第13話 風邪を引いた翌日




 結局のところ、晴人は次の日高校を休んだ。


 薬を飲んだので風邪の症状はだいぶ鳴りを潜めたが、まだほんの少し身体のだるさと三十七度三分という微熱があったので、念の為安静をとることにした。

 とはいえ、晴人の体調は昨日と比べてとても良い。ここまで回復出来たのはきっと誰でもない、昨晩甲斐甲斐しく看病をしてくれた冬木さんのおかげだろう。


 ―――因みになのだが、言うまでもなく母親である咲良からは怒られた。


 母が飲み会から帰宅したのは深夜の十時過ぎ。気分良さげに「ただいま」と晴人の部屋に顔を覗かせたのだが、額に冷却シートを張りながら熱により顔を赤らめている晴人の姿を目撃したことにより表情が一変。ぎょっと驚いた顔になった後、能面のようにすっと目を細めた母から事情を求められたのだ。


 先日の豪雨の一件でどうやら遅れて風邪を引いてしまったこと、今までクラスメイトに看病されていたことなどを白状する(誰に看病されたのかは言ってない)と、母は目元を片手で覆いながら深く溜息をつく。


 そのときの表情は窺えなかったが、今思えばその溜息には様々な感情が込められていたのだろう。


 晴人に視線を合わせると「ほんっとに馬鹿ね」「どうしてすぐに連絡を寄越さなかったの」などのお怒りの小言を多数頂くもその後眉尻を下げると心配そうに、そしてどこか悲しみの感情を滲ませながら次のように言葉を紡いだ。


"晴人が私のこと考えてくれるのは嬉しいけどさ、母親なんだから晴人を優先したいよ"と。


 息子を思い遣る母の慈愛に満ちたその言葉を聞いた晴人は、すぐさまごめん、と謝った。同時に、次からすぐ連絡するとも。決まりが悪くて母の顔を直視することが出来なかったが、母は再度溜息をつくと「分かったらよろしい」と呆れたような声で言い放って、晴人を許してくれたのだった。


 その後、晴人の現在の容態を聞いて特に問題ないと知ると、明日休んでも良いからもう寝なさいと言って部屋を出て行った。


 母は強しというが、この母親には全くもって頭が上がりそうにない。





 そして現在は午後の五時前。あれからパジャマに着替えた晴人は、日中自分の部屋で寝たりスマホを触ったりといった緩やかな時間を過ごし、恐らくもう明日には学校に登校出来るくらいには回復した。


 リビングのソファに持たれ掛けながらゆるりと座っていた晴人。つい先程やってきた目の前の人物へ視線を合わせると、何故か相手は口角を上げながら親指を立てて自慢げな表情をする。



「―――で、俺がこうして遊びに来たってワケ」

「いや渡、そこは普通見舞いで良いだろうが」



 放課後、晴人の自宅に突如訪問してきたのは級友である渡だった。普段は陸上部に所属している渡だが、この時間的に部活は休んできたのだろう。


 しかし自身の様子を見に来てくれるとは思わなかったので、なんだかんだ嬉しいのは確か。なんて友達思いの良い奴なのだろう、という考えが一瞬だけ頭を過ぎるのだが、単純に部活をサボりたい理由として訪問した可能性も否めないので少しだけ複雑だ。


 若干呆れたような視線を渡に向けるも、まったく気にした様子も無く彼はそのまま口を開いた。



「んな細かいこと気にするなよ晴人。将来ハゲるぞ」

「やかましいわ」

「そうね晴人、何かを気にし過ぎたりあまりにも繊細すぎると女の子にモテないわよ。時には大胆に行かないと」

「母さんは母さんで何を息子にアドバイスしてんだ」

「あ、咲良さんクッキーとケーキ美味しいっす。ありがとうございます」

「それは良かったわ。渡くん、これからも晴人と仲良くしてやってね」

「うっす。勿論っす」



 渡は母が準備したモンブランをやや多めにフォークで掬い取ると、ひょいと口へ放り込んで咀嚼しながら頷く。


 その一連の会話を気恥しく感じた晴人は思わず渋い表情になる。

 ……が、しれっと話に入り込んだ母としては晴人が学校で寂しい高校生活を送らないようにと心配なのだろう。風邪が治りかけとはいえ、わざわざ仕事を休んでまで家に居てくれた母に対しありがたいと思うこそすれ、悪く思うことなどどうしても出来なかった。


 余談だが、このモンブラン含めたケーキ数個は元気が戻ってきた晴人と一緒に夕方食べようと、母が菓子店で購入してきた物のようだ。言わずもがなと言って良いのか、晴人の母親である咲良もスイーツ系には目が無い。


 よく近くの菓子店で休日に購入する機会が多いのだが、今日に限ってこの店の人気スイーツである"俵シュー"という俵の形をしたシュークリームが無かったらしい。どうやら前の客が大量購入したようで、帰宅時にしょんぼりとした様子を見せていたのは母親とはいえ微笑ましかった。


 晴人は手元にあるイチゴの乗っかったショートケーキをフォークで突っつく。

 キッチンで鍋をかき回している母を何気なく見遣ると少しだけ視線があったので、ふいと視線を逸らしながら生クリームとスポンジ部分を口へと頬張った。



「そういえば晴人、お前誰か好きな奴とかいねぇの?」

「は? なんだいきなり。流れで彼女の惚気でもする気か?」

「んなことぜんっぜん考えてねぇし。つーか夏海なつみのこと晴人に話したのなんて両手で数えるくらいだろ」

「さいですか」



 自覚が無かったのは予想外だったが、惚気ていると気が付かないほど良好な関係という事なのだろう。昼休み中にさり気なく惚気を挟まれるこちらの身にもなって欲しいものだが。


 自然な流れで口にした夏海、というのは渡の同い年の彼女である。晴人らの通う高校の隣町にある女子高に通っており、晴人も休日に渡と遊んだ際に外出先で遭遇したことがあるが、まさに明るく元気で笑顔が似合う少女だったと記憶している。


 向こうは友達を待たせていたという事もあり、互いに自己紹介したり短めに渡と言葉を交わして笑顔でその場を離れた。


 なんというか、言葉少なげだったにもかかわらず二人の間には親愛や信頼が垣間見えていた。

 晴人はこれまでの人生で誰とも付き合ったことがないが、ああいうのをお似合いのカップルと言うに違いない。



「で、どうなん?」

「……ノーコメントで」

「つれねぇなぁ。良いじゃん減るもんじゃないし、好きな女子の一人や二人教えてくれたって」

「いない。つーかいても教えねぇよ」

「……もしかして枯れて―――」

「ねぇよ。本当にいないだけだ」



 嘘は言っていない。確かにそういった男性的な欲はあるにはあるが、周りに影響されて誰が好きだからすぐに告白して付き合う、なんて行動力は晴人には備わっていないし、そもそも好きな人がいるわけではないのだ。



(……まぁ、気になる相手は、いるが)



 一瞬だけ、本当に少しだけ最近よく話し掛けてくる少女の姿を思い描いてしまうが、すぐさまその考えを打ち消した。


 目を細めてじとり、と晴人を見つめていた渡だったが、こちらが本当に嘘をついていないと分かると呆れたような表情で溜息をついた。



「お前が本気出せばモテるだろうに。ま、出来たら教えてくれよ。そしたらお祝いにラーメンでも奢ってやる」

「んなわけあるか。つーかそんなことで祝うんだったら俺より彼女さんに使ってやれよ」

「…………そういうところなんだよなぁ」



 何がだよ、と晴人が訝しげな視線を向けるも、渡はただ肩を竦ませるだけでこれ以上話す気はないらしい。


 追及は諦めて目の前にある残りのショートケーキを食べ進めようとしたが、今までキッチンで洗い物をしていた母が水を止めて何やら慌てた様子でエプロンを脱いでいる。どうかしたのだろうか、と思いながらもケーキを一口食べると、母はキッチン近くのダイニングテーブルに置いていた自身のバッグの中身を確認しながら晴人に声を掛けてきた。



「晴人ー、お醤油切れちゃったからちょっと買い物に行ってくるわねー」

「あぁうん、いってらっしゃい」

「渡くんもゆっくりして行ってね」

「はいっす。お気を付けてー!」



 行ってきます、と片手をビシッと上げると母はそのまま買い物に出掛けてしまった。



「……因みに今日の夕飯何?」

芋煮いもに

「やっぱり、匂いですぐ判ったわ。でもまだ春だろ?」

「確かにそうだが芋煮はいつ食べても上手い。秋だとさらに格別」

「それには同意だな」



 晴人の住んでいる地域では、秋になると風物詩として地域の人々に愛される芋煮会、通称『芋煮会フェスティバル』が日本一の規模で開催される。


 東北地方に属する県によって味や素材は様々だが、晴人の家では手でちぎった蒟蒻こんにゃく、ささがきにしたゴボウ、つるりとした里芋、後入れによるシャキシャキとした食感を残した葱、脂身の多い県産牛肉を使った醤油味の芋煮を幼少期から馴れ親しんでいる。


 その後〆にカレールウとうどんを投入して芋煮カレーうどんにして食べるのも定番だろう。あまりの美味しさにそこまでいく前に鍋の中身が無くなってしまうのも鉄板だが。


 食欲が戻ってきていたという事もあり、母に無理を言って好物である芋煮を夕食に作って欲しいと頼んだのだが、どうやらもうすぐで完成のようだ。

 牛肉の甘い油脂が溶け込んだ醤油の良い匂いが晴人らの鼻孔を擽る。


 夕飯が楽しみだ、と考えながら口元を緩ませると、ふと玄関の方角から扉が開閉する音が聞こえた。



「ん、咲良さんか? 忘れ物?」

「財布とかスマホとか大体の必需品はあのバッグに入れてる筈だし……。マイバッグが入って無かったのか?」



 思いつく限りの可能性を口に出しては見るものの、衛生面のことを考えて有料レジ袋推奨派である母がたったそれだけでわざわざ家に戻らないことを晴人は知っている。となれば母にそれ以外の不測の事態があったのか。


 そのように考えている時間にも足音はリビングへと近づいている。



(……ん? なんか聞き覚えのある歩き方だな)



 しかもそれを聞いたのはごく最近、強いて言えば昨日だ。その瞬間母とも違う静かな足運びが誰のものであるか脳裏に閃くも、とき既に遅し。


 え、と晴人が戸惑いの声を洩らすと同時にリビングへ繋がる扉ががちゃりと開かれていた。



「―――こんばんは。お邪魔する、わ?」



 艶のある濡れ羽色の長髪。制服姿のすらりとした体躯から覗く乳白色の肌。そして、感情を伺わせない平淡な声と端正な顔立ちが際立つ無表情。


 高校では白雪姫と呼ばれるマドンナ的存在の同級生。―――だが実は人見知りの美少女、冬木由紀那が何故かそこに立っていたのだった。










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なんとか一週間以内には書けました……!

またまた更新遅くなってしまいすみません……。


でも芋煮美味しいですよね!

私もよく食べます♪(作者の出身県がバレそう……)


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