨劇の描写。飛び散る血飛沫と、所々黒く塗り潰された数多の残骸は生々しさを強調していた。


 彼女の瞳はそれ等をどう捉え、そして何を想うのだろう。


 死体では無く死骸。


 表現は間違っていない。それ等は決して、人では無い別の何かの骸だからだ。


 それを敢えて言葉にするなら、


 <怪物>

 <化物>


 二次元の世界でしか見ることの無い、無数の異形の生物。


 外見は黒く堅い鎧の様な外殻で覆われており、二足歩行でゆっくりと前進するモノもあれば、四足獣の如き速さで動くモノも伺える。



 ォォオオオオオオオ...っ‼︎!



 耳を劈く奇声の雄叫びは、少女の両の腕を反射的に身構えさせる程の威力と威圧感を備え、


 戦闘における衝撃の余波は、全身ごと吹き飛ばされんばかりの破壊力を誇示していた。


 奴等の身丈も、彼女と同じサイズのモノもあれば10mを優に超えるモノもある。千差万別、多種多様。しかし彼等の標的はたった一人...そんな馬鹿げた事がありえるだろうか。


 最先端の技術を駆使して作った兵器を用いても...数千万の人の数で立ち向かって行っても到底敵いそうに無い化物の大群が、たった一人の少女を目がけて集団で襲い掛かり、そして...瞬く間に切り裂かれてゆく。


 少女の外見的な美しさの中に在る絶対的な力強さは、見る者の視線を完全に釘付けにしていた。



『ねぇ、貴女は誰なの?』



 視線の先の少女は、彼女と大差無い年端もゆかぬ身丈小さな少女。


金色に輝くしなやかな髪と翡翠色の鋭い眼光は、進撃する怪物達を怖れ慄けさせ、


 右手に備えた白銀の剣は、その凄まじい斬れ味と破壊力をその場に居合わせた全ての者に露呈し、


 背中に携えた純白の両翼は時に彼女を護るように覆い、時に奴等を迎え討つように凄味を見せた。


 少女の姿はまさに天使でありながら、独り孤独に戦う戦士そのものだった。



『貴女はどうしていつも、私の夢の中にいるの?』



 懐疑心は何時の頃からだろう、ひとつの願いへと変化し、



『誰の為に、その涙を流しているの?』



 そして彼女の願いは自分の為で無く、涙を流し戦い続ける少女の為に向けられていた。



 数千...数万...否。一体どれほどの群勢だったのだろう。


 全ての化物達が少女一人によって完全に殲滅された時、少女は雨の中で立ち尽くしていた。


 その場に残ったシルエットは少女と、少女を見護る彼女の影2つ。


 少女に近付いても、声を掛けても...彼女の声は決して少女に届く事は無い。テレビ画面に映し出された映像に向かって一人言を呟いている様なもの。


 降り注ぐ雨の勢いが徐々に強まってゆく。その所為か、少女の表情は影が掛かっておりハッキリとは見えない。


 それでも分かる事は、少女が別の何かに対し強い憎悪と激しい怒りを露わにしているという事だった。強く握り締めた刀剣のグリップ部から滴り落ちる赤い血液が、それを如実に物語っていたのだ...。


 化物達とは全く違う、もっと別の何かに...。



 ———少しずつ少しずつ、意識が遠のいて行く。この夢の終わりを告げる、前兆ともとれる浮遊感が全身を駆け巡っていく。



『待って、行かないで———っ!』



 叫び声が虚しくこだまする。


 こだまに共鳴して脳が揺さぶられ、徐々に意識が遠退いて行く。いつもなら此処で目が醒めているはず...でも、この日視た夢は違っていた———。



 <———レン———私を○○○ ———>



 少女の言葉を最後まで聴き取れなかった事が、彼女がこの夜視た夢の唯一の心残りとなった。


 夢から醒めた時、彼女の瞳は僅かに涙を浮かべていた。それは彼女自身の涙なのか、それともあの少女の心を投影したものなのかは分からない。



「確かに聴こえた———今まで聴こえなかったあの子の声と、心の叫びが」



 呆然とする傍らで、視界に入った時計を見ると時刻は7時20分。事態の深刻さに気付いた時は手遅れ———。


 ベッドから飛び降り、大慌てで着替えを始めた彼女の脳裏は既に夢から現実へと書き換えられ、


 この日行われる、高校生活最初の期末試験を思い出した事で彼女は瞬間、意気消沈としてしまった。







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