第8話 白雪姫の気まぐれ?




「いやマジで今年桜の開花遅くね?」



 週明けの月曜日、制服に身を包んだ晴人は高校の桜の木を眺めながら小さく呟く。


 いくら去年よりも寒い時期が続いたとしても、もう四月の中旬に突入したのだ。他の地域では満開の桜が見事綺麗に咲いている光景やそこで楽しそうに花見をしている人々がテレビで映し出されていたので衝動的にまたも早朝から登校してしまったが、結局無駄足になった。


 天気は晴れで、やはりと言うべきか空気が冷たくやや肌寒い。しかし未だ寒さは感じるものの、どうやら白い息が洩れる程ではなくなり、次第に気温も春らしい陽気へと変化しているようだった。



「……まぁこれはこれで」



 スマホを取り出すと、晴人は緑掛かった桜の蕾にうっすらと桃色が浮かんでいる様子を目にしながらそれを写真に収める。


 先程は勢いで無駄足と思ってしまったが、よくよく春を孕んできた蕾を見てみると立派な趣があることが分かる。桜は咲いても散っても美しいと言うが、こうして蕾の魅力を発見出来たのは喜ばしいことだろう。


 桜の経過を写真に収めるのを毎日の日課にしようか、と頭の隅でぼんやり考えながらも思い返していたのは休日の出来事だった。



「まさか白雪姫に出くわすなんてなぁ」



 結局、あのあと帰る際に支払いに関して払う、払わなくて良いなどの押し問答があったのだが、客としてお金を払わないわけにはいかなかったので強引に支払わせていただいた。


 冬木由紀那は店側として不快な思いをさせたとかなんだかんだ主張していたが、全部美味しく食べたのは事実だし、ここに来て良かったと十分な満足感を得られたのも事実なのだ。


 この支払いにはお金としての形だけではなく感謝の気持ちも込められているのだ、と若干こんな気恥ずかしいこと言わせるなと思いつつも必死に説明したら、しぶしぶ冬木由紀那が折れたといった感じだ。



「まぁ傘も戻ってきたし、一石二鳥か」



 『デ・ネーヴェ』の料理も自家製のイタリアンプリンも美味しかった。それだけでも思いつきの休日が良い日だったと思える出来事だったのだが、もう戻らないと覚悟していた紳士傘もまさか返ってきたのだ。


 会計も終わり店を出て帰ろうとしていたときに追い掛けて渡されたので驚くも、冬木由紀那は冷静にそのいきさつを説明した。


 どうやら彼女が住んでいる自宅と『デ・ネーヴェ』の建物は別で離れているらしいのだが、どうやらあの日傘を渡したあと、彼女の母親から"今日はもう臨時休業にするから、悪いけど仕込み手伝って"とメールで連絡がきたとのこと。高校の近くまで母親が車で迎えに来てそのまま店に直行し、急遽料理の下準備をすることになったらしい。


 因みに車まで移動する間、渡した傘の出番があったようで一安心したのは内緒だ。


 そして自宅に帰宅する際、疲れてそのまま『デ・ネーヴェ』の建物内に傘を忘れていってしまったというのが、ここに傘がある事情よと口早に彼女は語った。



「……もう話すことはないんだろうな」



 元々返さなくて良いと言っていたし、戻ってくることも期待もしていなかった傘も無事返ってきた。冬木由紀那とはもう特になんの接点も無いと言って良いだろう。


 別にそのことに名残惜しさなど全く考えてはいない。だがこれからの高校生活を軽く思い描いてみるとなんだか溜息が出たのは確かだった。








「あら、こんな場所で出逢うなんて奇遇ね」

「ん……?」



 時は過ぎ放課後。学校の裏庭の花壇の前でしゃがんでいた晴人がスマホから目を離すと、そこにはもう二度と話すことはないだろうと思っていた冬木由紀那が立っていた。鞄を両手に持っていることからきっと帰りなのだろう。


 何故ここに、と大きく瞳を瞬かせるが、それ以上に彼女から声を掛けてきた驚きの方が勝る。



「意外だな。人見知りって言っていたから、もう声を掛けられることはないと思っていたんだが」

「あの場を和ます為の冗談だったかもしれないのに、よく覚えていたわね?」

「冗談だったのか?」

「いえ、本当のことよ。ここにいるのが風宮くんだけじゃなかったら絶対に話し掛けなかったわ」

「さいですか」



 顔見知りとはいえ、最近何度か言葉を交わしたからきっとこうして話し掛けてくれたのだろう。


 白雪姫ともあろうクール美少女として有名な彼女が、こうして自分にだけ話し掛けてきてくれていると喜ぶべきか否か。


 晴人からしてみれば彼女に話し掛けられるのは決して迷惑な訳ではない。だがもしその事実を知った白雪姫に好意を持つ男子から恨みを買ってしまうことを考えると、晴人は大きく溜息をつくしかなかった。


 晴人と同じように隣にしゃがみ込む彼女を目で追っていると、そのまま口を開いた。



「風宮くんはいつもの写真撮影かしら」

「あぁ、今はこの春が旬の美しいアザレアを撮ってだな……ってちょっと待て」

「何かしら?」

「"いつもの"って、どうして俺が放課後に写真を撮ってることを知ってるんだ?」



 僅かに警戒心を引き上げながら冬木由紀那に疑問を投げかける。


 いくら秀才である彼女とてクラスメイトの名前を憶えているだけならまだしも、各個人の趣味や習慣などを全て把握しているのならばそれははっきり言って異常だ。


 人間観察に長けており分析力が優れていると言ってしまえばそれまでだが、もし彼女の本質がそれ以上にヤバいものであるのならば、これからの付き合いを考えねばなるまい。


 すっと目を細める晴人だったが、彼女の返事は予想とは違うものだった。



「だって風宮くん有名よ?」

「は? 有名?」

「高校のあらゆるところで放課後、時間があればお昼休みまでスマートフォンで写真を撮ってるじゃない? だから結構異名が付けられて、隠れて噂になってるのよ。"風景写真家"、"高校徘徊魔"、"ベストショットを求めて三千里"―――」

「もういい。もういいから。それ以上言わなくていいから」



 淡々と紡がれる言葉を遮りながらも両手で顔を覆い隠して羞恥に耐える晴人。同時に彼女に対して身勝手な偏見を持とうとしていた自分に恥じた。


 隣にしゃがむ冬木由紀那を指と指の間からちらりと覗き込むが、彼女はどこか不思議そうに首をかしげている。晴人をじっと見つめるその瞳から察するに、どうやら先程の晴人へ口にした"異名"とやらは嘘ではないらしい。


 顔が引き攣るのを自覚しつつ、今度こそ晴人は項垂れた。



「はぁ、マジか……」

「そこまで落ち込む必要はないんじゃないかしら。そう言っているのはほんの一部の生徒だけだし、現に今まで知らなかったのでしょう? 褒め言葉として受け取って、それ以上気にする必要はないと思うわ」

「"高校徘徊魔"ってもはや褒め言葉じゃないし写真要素ゼロなんだけど。むしろ犯罪臭の方が強いんだけど」

「ノーコメント、よ」



 先日はぐらかそうとした仕返しなのか、晴人はじとっとした目線を向けるも彼女は一切の表情を動かす事無くどこ吹く風と受け流していた。


 瞳の奥にからかいの色がうっすらと見え隠れしているのはおそらく気のせいではないだろう。


 内心で白旗をひらひらと振りながら晴人は溜息をつく。そして話題変更するべく口を開いた。



「……で、どうして俺に話し掛けてきたんだ」

「?」

「いやだから、周りに人がいないにしても人見知りであるアンタがわざわざ進んで俺に声を掛けた理由だよ。有無がどうであれ、一般的に人間は何か目的がなきゃ普通は声掛けないだろ」



 綺麗な黒髪を揺らしながらこてんと首を曲げる冬木由紀那に、思わず呆れたような声を上げてしまう。


 例え最近知り合ったばかりで言葉を何度か交わした相手だとしても、理由も無く声を掛けるのは流石にフレンドリーに過ぎる。自らを陰キャだと思っている晴人はそう考えているし、そもそも理由があったとしても直接相手に声を掛けるのは陰キャにとってハードルが高いのだ。


 きっと自分のことを人見知りと評価する白雪姫も同じような考えを以ってして行動してるだろうと踏んでいたのだが、もしそうであればそもそも晴人に声を掛けることは無かっただろう。


 とすれば、彼女は何故晴人に声を掛けたのかという疑問に立ち返る。



「……そうね、そういえばどうして風宮くんに話し掛けたのかしら」

「白雪姫様にでも分からないことが俺に分かるとでも?」

「ただ……」



 彼女は俯いていた表情を上げると、隣の晴人の方へとそっと見遣る。冷たいと揶揄される長い睫毛と切れ長の瞳にはどこか柔らかい光が宿っているように見えた。



「貴方を見かけたら、つい話し掛けたくなったのよ」

「なんだそれ」

「……じゃあ失礼するわね。風宮くん、また明日」

「あ、ちょっ……!」



 冬木由紀那はすくっと立ち上がると足早に去って行ってしまった。どこか頰や耳元が赤かったような気もするが、それはきっとこの淡い茜色が差す夕日のせいだろう。



「……一体なんだったんだ?」



 突然話し掛けてきたと思ったら急に帰ったりと行動が忙しない。上手く感情が伺えないとはいえ、瞳だけではやはり白雪姫の考えていることは良く分からなかった。


 彼女が立ち去った方角を見遣りながら首を傾げる晴人だった。













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すみません、正直に申し上げますと昨日更新するのを忘れてました!(汗


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