第49話 成績上位者は狭き門
昼食を食べ終えて教室を出た晴人と渡は、貼り出されたという成績上位者を確認する為に廊下を歩いていた。あまり成績上位者だの点数だのに関心がない晴人としては別にそのままスルーしても良いのだが、今回に限っては由紀那の点数が気になるところ。
いや、あくまで一緒に勉強会をした仲というだけでそれ以外に他意はないのだが。
「なーなー晴人、お前今回のテストの合計点どんくらいだった?」
「四百四十点にギリギリ届かなかったくらいだな」
「ちぇ、もし完璧に合計点覚えてたら地味に自慢に思ってそうってイジったのによ」
「そういう渡はどうだったんだ?」
「三百二十四点」
「……さっきの言葉、そっくりそのままお前に返すよ」
溜息混じりのその言葉を聞いた渡がからからと笑みを浮かべているのは、無闇に友達をイジる事はないという晴人への信頼の証か。いずれにせよ、平均点越え(一教科は高得点)の今回のテストの結果が相当嬉しかったようだ。これ以上の追及はせずに、そっと胸に留めておこう。
そのまま渡と一緒に階段を降りて廊下を歩いていると、掲示板が見えてきた。その掲示板には大きめの文字で書かれた成績上位者の名前と合計点が上から下に向かって順位ごとに掲載されている。
未だ距離は離れてはいるが、そこには学年問わず結構な数の生徒で賑わっていた。軽く見渡すが、その中に由紀那はいない。
「お、案外人だかり出来てんじゃん」
「そうだな」
「今まで興味なかったが、もしかしてこれって生徒の間じゃイベント的な感じで認知されてんのかねぇ? ほら、高校入試の合否確認みたいな」
「多分そうなんじゃないか?」
二人は軽口を叩き合いながらその人混みに近づく。晴人らは今来たばかりなので後方に位置していたが、成績上位者の順位を見ていた周囲の生徒の反応は様々だ。
キラキラとした笑みを浮かべて嬉しそうに友達とガッツポーズをする派手目な女子生徒もいれば、努力が実らなかったのだろう、眼鏡を掛けたガリ勉風な男子生徒が項垂れている姿も見受けられた。なかには初めから期待していなかったのか「やっぱりな」と言いたげな諦めにも似た表情を浮かべている生徒や、たまたま通りがかっただけなのか、関係ないとばかりにぼけーっと順位を眺めている生徒もいた。
(……どこかに脚立ないかな? 写真撮りたい)
うずうず。そわそわ。色んな表情があるこの瞬間を唐突に写真に収めたくなった晴人は、制服のポケットに手を伸ばすとスマホを取り出してカメラを起動。素早く焦点を合わせたり綺麗に撮る為に諸々の設定を整えると、一旦その人混みから距離をとる。
そして生徒の表情が窺える少し横に移動すると、パシャリ、パシャリと晴人は何枚か写真を撮り始めた。スマホの画面の端で渡がけらけらと腹を抱えて笑っているが、指の動きは暫く止めない。
「うわ、高校徘徊魔が写真撮ってる……っ!?」
「風宮が写真撮るのはいつものことだろ。無視無視」
「誰あれ?」
「変人って言われてるけどいざ話してみると普通なんだよね。何気に写真撮るの上手いし」
「アレだろ、二年の風宮。去年の文化祭とかその腕を先生に買われてウチの写真部の連中に紛れて写真撮ってたヤツ。一時期メッチャ勧誘されてたじゃん」
「結局入んなかったけどな。写真部が毎年出るコンペとかにアイツが出れば入賞とかばんばん出来るだろうに、もったいね」
ひとしきり満足してスマホのフォルダを確認するも、こうして不特定多数の人間を写真にして収めたのは、由紀那と買い物に行った待ち合わせの時以来か。思わず風景の一部として様々な感情を浮かべる生徒の顔を写真に撮ってしまったが、別に外部に漏らす気は全くないのでどうか許してほしい。
すると背後から肩にポン、と手が置かれる。
「なぁ晴人」
「ん、どうした渡?」
「俺は改めてお前が変……有名人なんだって思い知ったよ。っくく……!」
「馬鹿にしてんのかお前」
込み上げる笑みを隠しきれていない渡とは対照的に思わずむすっとした顔になってしまう晴人。決して鈍感ではないので態度含め渡が言いたい事は理解出来るが、異名とやらは兎も角、流石に有名人は言い過ぎだし見せ物になったつもりはない。
それに風景写真を主に撮影する晴人が今回この場を写真に収めたのは、以前と同じようにただの気まぐれである。たかだかテストの結果で一喜一憂する人間模様が、他者への興味や関心をあまり抱きづらい晴人にとっては眩しかった。ただそれだけのこと。
急に写真を撮るのは不躾だったかという反省はあるが、後悔はしていない。
「どうどう、とりあえず写真撮って満足したら俺らも前の方に行こーぜ?」
「俺は馬か」
「気にしない気にしなーい。はいはいちょーっと前開けてくれよーっと」
人混みを掻き分けて渡と共に晴人も掲示板の前へと歩みを進める。正直掲示板の真ん前まで行かなくとも後ろの方でも名前を確認することも出来るのだが、折角なので渡の背後をついていく。
やがて目の前には大きめの用紙に学年ごとの順位が掲載されていた。
細かいところは覚えていないが、晴人の中間テストの合計点はおおよそ四百四十点にギリギリ届かなかった程度で、平均にしてみると約八十五〜七点。渡と同様に勉強会の成果が出ているのか、前回のテストよりはちょっぴり平均点が伸びていた。別に満点を目指して熱意を持って挑んだ訳ではないが、由紀那との時間が如実にこの結果を生んだと考えると、晴人はとても嬉しかった。
(……また、四人で勉強会をしても良いかもしれない)
そんなことを考えながらふと表情を和らげた晴人だったが、改めて目の前の文字を追う。
さて、一位の場所に名前が書かれている生徒は誰なのか。上に目を向けるとそこに書かれてあった名前は、晴人がよく見知った美少女———『白雪姫』のものだった。
「やっぱり彼女が一位か」
「合計点四百八十六点はすげーな。流石俺らのセンセー」
「おい」
周囲の目がある以上意味深なワードは避けるべきだが、渡の言う通りその点数は中々にえげつないというか、流石白雪姫という他無い。周囲の生徒も流石『白雪姫』と口を揃えて言う程だ。
勉強会の後半こそTVゲームに夢中(意固地ともいう)になっていたが、そもそも成績優秀としても有名な彼女。確か前回のテストでも一位だったので今回も一位の座をキープしたという形だ。平均にしてみれば各教科の九十五点に加えてさらにお釣りがくるのだから、その優秀さ具合が一層際立つ。
(……頑張ったんだろうな)
きっと由紀那と知り合う前ならば、他人に興味が無い故にテストの結果を聞いても「ふーん、頭いいんだ」「すごいな」という漠然とした感想しか抱かなかったのだろう。別にそれが悪いこととは言わない。だが傘を貸したのをきっかけに彼女と一緒にいる時間が増えた。『白雪姫』と呼ばれ自身の表情に苦悩する裏で前向きに、ひたむきに努力する様々な姿を知った。
自身の実力に
「……ったく、自分のことかのように嬉しそうにしやがって」
「ほっとけ」
「そんな晴人の合計点は、っと……お、あった」
「四百三十六点、十人中八位の順位か。ま、それなりだな」
「十分過ぎるんだよなぁ……」
渡はそう言うが、成績上位者の中では一位の由紀那に比べたらどうしても晴人の八位は霞んでしまう。まぁ晴人自身これまであまりテストの結果に関心がなかったので、全く気にしてないが。
今回のこのテストの点数は、あくまで晴人が普通に授業を受けて普通に勉強して真剣にテストに向き合った結果である。こうして成績上位者に入った以上、たまたま成績が良かっただけだなんて他の生徒に失礼なので言えないが、かといって自画自賛する性分でもない。
テストに関心がない上、成績上位者の中では下から数えた方が早い。それなり、と晴人がなんの感情も浮かばずにそう評価してしまうのも仕方ないことだった。
しかし晴人には今、とある感情が芽吹いていた。
(今まで由紀那と同じ成績上位者でも、なんの感情も湧かなかったんだけどな……)
由紀那が一位だったのも嬉しいが、今はとにかく彼女と同じ成績上位者として名を連ねる事が出来た事実が何よりも嬉しい。これまでテストの結果に無関心だった晴人にとって、こんな気持ちを抱いたのは初めてだった。
晴人は思わず口元を緩ませる。
「……これも彼女のおかげか」
「ん、なんか言ったか?」
「なんでもない」
渡の問いを受け流したのち、ふと晴人は周囲をぐるっと見つめて先程自分達が歩いてきた廊下を眺める。
真面目な彼女ならばテストの結果が掲示されればきっとすぐやってくると踏んでいたのだが、いつまで経ってもその姿が見えない。そんな晴人の様子を見て渡も察したのだろう、周囲をキョロキョロと見渡しながら口を開いた。
「そういえばあの子来てねーな。まだ昼飯食べてる途中なんじゃねぇか?」
「…………おう」
「ま、コレもしばらく掲示している事だし、そんな今来ない位気にしなくても良いだろ。さて、順位も確認したことだし教室戻ろうぜー?」
「……悪い、俺はもう少しここに居るわ」
「はいはい」
やがて渡はひらひらと手を上げて教室に戻る。その背中を見送った晴人は比較的人気が少ない廊下の端に寄ると昼休みいっぱいまでスマホで時間を潰しながら様子を見る事にした。こういう場で彼女を見掛けないと、どことなく調子が狂う。
———しかし、結局昼休み中に由紀那が来ることはなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何気に晴人くんの情報が出るの初めてかもです!!
よろしければフォローや☆評価、♡ハート、コメント、レビューなどで応援していただけると嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます