第47話 白雪姫とハプニング



「………………」

「なぁ、由紀那」



 それからしばらく時間が経過した頃。リビングにはカチャカチャとコントローラーを操作する音が響いていた。 


 ゲームの画面が映し出されたテレビに正座でちょこんと向き合うのは、高校で白雪姫と呼ばれている美少女。そして彼女と一緒にプレイしているのは渡の彼女である夏菜だった。


 そして、先に声を上げたのは。



「———イエーイ! かなかな大勝利〜!!」

「………………」

「お、おーい、由紀那さーん?」

「……悔しいわ。とっても悔しい」



 悔しげにコントローラーを握り締めながら、じっと鋭い眼光でゲーム画面を睨みつける由紀那。余程熱中していたのか、その色白の頬はほんのりと赤く染まっていた。やや表情をむすっとさせながら絞り出すような口調で呟く辺り、心の底から本気で悔しがっているようだ。

 

 現在彼女らが遊んでいるゲームは、某配管工の兄弟とその仲間と一緒にゴーカートに乗ってゴールした順位を競うレーシングゲーム。ポピュラーで歴史が深い、知らない人がほとんどいない有名なタイトルである。


 初めてプレイするということで、操作方法を渡と夏菜の二人に教わりながら遊んでいた由紀那だったが、残念ながら戦績は全戦全敗。一位を目指して善戦していたとはいえ、遊び慣れた渡と夏菜の謂わば玄人である二人に勝とうというのがいかんせん無理な話である。


 もはや勉強のことなど忘れたかのようにゲームに集中すること約二時間。リビングにある時計を見てみると、時刻は三時を指し示していた。



「まぁ、今日初めてプレイしたんだからそりゃあなぁ。こればかりは経験の差だろ」

「晴人の言う通りだぞ冬木さん。寧ろ何度もコレで遊んでる俺と夏菜が負けたら流石に面目立たねぇよ……」

「あはは、結構何度かヒヤヒヤした場面もあったけどねー!」

「……もう一回。あと一回だけ」

「由紀那、それさっきの試合とその前、さらにその前の時にも同じこと言ってなかったか? もう良いだろ、勝つまで続ける気かよ」

「む……ずっと傍観を決め込んでいたはるくんにとやかく言われたくないわ」

「わ、悪かったよ」



 由紀那に対する晴人の呆れた雰囲気が伝わってしまったのだろうか、やや不機嫌そうに眉を顰める彼女。どうやら二人に負け続けた所為で、彼女自身の長所である普段の冷静さを欠いているようだ。現に背筋を正しながら真っ直ぐゲーム画面を見ている彼女の身体はガチガチに硬い。


 別に晴人としては先程の発言に悪意があった訳ではない。ただ振り返ってみると若干言葉が刺々しい部分もあるので、もしかしたらそれが由紀那の琴線に触れてしまったのかもしれなかった。


 決して怒らせるつもりではなかったので、申し訳なさから素直に謝罪を口にした晴人だが、それを聞いた由紀那が言い放ったのはこんな申し出だった。



「なら、次ははるくんと勝負するわ。これが本当の本当に最後の試合よ」

「ちょ……っ!」

「まぁ、別に良いけど。このままじゃつまらないし何か賭けるか?」

「そうね……。この後食べるエッグタルトとか良いんじゃないかしら。もし私が勝ったらはるくんの分のエッグタルトを貰うわ。私が負けたら私の分をあげる」

「乗った」



 甘党である晴人はすぐさま由紀那の提案を受け入れた。

 頭を抱えた渡を不思議そうな顔で見つめた夏菜からコントローラーを受け取ると、隣に並ぶ由紀那をちらりと横目で視線を向ける。



(これは勝ったな)



 彼女はふんす、と無表情ながらも張り切った表情を浮かべていた。


 負けず嫌いな一面を見せているところ申し訳ないが、晴人はこの手の競うゲームでは一度も負けた事がない。いや、厳密に言えばここしばらく一度も負けた事がないと言う方が正しいか。


 ———晴人は家庭用ゲーム機自体持っていないが、何度も渡が家に持ってきてはこのゲームで遊んでいる。最初こそ全敗していたものの、晴人の長所である観察力でコースや操作方法のコツを把握していき少しずつ順位を伸ばしていった結果、常に負けることは無くなった。


 やがて不貞腐れた渡はもう二度とこのゲームを晴人とプレイする事はなく、別のソロと協力プレイがあるゲームを持ってきて遊ぶようになったのだった。そんな経緯もあり晴人は観戦するだけに努めていたのだが、折角の由紀那直々の申し出なのだ。


 彼女が作ったスイーツも賭けているので、絶対に負ける訳にはいかない。



「ねぇ渡、どうしてユッキーに合掌してるの?」

「冬木さん、骨は俺たちが拾うから安心してくれ……」

「んー?」



 やがてキャラとマップを選択し終えると、晴人はゲーム画面を真っ直ぐ見ながら由紀那へ声を掛けた。


 カウントダウンが、始まる。



「負けても恨みっこ無しだぞ、由紀那」

「あら、はるくんにしては随分な台詞ね。ぎったんぎったんにしてあげるわ」

「それは楽しみだな」



 三、二、一、スタート。


 スタートは二人ともほぼ同じ滑り出し。晴人のキャラよりも前に由紀那が居たので若干順位は彼女より劣るが、まだ始まったばかりなので気にしない。


 勝負の決着は、先にコースを三周周回してゴールした者の勝利。比較的障害の少ないコースを選んだので、そんなに時間は掛からないだろう。

 勝利のカギはどれだけ効率良く加速し、アイテムでタイミング良く妨害し、コースの最短ルートを導けるか。このコースは急なカーブもあるのでドリフトも重要になってくる。



「ふ、っ……!」

「………………」



 しばらくカチャカチャ、とコントローラーの操作音とテレビからの効果音がリビングに響く。


 晴人が取得したアイテムも残念ながら赤いキノコやバナナの皮程度。加速系の目ぼしい物は手に入れる事が出来なかったが、まだまだ一周目なので技術面でカバーすることにした。順位は一位に未だ届かずに二位。アイテムはいくつもコースに結構な数が設置されているので次に期待したい。


 一方の由紀那はアイテムに恵まれているのか、かろうじてコースアウトせずに滑走。時折障害物にぶつかったりしているがなんとか晴人の後ろを食らいついているようだ。真っ直ぐピンと姿勢を正してコントローラーを握って集中してプレイしている彼女だが、コースを曲がる度に身体を揺らすのはちょっぴり気になるところ。



(……平常心、平常心だぞ俺)



 幸か不幸か、由紀那自身に自覚はないのだろう。無意識に身体を傾いた彼女の長髪が揺れてふわりと甘い香りが晴人の鼻腔にダイレクトに伝わるが、なんとか目の前のゲームに意識を集中させる。






 激しい攻防は続き、やがて最終レースに差し掛かるところ。あれから晴人は一位になり、由紀那は三位と善戦している。


 気を抜かずに互いに集中してプレイしていた晴人らだったが、リビングのソファで試合を観戦していた渡から声が掛かった。その声はなんとも呆れた様子で。



「おい晴人、お前初心者相手に大人気ないぞー」

「外野は黙ってろ渡。それに、由紀那だって手加減されても嬉しくないだろ」

「ユッキー頑張れ〜!」

「くっ、あと少しで追いつきそう……!」



 こういったゲームは気を抜くといつ逆転劇が起こるのかわからないのが怖いところだ。勿論技術面でカバー出来る部分もあるが、ゴール直前に取得していたアイテムを利用して逆転勝利、なんて事が起こっても不思議ではない。


 それに加え彼女はそのクールな美貌と成績優秀で知られる白雪姫。たかが数時間といった短期間でも驚くほど操作方法やコツを吸収していっている。きっとこの日だけでなく何度も練習していけば常勝無敗になるのでは、という驚異的なポテンシャルを秘めていた。


 そうしてレース中盤、一位をキープしていた晴人に迫り来る由紀那。順当に二位へと繰り上がった。



「くっそ……っ」

「もう少し、あと少しで私が勝つ。絶対勝つわ……!」

「いっけ冬木さん、晴人に敗北を! 未来は俺らの手の中ー!!」

「ユッキーいけいけー!! 風宮君も二番目に頑張れー!!」



 背後からやや偏向のある声援を受けながら必死にゴールへ向かう晴人。その背後には由紀那がぴったりと張り付きながらなんとか距離を保っていた。一位が晴人、二位が由紀那といった具合だが、その差は僅差である。


 なんとか引き剥がすには、次に待ち構えるアイテムと急激なカーブでどれだけ相手への優位性を伸ばすかが重要。アイテムは運次第だが、カーブに関しては個々の技術が光る場面だ。


 そしてそれは由紀那には酷だが、経験を培ってきた———晴人に軍配が上がる。つまり、このまま偶然や奇跡が起こらない限り、勝利はもう晴人に決まったも同然である。


 やがて二人同時にアイテムを取得し、残すはカーブと直線距離のストレートのみ。勝利を確信した晴人はニヤリと笑みを浮かべる。



(勝利とエッグタルトは俺が貰った———!!)



 晴人は先程獲得したムテキになれるレインボースターを使うタイミングを見計いながらカーブへと突入するが、なんとここで晴人に思いも寄らぬハプニングが襲い掛かる。


 ———ぽふっ、と胡座をかいて座っていた晴人に、カーブ時に揺れた由紀那の上半身が倒れ込んだのである。つまるところ、膝枕のような感じだ。


 晴人は驚いて、思わずコントローラーを勢いよく手放してしまった。



「〜〜〜、あっ!!!」

「…………ふぇ? ———!!!!???」

「よっしゃ今だ冬木さん!! 差せ、差せーーっ!!!」

「あ、え、うん、わかったわ……!!」



 晴人と同様、由紀那も瞳を白黒させながら顔を真っ赤にして動揺していたものの、背後から助言によりなんとか操作をもち直す。そうして停止したままの晴人を置き去りにしてそのままゴールしたのだった。



「やったー!! ユッキー逆転勝利〜!!!」

「やったぜザマーミロ晴人!! ———ところでさぁ、いつまでその体勢でいるつもりなんですかねぇお二人さん?」



 胡座をかいた晴人とそこに丁度よく収まった由紀那は、しばらく互いを見つめ合う。



「………………あぅ」

「……その、俺の負けだ」



 こうして勉強会の息抜きは最後にハプニングを起こしつつ終了した。


 その後、エッグタルトを食べられない晴人に同情した由紀那があーんして食べさせたり、その光景を間近で見た渡と夏菜の二人が胸焼けを起こすなどの出来事があった訳なのだが、無事中間テストに向けての勉強会は平穏に幕を閉じたのだった。




















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これにて勉強会は終了です!

少し話数が多くなってしまいましたが、皆様ありがとうございました!!


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