第37話 白雪姫は困惑する




「状況を、説明してくれるわよね?」



 無表情にもかかわらず、心なしか冷たい瞳をこちらへ向ける冬木さん。僅かに怒気も含まれているので、どうやら晴人が奈津美さんを泣かせたと思っているようだ。状況も状況なので、そう思われても仕方がない。


 突如リビングに漂う緊迫感。晴人が下手に言い訳するよりも、素直に奈津美さんとの会話の内容を告白した方が良いと思いこくこくと頷く晴人だったが、途中でふと思い直す。



(……あ、言えないわコレ)



 冬木さんへの誠意を示す為とはいえ、先程の奈津美さんとの会話の内容を包み隠さず冬木さんに言ってしまえば奈津美さんはどう思うだろうか。


 承諾を得ずに勝手に話せば、折角打ち明けてくれた彼女の真摯な想いや気持ちを無下にしてしまう事は明白。何より、奈津美さんとしては母親としての面目もあるだろう。

 出会って間もないが、普段から気さくで明るい彼女の性格上、自分の子に弱音を見せるのはおそらく良しとはしない。もし知られでもしたらなんでもない振りをしつつも自責の念に駆られてしまう程の繊細な女性なのだ。


 内心頭を抱えつつも、そんな事情と考慮を踏まえて晴人が冬木さんへ直接内容を伝えるのは憚られた。



「えーっと、だな…………」

「言わ、ないの……?」

「あーいや、言わないというか、言えないというか」

「……どういうこと?」

「うっ」



 こてんと首を傾げる冬木さんだが、晴人を見つめる視線と表情は心なしか寂しそうである。


 冬木さんは感情が顔に出にくいクールな白雪姫。そんな彼女が今では軽蔑までといかずとも、冷淡さや怒気……そして戸惑いといった寂寥感に苛まれながらも珍しく複雑な感情を交錯させていた。

 どう取り繕ったら良いのか悩んでしまい気の抜けた言葉を返してしまった訳だが、しこりのような罪悪感がどうしても胸の内に残ってしまう。



(……………あ)



 次の瞬間、しまったと晴人は自らの失態を悟る。奈津美さんへの配慮に気を取られてしまい、冬木さんの気持ちを蔑ろにしてしまったのだ。


 要は晴人が周囲を慮った結果、余計に不安にさせてしまったのである。


 自分の不甲斐なさに思わず天井を仰ぎたくなるも、グッと堪えて我慢。晴人は心を落ち着かせる為に軽く息を吸って吐くと、どう冬木さんに伝えようかと思案する。


 大前提として嘘はいけない。奈津美さんとの会話を全て包み隠さず伝えるという訳にはいかないが、一部を抜粋して伝えれば頭の良い冬木さんならば理解してくれるだろう。


 そうと決まれば、今すぐにでも彼女の不安を取り除かねばいけない。そう思い、意を決して口を開こうとするも思わぬところから声が上がった。



「あはは〜、ひとまずおかえり由紀那。お使いありがとねー!」

「……うん。ただいま、ママ」

「それにしても随分帰るのが早かったわねー。そんなに晴人くんが恋しかった〜?」

「茶化さないで。これでもすごく動揺してるのよ」

「そうね〜。普段から冷静沈着な貴方だけど、一目見てすぐに分かっちゃうくらいだもんね〜」

「…………それはそうよ」



 だって、と冬木さんは一拍あけると、次のように言葉を続けた。



「急いで帰ってきてみたら、泣いてるのよ? ……悲しい事があった時でさえ気丈に振る舞うママが、今日初めて会った風宮くんの前で」

「…………!」

「疑いたくないけれど、風宮くんがママに何かしたと考えるのが自然でしょう? でも、勇気を出して訊いてみたら風宮くんははぐらかすし……もう訳がわからないわ」

「…………そっか」



 冬木さんの胸の内の吐露に、小さく息を吐いた奈津美さんは柔らかく微笑んだ。


 今まで娘を見守ってきた奈津美さんと、子供ながらに親の背中を見てその性格を理解していた冬木さん。少々雰囲気的に場違いだが、二人の想いが通じあっている気がして心がほっこりしてしまう。


 とはいえ晴人が奈津美さんを泣かせてしまったという懐疑は未だ晴れていない。ここは自分が釈明するべきだろうと改めて冬木さんへと向き合おうとするが、またもや奈津美さんの方が早かった。



「……うふふっ。由紀那ー、心配してくれてありがとね! こんなにも娘に想って貰えるなんて、ママはとっても幸せ者だわ〜」

「………………」

「そういえば、強がるばかりで由起那には話してなかったわねー」

「? ……何を?」

「悲しい時はさ、確かに泣きそうになる瞬間があるけれど、パパと貴方がそばにいてくれるからなんとか耐えられるのよ。でもそんな私が、こうして泣いちゃうのはね———」



 くしゃり、と奈津美さんは表情を曲げると優しい眼差しで冬木さんを見つめた。



「———嬉しいから、なのよ」

「嬉しいから……?」

「正直に言うとね、幼い頃から大人びて育ってきた由紀那の将来が不安で堪らなかったの。一人は、とても寂しいから」

「………………」

「でも、そんな由紀那が晴人くんと知り合った。さっき少し聞いたけど、晴人くんも貴方の心に触れてありのままの由紀那を知ろうとしてくれている。親として、こんなにも嬉しいことはないじゃない」

「…………。———、……っっ〜〜〜!!」



 これまで奈津美さんの話を静聴していた二人だったが、晴人による冬木さんへの想いが言及された途端、両名ともぴしりと身体を硬直させる。ちらりと彼女の方を見てみると、なんと冬木さんもこちらへ視線を向けていた。


 きっと泣いている奈津美さんの感情が自分の思っているものではないと気付いたのだろう。無表情ながらもきょとんとした瞳。

 ぼぼぼっ、と瞬時に顔を赤くさせた冬木さんは咄嗟に俯くが、それは晴人も同じ。本人が近くにいる状況で奈津美さんの説明を聞くのは流石に気恥ずかしかった。



「だから安心して。私が泣いていたのは由紀那が思っているような事が理由じゃないわ」

「ママ……」

「それと、一つだけ良い?」

「? どうしたの?」

「な、なんだかね……、話していたらこれまでの由紀那との思い出がばぁぁって蘇ってきて泣きそう……! むしろ泣く…………!」

「ち、ちょ……!」



 甘酸っぱい空気が漂っていたのも束の間、珍しくも冬木さんが戸惑いの声を上げるも時既に遅し。



「あ、もうダメ……! 泣く……っ! う、うわぁぁぁぁぁぁぁん〜〜〜〜! 由紀那ぁぁぁぁっ〜〜〜!!! 大好き〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「わぷっ、ちょっ、ママ……!」



 唐突に席を立った奈津美さんは冬木さんに思い切り抱きついて泣き叫ぶ。『ありがとう〜〜!!』とか『幸せになってね〜〜!!』とわんわん声を上げる一方、抱きしめられている冬木さんは頬を染めたまま終始困り顔である。ちょっと可愛い。



「……! …………!」



 ふと晴人へちらりと視線を向ける冬木さん。

 どことなく助けを求めているような気がしたが、きっと晴人の手助けなど必要ないだろう。奈津美さんの様子を見る限り、落ち着くまで時間が掛かると思われるし、なにより胸の内を明かした二人の間に割り込むのは無粋な気がした。


 なので晴人はひとまず微笑ましげな視線と共に、頑張れ、と拳を握ってポーズをとったのだが、何故か冬木さんからは恨めしげな視線を受けた。解せぬ。



















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