第23話 白雪姫への贈り物




「それよりさ、前々から考えていた冬木さんに贈る物をついさっき見つけたんだが、いいか?」

「えぇ、是非教えて頂戴」



 あれからとても楽しみにしていたの、と言葉を続けた冬木さんの瞳はどこか期待するような光が込められていた。


 嬉しいと思う反面、正直落胆させてしまわないか不安である。

 こちらからの贈り物ならば何でも嬉しいと言っていた冬木さんだが、晴人の考える贈り物が彼女にとって重いと思われてしまってはお礼の意味が無い。


 それを使う使わない・・・・・・ではなく、そう思われてしまったら元も子もないのだ。


 晴人の中で鳴りを潜めていた緊張感が再び湧き起こるが、いずれにせよつい先程ここで見つけた商品の名を口にしなければ何も始まらない。

 次の冬木さんの反応にひやひやしながらも、意を決した晴人はそれが置いてある商品棚の方向を向きながら言葉にした。



「―――この髪留かみどめ、なんだけどさ。冬木さんに、どうかなって」

「…………。一応、理由を聞いても良いかしら」



 最初の間は様々な髪留めが置いてある商品棚の方向を呆気にとられた様に目をぱちぱちと瞬かせていたが、やがてふっと目を細めるとちらりと晴人の顔を見てそのように訊ねてきた。



「いやほら、冬木さんの黒髪って長いだろ? 体育の時みたいに動きやすいように髪留めで纏めても良いし、日常で普段使い出来る物だから家でも外でも気分で結う事も出来るだろうなって、思ってさ」

「えぇ、そうね」

「きっと似合うだろうし……いや実際に似合ってたし、もし贈り物が髪留めならあまり重く感じる事もないだろう、から……」

「そう、だから私への贈り物が髪留めなのね」



 納得したようにこくんと小さく頷く冬木さんだが、こちらを見る視線がどこかくすぐったいのは気のせいか。


 もしかして子供っぽいと思われてしまっただろうか。母親以外の異性へ贈り物をするのは初めてなのでこういう場合何が正解は分からないが、そんな生暖かい目をされると気恥ずかしくなってくる。



「……なんだよ、言いたい事があるならはっきり言ってくれ」

「ううん、ただ」

「ただ?」

「―――私の為に色々と考えてくれてたのが、とても嬉しくて」



 冬木さんは真っ直ぐにこちらを見る。二重で、切れ長で、くりくりとした彼女の綺麗な瞳。言葉と共に向けられた瞳には隠し切れない喜びが込められており、思わず一瞬だけ息を忘れてしまう程の魅力がそこには秘められていた。


 女性から嬉しい、と言われて嬉しくならない男などいないだろう。それが自分が考えたものであれば尚更である。


 だが悲しいかな、残念ながら晴人は人間関係に無頓着な上、ぶっきらぼうなので勘違いされやすいが、女性に対しての耐性は低かった。


 嬉しくて、という冬木さんの心からの言葉。

 当然、上手い言葉の返しなんて言える筈も無く、恥じらいから感情を顔に出すことへ抵抗があった晴人は、浮立つ心を隠しつつ視線を彷徨わせながら首に片手を置くしかなかった。



「そりゃ、そうだろ……」

「そうなの?」

「お礼なんだから、当然だろ」

「そう、当然なの」



 彼女の口調は普段通り平淡なのだが、心なしか声が弾んで聞こえる。そのまま彼女は髪留めがある商品棚の方を振り向くと、体を屈めて視線を巡らせた。



「それにしても、髪留めといっても意外に種類が豊富なのね」

「あぁ、流石にこれは好き嫌いが別れるだろうから、冬木さんにも見て貰おうと思って」

「……なるほど、納得がいったわ。だから今日私を誘ったのね」

「あー、すまん。折角の休みなのに」

「謝らないで。行くと決めたのは私の意志。楽しみにしていたのは本当だし、分かりにくいでしょうけど、とても充実した気分よ。……本当よ?」

「なら、良かった」



 瞳でしか僅かな感情を読み取ることが出来なかったが、冬木さんがそう言うならば本心なのだろう。彼女への贈り物を一人で選ぶ自信を持ち合わせていない故だったが、あのとき思い切って誘って良かったと思う。


 安堵から晴人がほっと息を吐き出していると、彼女はちらりとこちらへ視線を向けて言葉を続けた。



「風宮くん、意外に心配性なのね」

「……臆病で悪かったな」

「わざわざ言い換えなくてもいいじゃない。そんなことで嫌いになんてならないし、思いやりがあるのは素敵なことよ?」

「さいですか」



 休日に一緒に買い物をする理由を知った以上、聡明な冬木さんは晴人の心情などお見通しなのだろう。


 言い方はややぶっきらぼうになってしまったが、晴人は全身を巡る恥じらいを誤魔化すようにふいっと顔を逸らし、商品棚のネットフックにずらりと並ぶ髪留めへ目を向ける。


 改めて見ると、髪留め―――つまりヘアアクセサリーには様々な種類やそれに伴ったデザインの形がある。

 ヘアゴムでもシンプルでオーソドックスな物や、シリコンタイプの物。スプリング型にチャーム付きのリボン型の物などがあり、それ以外にも色鮮やかなシュシュやバレッタといった髪留めなども目に付く。


 他の店内スペースに比べるとあまり広くはない一角だが、この種類の豊富さならば、冬木さんが気に入るであろう髪留めが見つかるかもしれない。


 気を取り直しつつ、晴人はじっくりと眺め見る冬木さんへ声を掛けた。



「その、何か気に入った髪留めはあったか?」

「そうね……具体的にこれ、という物はすぐに言えないけど、落ち着いた色合いの髪留めが良いわね。風宮くんはどれがいいと思う?」

「そうだな……」



 率直に言えば、ここにある髪留め全てが冬木さんに似合うだろう。


 美少女であるから、という理由では些か味気ない気もするが、無表情であるものの彼女は端正で美しい容貌を持ち、制服や私服の上からでも分かる程よく引き締まったスレンダーな身体、そして濡れ羽色の綺麗な長髪の持つ美少女であることは間違いないのだ。


 寧ろ似合わない髪留めを探す方が難しい筈である。


 そういえば、と晴人は以前体育をしていた冬木さんの姿を思い浮かべる。身体を動かす際に顔に髪が掛からないようにする為だろう、黒色の無地のヘアゴムでポニーテールに纏めていた。



(落ち着いた色合いってことは、身に付けていてもあまり目立たない色ってことだよな。……まぁ、冬木さんらしいっちゃらしいな)



 高校では白雪姫と呼ばれる故、人見知りである彼女は注目される状況を好ましく思わない傾向にある。


 きっと赤や橙色といった暖色系の髪留めも彼女には似合うのだろうが、ここで晴人が思い切って彼女の意にそぐわない派手めな色合いの髪留めを選んでしまうと、高校でそれを付けたときに不要な注目を浴びかねない。


 冬木さんの心情を思うと、それはなんとしても避けたいところである。


 だとすると奇をてらった冒険などせずに、こちらの一角に置いてある寒色系の髪留めを選ぶのが無難だろう。


 とすれば、



「この、紺色のリボンの形をしたヘアゴムが良いんじゃないか?」

「――――――」



 晴人が手に取ったのは、やや青みがかったネイビー色の強い紺色のリボンヘアゴムだった。幅は約十五ミリ程のさらさらとした光沢のある布の素材で出来ており、ツヤ感と厚みのある仕上がりとなっている。


 リボンの長さは足長で、髪を結うと上手い具合に下に垂れる作りになっているので、落ち着いた色合いながらもきっと冬木さんを今以上に綺麗に、上品に引き立ててくれるだろう。


 それにこのヘアゴムならば体育で身に着けていても然程注目は浴びないだろうし、普段使い出来る物なので、私生活や高校生活を過ごしていても違和感は無い筈だ。


 晴人は意見を伺おうと冬木さんの顔を見つめながらそう訊ねるも、彼女の視線は晴人が手に持ったリボンヘアゴムへ熱心に向けられている。


 見かねた晴人がそれを冬木さんに手渡すも、受け取ってもなお彼女は再び十数秒程眺め続けた。やがて満足したのか、ぽつりと呟くように彼女は口を開く。



「これが良いわ。えぇ、これにするわ」

「え……い、いや、もっと他の髪留めからも選んで良いんだぞ。ほら、お洒落なチャームの付いたヘアゴムもあるしロープ状のデザインが施されたヘアゴムなんてのもある。淡い水色のシュシュの形をしたヘアゴムを選んでも良いし、蝶々のバレッタなんてのも―――」

「ううん、これが良いの。だって、これは風宮くんが私に似合うと思って選んでくれた物でしょう?」

「あ、まぁ、そうだけれども……」

「なら絶対にこれが良いわ。例え風宮くんが別の髪留めを提案しようとしても、もう遅いわよ」



 ぬいぐるみを抱えたままの彼女は、取られまいと紺色のリボンヘアゴムを両手で胸元へ引き寄せる。

 あまりの決断の早さから戸惑ってしまったが、どうやら気に入ってくれたようで何よりだ。


 選ぶ際に彼女の状況や立場、好みを最大限尊重した以上、残りは晴人自身の美的価値観―――もとい感覚頼りになってしまった面は正直否めない。


 だが晴人はまだまだ捨てたもんじゃないな、と自らを励ますようにほっと息を吐いて安堵しつつも、彼女の可愛らしい様子にくすっと苦笑を洩らすのだった。



















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なんとか前より早めに執筆出来たので更新です。

贈り物の正体は髪留めでした!(*‘ω‘ *)


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