第343話 光はなくとも支えてくれる
過去の情景から帰り、私は執務机の椅子に座るケント様を瞳に納めます。
ケント様は肺の奥底からため息を漏らし、近くに置いてあるコーヒーカップを手に取ろうとしているようです。
「はぁ~、なぜこのようなことに……はて、どこだったかな……?」
ケント様の右手がコーヒーカップを探して
私は回顧録を閉じて、ケント様に寄り添い、彼の手を握りコーヒーカップへ誘導しました。
「ここですよ、ケント様」
「ああ、ありがとう。はぁ、視力が落ちて生活もままならないな。これは眼鏡ではどうにでもできないことだし」
そう言ってケント様はコーヒーを少しだけ飲んで、もう一つの手で目頭を押さえました。
今のケント様には世界のほとんどが見えていません。
それは、あの滅びの風の影響のせいです。
滅びの風はナノマシンを持つ存在の命を奪っていった。
ケント様に宿るナノマシンは銀眼に集まっていたため、風の影響が瞳に大きく出ました。
その結果、命は助かりましたが、大幅に視力を失うことになってしまったのです。
でも――――何も嘆くことはありません!
私たちの仲間には世界で一番のお医者様と、世界で最高の錬金術師さんがいます。
「ケント様、
「私の瞳のクローンか……このスカルペルで唯一残るナノマシンだな」
「そうですね。そのナノマシンもケント様の瞳を最後に、フィナさんが複製できないようにしましたからね」
「あれは今の私たちには早すぎる力だ。いずれは到達するだろうが、その道を一足飛びに越えるのではなく、一歩一歩着実に未来へ向かっていこう」
古代人の力。
あの遺跡はフィナさんの下、実践派と理論派の錬金術士さんたちが管理することになりました。
私たちの心と知識が、遺跡の力に見合うその時まで。
私は
するとそこへ、バタバタとした足音。
足音はノックを忘れて執務室へと入ってきます。
「ちょっと、二人とも。のんびりしすぎ! もう、みんな城の一階に集まってるよ!」
足音の正体はフィナさん。
フィナさんは紫が溶け込む蒼の宝石のような瞳でケント様を睨みつけました。
ケント様はフィナさんの声に苦笑いを返して、机に立てかけてあった錫杖を手に取ります。
それは視力がほとんどないケント様のための杖。
同時に、クライル王として威厳を表すための宝石の冠をつけた錫杖。
ケント様は杖を手にしても覚束ない足取りを見せます。
その様子を見たフィナさんが心配そうに、こう尋ねました。
「やっぱり、そんなに急ぐ必要なかったんじゃない? 私とカインが創っている目ができてからにすればよかったのに。エクアもその方がいいでしょ?」
「そうですね。でも、なかなか皆さんが集まる機会はありませんので」
と、答えを返すと、ケント様も同意の声を上げてきました。
「エクアの言うとおりだ。皆、何かと忙しく、以前のように気軽に集まることができなくなった。寂しいがな」
「はい……」
「次に集まれる機会は一か月後。そして次は二か月後。その時には私は王になり、いよいよをもって自由が利かない」
こう、ケント様が嘆くように言葉を漏らすと、フィナさんがわざとらしくやっかむ声を上げます。
ですが、すぐに返し刃で切られてしまいました。
「ふふふ、王様だもんね。大変そう~」
「何を言う。君もこれから大変だぞ。だろ? トーワの領主様」
「うぐっ、そうだった。明日から私がトーワの領主だった……」
そうなんですっ!
明日からはフィナさんがこのトーワの領主様になるんです!
フィナさんは二か月後にクライル王となるケント様の代わりに、トーワの領主となります。
領主となったフィナさんは実践派・理論派の錬金術士さんと共同で遺跡の管理に当たります。
いずれは封印される遺跡ですが、それまでに調査の限りを尽くし、安全に未来へ託すためにです。
フィナさんは遺跡から得られる遥か先の知識の取捨選択を行うという、大変重大な任を負うことになります。
これに加えて、領主として領地を統治するお仕事も待っています。
だからフィナさんは今、とても嫌そうな表情でケント様を睨みつけています。
「はぁ~~~~~~~、いやだぁあ~~~~」
「そんなに嫌がるな。今のトーワは半島でも、いやビュール大陸内でも随一の豊かさを誇るんだぞ。その領主だ。誇りに思うがいい」
「何が誇りに思うがいいよっ。ううっ、旅の錬金術士が、旅の翼を奪われるなんて……」
「そう嘆くな。君には私の領主時代とは違い、優秀な秘書がいるだろう?」
「その、優秀な秘書のあんたの執事だったオーキスさんはっ、温和な口調ですっごい厳しいんだけど!」
「ふふふ、領主様だもんね。大変そう~」
「私の口真似をするなっ!」
私は楽し気な二人の掛け合いを見て、くすくすと笑い声を立てます。
その声に気づいた二人は襟を正して、フィナさんが話しかけてきました。
「ほら、エクア。今日の式典はエクアが主役なんだから。早く一階の広間に行かなきゃ」
「はい。なんだか緊張しちゃいます」
「ふふ、そうだろうね。でも、大丈夫。みんながいるから」
「はいっ」
私が元気よく返事をすると、ケント様が席を立ち、杖と勘を頼りに執務室の扉を開けてくれます。
「さぁ、主役であるエクアお嬢様、お先にどうぞ」
「もう、やめてくださいよ」
私は少しだけ頬を赤らめて、恭しく頭を下げるケント様の横を通り抜けていきます。
ここで私のお話は終わり、話のバトンは海を挟んだ遠い遠い大陸へと渡っていきます。
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