第22話 白雪姫とぬいぐるみ


「あ」



 それから彼女と色々店内を見て回っていると、程なくして晴人はある物を見つける。


 現在晴人が立っている場所は店内の奥側の一角。

 ちらりと隣に居る冬木さんを見てみると彼女の身体は少しだけ斜めの方向を向いており、その視線の先には可愛らしくデフォルトされたウサギやパンダといった様々な動物のぬいぐるみ達が商品棚に置かれていた。


 やや大きいがちょうど手の平に乗るようなサイズで、学校の制服らしき装いをしているのでそれがぬいぐるみのキュートさを引き立てているのだろう。


 目を細めながらうっとりとした熱い視線を送っていることから、どうやら彼女はそんなぬいぐるみに心を撃ち抜かれたらしい。彼女も年頃の女の子である。きっと可愛らしい物への憧れや興味が人並み以上にあるのだろう。


 そんな彼女の様子を微笑ましく思いつつ、ひとまず晴人は先程見つけた物への関心を胸の中だけで留める。そしてぬいぐるみに視線を向けながら冬木さんへと声を掛けた。



「可愛いな」

「…………えっ」

「クマにキツネにヒツジ……タカまで居るんだ。結構な種類があって自分の好きな動物を選べるのが良いな」

「あ、えぇ……そうね。可愛いわよね、この子たち」

「?」



 冬木さんにしてはどこか歯切れの悪い返事だったので思わず晴人は首を傾げる。紛らわしいわね、と何故か顔を背けながらそのように小さく口ずさんだ彼女の耳は僅かに赤い。


 おや、と不思議に思った晴人だったが、冬木さんはこちらを見ないまま言葉を紡ぐ。



「こほん……"ひみつの森の動物さん"っていうシリーズのぬいぐるみらしいわ。どうやらこのお店にしか置いてない限定品みたいね」

「へぇ、そうなのか」



 その商品棚の端へ視線を向けてみると、確かにラミネート加工された用紙に"限定品です"と可愛らしい手書きの文字で記載されている。どうやら県内に住むとあるぬいぐるみ作家が時間を掛けて手ずから制作したハンドメイド作品らしい。


 そういえば、と晴人は事前にSNSで検索した際に、こういった動物のぬいぐるみらしき物が映っている画像を見たことを思い出す。それを購入した投稿者のコメントでも、「丁寧に作り込まれていて感動しました!」と称賛されていたのだが、どうやらその画像に映っていた正体がこのぬいぐるみ達だったようだ。


 感心しながら晴人がちらりと隣を見てみると、冬木さんはいつの間にやらぬいぐるみの商品棚へと視線を戻して先程と同じような瞳を向けていた。



「……欲しいのか?」

「―――、いいえ。とても可愛いとは思うけれど、きっと私には似合わないわ。別の誰かにお持ち帰りして貰った方がこの子たちも喜ぶでしょうし、こうして眺めているだけで十分よ」

「そんなことないと思うけどなぁ」



 そんな消極的なことをのたまう彼女に対し、やんわりと晴人は否定する。


 ぬいぐるみ作家のハンドメイドというだけあって値段は少々お高めだが、冬木さんに似合わないという事は無いだろう。むしろ美少女とぬいぐるみという組み合わせは目の保養になること間違いなしだ。


 なので、晴人はこんな提案をしてみる。



「試しに持ってみれば良いんじゃないか?」

「さ、触っても良いのかしら……?」

「汚したり床に落としたり、乱暴に扱わなかったら大丈夫だと思うぞ」

「安心して。この子たちを乱雑に扱うなんて酷い真似、最初から考えていないわ」

「さいですか」



 始めはややびくびくとした様子で晴人とぬいぐるみへ視線を彷徨わせる冬木さんだったが、基本的な注意点を口にした途端に食い気味な言葉と共に晴人へ切れ長の瞳を真っ直ぐに向けてきた。


 今まで確信を得なかったが、どうやら彼女は本当に可愛い物が好きらしい。でなければこんな熱量の籠った、加えてじっと据わった目などしてこないだろう。


 晴人は溜息交じりの返事をしながらも目を細める。



「じゃあどれがいいんだ?」

「そうね……どの子もとても魅力的だけれども、強いていうならこの子が良いわ」



 そう言って冬木さんが手に取ったのはロップイヤーラビット、つまりウサギのぬいぐるみだった。全体的にややクリーム色に近しいブラウンの体毛に覆われており、垂れ下がった長い耳が特徴的な可愛らしいぬいぐるみである。


 ウサギを抱っこするように両腕で抱えた彼女の表情に変化こそないが、その雰囲気は若干戸惑いながらもどこか喜々としており、瞳には優しい光を湛えている。

 晴人から見ても、抱っこをしながら優しく指の腹でぬいぐるみの頭を撫でている冬木さんの様子はとても微笑ましい。


 もふもふ、とまではいかないが、見た目的に恐らく羊毛フェルトや実際のウサギの体毛といった自然素材が使用されているのだろう。さらさらとした指触りなのか、輪郭に沿って指の動きが滑らかなことからとても気持ちよさそうである。



「……ふふふ。とっても可愛いわ」

「―――。あぁ、そうだな」



 美少女が可愛らしいぬいぐるみを撫でる様はとても良く絵になる。


 抑揚なく、けれども嬉しそうにそう呟く冬木さんに対し、一瞬だけ驚いた晴人は無難な言葉を返す。不意に洩らした彼女の静かな笑い声は晴人にとって新鮮であり、一緒に居る時間が増えたこちらの心をどきりとさせるには十分だった。


 隣に並び立つ彼女に、それを悟られなくて。



「じゃあ、そのぬいぐるみもプレゼントするよ」

「え、でも……」

「さっき冬木さんは似合わないって言ってたが、俺はそうは思わないよ。それに、そのぬいぐるみだって大切にしてくれる人のとこに居たいだろ」

「そう、かしら……?」

「あぁ、絶対そうだ」



 ぬいぐるみを撫でる君が可愛かったから、と素直に伝えられたらどんなに楽か。


 綺麗だ、や似合ってる、などの言葉は比較的スムーズに言えるのだが、可愛いという言葉だけすらりと言えない。それはきっと、褒めるという行為に対し晴人の心の片隅で羞恥心が未だ残っているからだろう。


 まぁ、人と極力関わることを避けていた晴人に度胸が備えられていないと言えばそれまでなのだが。



「じゃあ、会計するまでぬいぐるみは持っててくれ」

「えぇ、わかったわ」



 冬木さんはこくん、と頷くと腕に抱いたぬいぐるみをぎゅっと優しく抱きしめる。彼女のそんな姿を見てしまった晴人は、不覚にもときめいてしまい、



「ん゛っ」

「? どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」



 いや可愛いな、という喉から出掛かった褒め言葉を晴人はぐっと飲み込むと、冬木さんに身体ごと背を向けた。そして片手で口元を押さえると、不意に乱された心を落ち着かせようとじっと待つ。


 因みに肝心な懐事情は今のところ問題はない。今まで趣味が写真撮影だったことから、貯金していた金銭は高校生にしてはまあまああるし、前日のうちに自身の通帳から必要な金額分引き落としてきたのだ。


 その金額三万円。万が一、晴人が考えていた贈り物をする以外に必要な出費が発生したらと考慮してのものだったが、どうやらその考えは間違っていなかったようで一安心である。


 ハンドメイドというだけあって少々ぬいぐるみの値は張るが、彼女の新鮮な姿を見れただけでも眼福だ。



(平常心、平常心…………よし、大丈夫だ)



 僅かな間だったが、意識を別な方へ向けていたからか上手い具合に切り替えが出来たようだった。


 ふぅ、と晴人は軽く息を吐きながら気を取り直すと、再び彼女の方へと振り向く。こちらの様子にやや不思議そうに首を傾げていた冬木さんだったが、晴人は今回の目的を果たすべく先程まで胸に収めていた関心事を切り出した。












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だいぶ日が空いてしまって申し訳ありません……(´・ω・`)

まだお出掛け編が続きますが、次回更新までもう少々お待ちください!


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