彼女が愛した楽園で

ぐら

終わりとはじまり

喪失

血溜まりの中で、彼女を腕の中に抱いていた。

それだけであれば普段から見慣れた光景。

自らの血までも武器とする彼女が戦えば、この赤い景色もなんてことのない日常だった。


けれど決定的に違うのは、彼女の命が今燃え尽きようとしている事。

彼女のペンダントキャンドルが黒く染まり、もう日常へ戻れない事を明確に告げている。


それは俺自身も理解していた。

自分は誰よりも彼女のそばにいて守る存在――"カウンター"なのだから。


自分のペンダントブレスもまた、熱を帯びている。

それは、彼女がもう日常へは戻れないという事。

自分が彼女にできる事が、もう1つしかないという事。


自分が、彼女を"処分"しなくてはいけない事。

熱を帯びたペンダントが、セカンダリの最期という残酷な現実をつきつけていた。


それでも、俺は――


「ダメだよ。ちゃんと殺して」


腕の中で小さく、けれど優しい声がした。


「今ここで私を処分しなかったら、他のセカンダリの人たちも、生きられなくなっちゃう」


子どもに言い聞かせるような落ち着いた声色で、真っすぐに俺と瞳を合わせ、彼女は続ける。


「だから、殺して」


そう言って彼女は血にまみれた手を伸ばし、俺のペンダントに触れた。

それブレスを使えと、そうしていいのだと、それでいいのだと言うように。

今までともに過ごした中で、一番穏やかな声で。


けれど俺は……使えなかった。

それを使って、彼女の息の根を止めるべきだと。

責務を果たすために、抵抗の余地をなくすべきなのだと。


そうすべきだと、そうしていいのだと、今使わずしてどうするのだと。

それが正しい事なのだと、理解していても。


そんな俺を見て、彼女は困ったように笑った。


「じゃあ……キミの炎で、送って。それは、約束したでしょう?」


恐ろしい程優しい声音で、そう続ける。

忘れてなどいない。確かにそう約束した。


寒がりな彼女に、冬が嫌いだと言った彼女に。

雪は嫌だと、『夢希いぶきの炎はいつも暖かいね』と、そう言ってくれた彼女に。


その時が来たなら、そうして送ると。


「大丈夫。キミが、この先もこの世界を守ってくれるなら、一緒にいるから。その影の中で、その炎の中で生き続けるから」


どうして、これから自分が死に逝くというのに、そんな言葉を言うんだろう。どうしてこんな時まで君は、俺の事ばかり話すのだろう。

君を守れなかったのは、こんな状況にしたのは俺なのに。どうして責めてくれないのだろう。どうして、俺に殺されてくれるんだろう。


その声が、言葉が優しいのは、優しい幻覚でも見ているんだろうか。


影から生まれた炎が、彼の意志で2人を包む。

堪らなくなって、ただ彼女を強く抱きしめた。


「あぁ……あったかい、な……」


夢希いぶき……―――」


腕の中に、彼女が呼んでくれた名前と、温もりだけが残った。

最期に彼女がどんな言葉を続けたのか。それは燃えて灰になってしまった。


役目を終えたペンダントだけが、灰の中で光っていた。

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