最終章 それぞれの明日へ
第342話 頂へ立つ者
――トーワ城
私、エクア=ノバルティはトーワの執務室で回顧録を纏めています。
時は、光の柱が現れ、消えて、冬を越えて春を迎え、さらにもう一度の春が訪れた頃です。
あの時から一年以上の時が過ぎ去り、トーワはとても華やいでいます。
遺跡の浄化機構を使い、トーワの荒れた大地は緑に生まれ変わり、美しい花々に集まる蝶のように人々も集まってきました。
マッキンドーの森からトーワの緑の大地を横切り、海に届く川。
大地のあちこちに泉があり、あの乾ききった大地は影すらありません。
そんな自然豊かなトーワには、私たちやカリスさんたちだけではなく、半島中、アグリス。さらにはアグリスを越えた大陸側の種族の方々が集まり、急激な発展を遂げています。
カイン先生が院長を務める大病院。
キサちゃんが起ち上げた商工会の下で多くの店が建ち並び、旅の錬金術士さんや理論派と呼ばれる錬金術士さん、そして魔術士さんや剣士さんに冒険家さんが集まって生まれた学校。
学校は身分差や貧富の差など関係なく、多くの子どもや大人たちが通うことができます。
貧しい人たちにはトーワから無利子で奨学金が貸し与えられ、将来、責任ある者として独立したときに返済してもらう方法を取っています。
その学校では基本的な知識の他に、剣術や武術。錬金術に魔術。そして、芸術などを学ぶことができます。
私は執務補助の合間に、トーワの学校へ赴任してくれた芸術の先生の下で芸術を学び、カイン先生からは医術を学んでいます。
最近はちょっと欲張りして棒術も学び始めました。
これらの大きな建物の他に、北の大地には多くの家々が建ち並び、大勢の人々が行き交っています。
それは、トーワの城内も例外ではありません。
かつては防壁内に畑などがありましたが、今はそれらはなく兵士さんたちが見回り、城内には多くの騎士やメイドさんが行き交っています。
その人々の行き交う様は、命のうねりそのもの。
そう、トーワは寂しげな海の音色を纏う城から、多くの命を抱く城へと生まれ変わったのです。
あの日からここに至るまで多くのことがありました。
とりわけ大きな出来事は、クライエン大陸におけるヴァンナスへの叛旗の狼煙でしょうか。
ヴァンナスに支配されていた領主たちが一斉蜂起し、ヴァンナスに反目したのです。
これにより、ヴァンナス国は地図から消えてなくなるやも、という噂が飛び交いましたが、ヴァンナスの大貴族ジクマ=ワー=ファリン様の手腕で叛旗を翻した領主たちを抑え込み、今もなお、クライエン大陸において最大の国家として君臨しています。
ですが、影響力の低下は免れません。
ヴァンナスはこのビュール大陸に対して影響力を行使できなくなってしまいました。
それを機会と捉え、アルリナとアグリスはヴァンナスからの独立を宣言。
さらには――アグリスは宗教都市の名前を捨て、王国として名乗りを上げました。
そして、その
「ケント=ハドリー国王陛下、っと……」
私はペンを軽やかに走らせ、最後にトンとペン先で紙を叩きました。
すると、執務机の椅子に座っていた方が不満そうな声を上げます。
「陛下はやめてくれ! 王になるのはまだ二か月先だっ」
私はくすりと笑い、執務机の椅子に座る私の大切な方を淡い緑の瞳に映します。
そこに座るのは、以前のようなブラウス姿のケント様ではありません。
白い法衣の上に黒の外套を羽織るという、まるで法の番人のような姿です。
これはアグリスが経典ではなく、法の下に繁栄し治まるということを示す姿。
法の象徴たる番人様は不満そうに私へ眉を顰めてこちらを見ています。
そのちょっと子どもみたいな姿に私は再びくすりと笑い、あの時の情景を思い起こします。
あの日、ケント様は無事でした……あの滅びの風から生還することができたのです。
光の柱が生まれ、ケント様がナノマシンを散布した瞬間、ケント様は床に崩れ落ちてしまいました。
すぐに私たちは駆け寄り、フィナさんが片膝をつきながらケント様を抱きかかえ、私が手を握ります。
無言のケント様。ですが、呼吸はあり、心臓は鼓動を打ち、身体には熱があったのです。
カイン先生は気を失っているだけだと言いました。
しかし、ケント様は目覚めたあと、自分は死を迎え、テラに行き、アステ様やギウさんたちの助けを借りて生き返ったと仰っていました。
ケント様が見たものが夢だったのか現実だったのか証明する
でも、証明なんか必要ないんです。皆さんにはわかっています。
ケント様を大事に思う人々が奇跡を起こしてくれたんだと……。
命の息吹を込められたケント様は、しばらくトーワで戦後処理などの忙しい毎日を送ります。
その忙しさに拍車を掛けるように、ヴァンナスの影響力の低下。そこから繋がる、アルリナとアグリスの独立。
そして――フィコン様直々の半島を束ねる王への就任要請。
実は、結構面倒くさがりのケント様は断りました。
だけど、逃げ場などありません。
私はこの執務室で行われたフィコン様とケント様の会話を思い出します。
フィコン様は黄金の歯車模様が施された白いドレスを纏い、美しい黒髪を振るって、黄金の瞳に苦り切った顔を見せるケント様の姿を映します。
「すでにノイファンとマスティフとマフィンの了解は得ておる。と、いうことで、ケント、貴様が半島の全種族を束ねる王だ。ま、クライル半島の王だからクライル王とでも名乗るがよい」
「いやいやいや、待ってくれ! なぜそうなる!? 貴女が纏めればよいではないかっ!?」
「何を言う。ルヒネを恨む者が多い中で、フィコンが舵取りなどしては誰も納得できぬだろう。だが、貴様は違う」
「私が? 何が違うんですか?」
「貴様は半島の者たちと懇意にし、アグリスとの戦争では暗に共謀し、さらには価値ある存在と力を示した。しかも示した相手は半島だけではない。ビュール大陸側に住まう多くの種族にもだ。さらに盗賊の一件で、カルポンティとも覚えが良い」
「うっ」
「それに聞いておるぞ。ネオ相手に啖呵を切ったそうでないか。己の理想とネオの理想が火花散らし鍔迫り合いを行ったとエクアから聞いたぞ」
「エクア……」
ケント様がジトリとこちらを見つめましたが、私は瞳をそっと逸らします。
それにフィコン様は笑みを浮かべて、こう話しを続けます。
「貴様は王へ挑戦状を叩きつけたのだ。これは
「それは――あの時のは、その場の勢いというか……」
「勢いであっても、お前には理想があり、それを叶えたいという自分がいる。それを受け入れよ。それにな、この混乱の中、貴様ほど
「ですが、アグリスの市民は納得しないでしょう」
「それはフィコンに任せておけ。こう見えてフィコンもフィコンに仕えるエムトも市民には人気があってな。だからどうとでもできる」
「クッ、なんてことだっ」
「そういうことで、諦めて王になれ。でなければ混乱に飲まれ、多く者たちが嘆きに沈むぞ。フフフ」
という感じで、騙されたというか、半ば強制というか、無理やり王の椅子に座らされることになりました。
これについて、親父さんが愉快そうにこう口にしていました。
「へへへ、嫌々ながら無理やり王にされ、それでいて民衆に支持される王とは旦那らしいですな」
こうして、トーワ領主ケント=ハドリーは、クライル半島を束ねるクライル王として新たな道を歩むことになりました。
そして……束ねるのは半島だけではありません。
アグリスが大陸側に置いていた領地。さらに、クライル王の下に訪れたいという種族の皆さんも。
そのため、ケント様は一夜の内に、ビュール大陸を束ねる王と言っても過言ではない王様になってしまったのです!
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