第20話 白雪姫の勇気



 間もなくして駅の構内を出た晴人たちは、青空から降り注ぐ春らしい陽光に目を細めながら慎重に階段を下りる。澄み渡る晴天、まさにお出掛け日和といっても良いだろう。


 まずは、と頭の中で今日の段取りを整理していた晴人だったが、隣から不意に視線を感じた。


 ちらりと視線を向けると、冬木さんが覗き込むようにこちらを見ている。かかとの安定がとりにくいパンプスを履いているにもかかわらず危なげなく階段を下りているので、流石としか言いようがない。



「風宮くん、今日はどこへ行くのかしら? そのくらいは教えてくれても良いと思うのだけれど」

「んー、そうだな。冬木さんに何を贈るのかはまだ秘密だけど、これから行くのは雑貨店、だ」

「雑貨店……、つまりインテリアや小物のアクセサリーなどといった日用品を取り扱うお店ね」



 最後の階段を下りた彼女は平淡な口調でそう言って納得したように軽く頷いた。


 ―――何も晴人は、計画性も無しに駅を待ち合わせ場所に決めた訳ではない。


 晴人の性格上人混みが苦手なのは確かだが、通行人が多く行き交う駅であればその周辺の街に建物が集まり合うのは必然である。例えば飲食店や洋服店、本屋にアクセサリーショップ、はたまた不動産ビルやホテルといった訪れる人の目的や用事、気分によって一致する様々な店舗やテナントなどが、だ。


 今回の場合、冬木さんへの贈り物を購入するのが目的で、その贈り物を何にするのかについては既に決めている。


 わざわざ駅を待ち合わせ場所にせずとも、自宅から近い(それでも歩きで三十分程の)大型ショッピングモールを利用することも勿論考えたのだが、流石に休日では晴人の通う高校の生徒に遭遇する可能性が高い。


 なので多くの人が利用して人混みに紛れやすい駅を待ち合わせ場所に選んだし、そこから近い雑貨店で冬木さんへの贈り物を購入しようと思ったのだ。


 当然、これから向かう雑貨店の場所も目途めどが立っている。



(……あ、でもそこで学校の生徒に遭遇したら元も子もないな)



 少なくとも駅では晴人の知っている高校の生徒は見掛けなかったが、その雑貨店や向かう道すがらで出会わないとは限らない。


 今更ながら自らの計画性の甘さに内心頭を抱える晴人だったが、ふとあることに気付く。



「そういえば冬木さん、今日は躊躇ちゅうちょなく俺の隣に並んだな」

「―――、………………」

「まてまてまて、別に嫌味とかで言ったわけじゃなくてこれは純粋な疑問だ。だからそんな自然に歩幅を緩めなくても」

「……良かったわ。もし風宮くんの隣を歩いて嫌われたら……しばらく私、立ち直れそうにないもの」



 しれっと距離を開けて晴人の後ろへと速度を落とした冬木さんだが、すぐに隣に戻って来た。無表情ながらもその揺れる瞳には安堵が込められている。


 冬木さんはどうやら嫌味を言われたと勘違いしたようだ。

 晴人としては以前学校の生徒にもし一緒にいるところを見られたら注目を浴びてしまう、など彼女の言葉を覚えていたので逆にこちらが冬木さんの負担になってしまわないか心配でそのように口に出したのだが、それがいけなかったのだろう。


 人見知りというのは相手からどう思われているのか気になる傾向がある。それ故きっと冬木さんは深読みしてしまったのだ。


 そのまま彼女は晴人の隣を歩きながら言葉を続ける。



「―――これは、私なりの"勇気"よ」

「勇気?」

「パパやママと一緒ならまだしも、風宮くん―――同級生の男の子と一緒にお出掛けなんて初めてだもの。この前は離れて歩いちゃったけれど……折角の機会なのだから、お洒落した時くらい勇気を出して風宮くんの隣に居たいって思ったの」

「……そっか」



 こちらを見ずに目の前を真っ直ぐ歩く冬木さんを見遣る。

 普段は人見知りで目立つのが嫌な冬木さんだが、彼女なりに思うところがあったのだろう。だからこそ、こうしていじらしくも行動に示してくれているのだ。


 勘違いさせてしまったのは申し訳ないが、どうやら晴人の心配は杞憂だったらしい。ほっ、と晴人は息を吐くと共に、隣に居たいという先程の冬木さんの言葉を思い出して胸の内が暖かくなった。



「それに、木を隠すなら森の中って言うじゃない?」

「うん?」

「高校ではどうしても注目を浴びてしまうけれど、私服姿ならこうして並んで外を歩いていても違和感は無い筈よ。ある程度人通りも多いし、いざとなれば逃げればいいだけだわ」

「恥も外聞も無いまさかの逃走宣言」



 淡々と話す冬木さんに思わずそうツッコんでしまう晴人だったが、一方で確かに、と思う自分がいたのには違いない。


 現在晴人たちは階段を下りて歩道を歩いている訳なのだが、隣の道路が中央分離帯という事もあり結構広い。その上通行人もいるので逃げやすい―――もとい紛れやすいという状況でいえばその通りなのだ。


 ふり絞った勇気の中にちゃっかり打算的な算段を組み立てていた冬木さんに対し、晴人は苦笑する。


 すると彼女はそれはそうと、とおもむろに口を開いた。



「高校じゃないのにたまに視線を感じるのはどうしてかしら? 私が『白雪姫』って呼ばれている事を知らない筈なのに」

「どうしてだろうなー」

「む、その言い方は原因を知ってる言い方ね。露骨な視線じゃないから良いものの、こう見えても緊張しちゃってるのだけれど」



 冬木さんが綺麗だからだよ、と晴人が伝える事が出来れば彼女の疑問も無くなり万事解決なのだが、改めて口に出そうとするとどうしても恥ずかしい。


 きっと出会った当初ならば躊躇ためらわず言えた筈だろう。彼女に対する客観的な事実をただ述べれば良いだけだったのだから。


 称賛までといかずとも、こうして伝えることすら逡巡しゅんじゅんしてしまうのは、晴人が隣に居る少女のことを意識している証という他ない。


 困った挙句に絞り出した言葉は、先程と同じものだった。



「……どうしてだろうなー」

「そう、あくまでも言わないつもりね。……ならいいわ。周囲から視線を感じるのは風宮くんの所為ってことにしておくから」

「ん、俺の所為?」

「だって―――」



 何かを言いかけてこちらを振り向いた冬木さんだったが、すぐに顔を赤らめたのちぷいっと視線を前に戻した。



「……いえ。なんでもない、わ」

「気になるだろ」

「それはお互いさまよ。さ、早く行きましょう」



 歩道を歩く足運びが少しだけ早くなった白雪姫。


 顔を赤らめる理由さえ全く見当もつかないが、そんな彼女の隣に居るべく晴人は歩みを進めたのだった。















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