第16話 体育中の雑談




 翌日、すっかり元気になった晴人は学校に登校していた。


 体操着に着替え、現在は学年二組合同の体育の授業中である。体育館内ではバスケ、バドミントンの二種目のスポーツをすることになり、希望する生徒でコート別に別れて各々身体を動かしていた。


 といっても朝の一限目なので、ほぼこの場にいる生徒の表情や動きには覇気が無い。例外なのは陽キャの多いサッカー部やバスケ部、バドミントン部といったメンツと、適当にやり過ごそうとして友達と談笑している一部の女子くらいだろう。


 全体の体操を終え、ふわぁ、と軽く欠伸をした晴人は体育館の壁に寄り掛かる。このバスケの試合が終わるまで気楽にしようと考えていると、隣から声が掛けられた。



「―――で、いい加減に話してくれてもいいよなぁ?」

「はぁ」



 登校時からじとっとした視線で晴人を見つめていた渡が口を開く。


 今まで教室では気付かないフリをしていたが、その瞳の奥には“さっさと冬木さんとの関係を教えろ”という言いようもしれぬ圧が込められているように見えた。


 渡からしてみれば晴人の自宅にお見舞いに行ったら何故か白雪姫と中で鉢合わせたという状況なので、その疑問も当然だろう。


 教室では他の生徒の耳もあったので話せなかったが、ここは体育館。

 ボールの弾む音や掛け声が響いているし、幸いにも晴人と渡の近くに生徒はいない。この場にいる生徒の多くは試合を観戦しているので、恐らく一生徒である晴人の声に耳を傾ける者はいないだろう。



「わかった。彼女の事で間違い無いよな?」

「あぁ、つーか昨日の今日で白雪姫以外の女子なわけねーだろ」

「言っておくが、特にやましいことは無いぞ」

「知ってる。お前ヘタレだし」

「おい」



 級友からの心無い言葉に思わず非難の声を上げるも、よくよく省みればその通りなのでそれ以上は強く言えない。


 もっとも、それは入学してからの付き合いである渡の方がよく知っているのだろうが。ちらり、と横目で渡の見てみると、口角を上げてにやけていた。



「別に、ただ傘を渡したってだけだ。その後冬木さんと話す機会が増えたくらいで」

「マジか。てっきりあれお前の嘘かと思ったんだが」

「どうせあの時俺が訂正しようとしても信じなかったろ」

「まさか接点があるとは思わねぇし、まぁ何より初めて晴人からあの白雪姫の話を聞いたからなぁ。流石に信じろって方が到底無理だろ」



 渡は若干呆れたかのように口元をへの字にする。


 後日『デ・ネーヴェ』で副店長として働いている冬木さんに遭遇した件は別に伝えなくても良いだろう。それは彼女の個人情報にあたるだろうし、本人が言うならまだしも晴人が渡にその事を伝えるのはなんだか違う気がした。


 ただ、昨日冬木さんが様子を見に晴人の自宅を訪ねてきたことは渡も知っているので、看病されたことを話すと目を丸くして驚愕の表情を張り付けていたが。


 それから間もなく視線を戻した途端、隣で渡が声を上げた。



「おっ、向こうで白雪姫が点数決めたみたいだぞ」

「……そうか」



 ふと向こうの体育館入り口側のコートを見てみると、クラス別に分かれた女子同士がペアを組んでバドミントンのラケットを振るっていた。その中には体育着に身を包んだ白雪姫こと冬木さんがおり、バドミントンを選択した彼女はポニーテールに纏め上げた艶やかな黒髪を靡かせながら見事点数を決めたようだ。


 どうやら運動神経が抜群というのは本当らしく、バドミントンを観戦している生徒らのその視線のほとんどが冬木さんへと向けられていた。無表情だの愛嬌が無いだの揶揄されていても、注目を浴びているのは魅力的な美少女だからに違いない。


 冬木さんとペアを組んでいるのは同じクラスの女子だろう。こちらから距離が離れているので良く分からないが、点数を入れても無表情な冬木さんに対し、おどおどとしながらも控えめな笑みを見せながら軽くガッツポーズをしていた。


 それをちらっと見た冬木さんは無表情のままこくりと頷き、再び試合再開。



「で、どうなんよ?」

「どうって何が」

「決まってんだろ、晴人的に脈あるのかってこと」

「知らん」



 にんまりと口角を上げた渡から投げ掛けられた問いに対し、晴人はそっぽを向きながらぶっきらぼうに返事する。


 そもそも冬木さんと初めて会話したのが先週の金曜日なのだ。まだ一週間も経っていないのにすぐ色恋沙汰の話に持って行こうとするのは渡の悪癖というか、余りにも突飛すぎるだろう。


 確かに昨日は気になる相手として冬木さんの姿を脳裏に思い描いたりもしたが、それはあくまで同級生としてである。無表情な彼女が美少女であることは晴人も認めるが、自分がその隣に立っているイメージをどうしても思い描けなかった。


 いや、正直思い浮かべることすら烏滸がましいことだと思うのだが。



(……まぁ、悩んでいるのであれば支えてやりたいが)



 冬木さんの"感情を表に出せない"という悩みを知った以上、いつでも話を聞くと言った手前放っておくわけにもいかない。具体的な解決策など特段持ち合わせてはいないが、困っているのであれば彼女がしているというその努力を尊重しつつ微力ながらも全力で支えたい所存である。


 向こう側のコートで自身の運動能力を遺憾なく発揮している冬木さんの姿をぼんやりと眺めながら、晴人は静かにそう思った。



「……このうぶな奴め」

「言ってろ」








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無事退院致しました!

今回は文章量が少ないですが、ご容赦下さい(/・ω・)/


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