第338話 皆が安らぐ場所
――――???
身体に浮遊感を覚える。
周囲は真っ暗で何も見えない。
ここはどこだろうか?
そもそも私は一体、何者であったのであろうか?
それを心へ問い掛けると、心はこう返す。
――ケント=ハドリー
そうだ、これが私の名前。
父から貰った名前だ。
私は闇に
「私は、ケント=ハドリー」
すると、闇が一気に光に飲み込まれて、私の視界を白に染めた。
「クッ!」
片手で目を閉ざし、ゆっくりと指の隙間を開けていく。
光が目に馴染んだところで、私は自分という存在を確認する。
両手があり、両足がある。
瞳を上に向けて、髪色を確認する――銀髪。
そう、私は銀の髪を持ち……
私は私を取り戻し、銀眼を使い周囲を見渡した。
銀の瞳に映るのは、見覚えのある牧歌的な村。
「ここは……テラか」
「当たりよ、ケント」
背後から女性の声。
私は微笑みを浮かべながら後ろを振り返った。
「久しぶりだな、セア」
「ええ、そうね」
私の前には、二十代には見えないとても可愛らしい黒髪の女性が立っていた。
私は彼女に尋ねる。
「一体、何がどうなったんだ? 百合さんのナノマシンを散布したと同時に意識が消えて、気がつけばここに」
「この世界はナノマシンを通じ、情報を収集している世界。あなたという情報が銀眼を通して、ここへやってきたのよ」
「そういうことか……そういえば、ふふ」
「どうしたの?」
「いや、少し下らぬことを思い出したんだ。無機物もまた情報を未来へ残そうとしている。そう、フィナに話したときのことをね。もしかしたらそれは、ナノマシンのことを指していたのかも、と思ってな」
「そうかもね。ナノマシンに意志があるかどうかはわからないけど、情報を収集し、蓄え、残そうとする特性があるから」
「ま、そいつに意思があろうとなかろうと、こうして再び君と会えてよかった」
「うん、私もよ」
「だが、ここに私が来たということは、私は――」
「お兄ちゃん!」
言葉の途中でとても聞き慣れた声が飛び込んできた。
私はすぐに顔を声へ向ける。
「ア、アイリ!? それにレイにみんなもっ!」
そこにはヴァンナスの七人の勇者であるアイリやレイたちがいた。
アイリは私へ向かってふわふわの銀髪を振り乱しつつ突進し、頭突きをかましてくる。
頭突きがボディに突き刺さる寸でのところで、私は彼女の頭を捕まえた。
「お兄ちゃ~ん!」
「っと! 危ないだろうが、アイリ!」
「いた、いたたた。お兄ちゃん、頭を締め付けないで、いろいろ漏れちゃうから」
「まったく、怪我をしたらどうする?」
私は彼女の頭に食い込ませていた指を離し、代わりに優しく頭を撫でる。
するとアイリは、くすぐったそうに声を漏らした。
「へへへ~、頭を撫でてもらった~」
「年上のくせに甘えん坊だな」
「それは言わないでっ」
ぴしゃりと返ってくる言葉。
それにレイが笑い声を差し入れる。
「あははは、二人が揃うと楽し気でいいよ。荒れ地ではまともに会話をする余裕もなかったしね」
「荒れ地……君たちがここに居るということは、やはり……」
「うん、百合さんのナノマシンでね……でも、私たちの体内にあったナノマシンのおかげで、ここに来ることができた。こうやって、再び兄さんに会えることができた」
「ああ、そうだな。怪我の功名、という表現は少しおかしいが、おかげでゆっくり君たちと過ごせる」
「そりゃ、君たちはゆっくりできるだろうけどね!」
聞き覚えはあるが、あまり聞きたくない声が談笑を邪魔してきた。
声の主を瞳で追う。
「ネオ陛下?」
止まった瞳に映ったのは、ヴァンナス国王・ネオ=ベノー=マルレミ。
どういうわけか、彼は薄汚れた衣服を纏い、足元や衣服の端に汚物らしきものをつけていた。
彼の後ろには一人のシエラが立ち、同じく汚れた姿をしている。
「陛下がどうしてここへ? それにその格好は? シエラも」
「シエラも私もナノマシンを宿していたからだよ」
「え!?」
「私が老人でも若者みたいな肉体を持ってたのはそれのおかげだ。知らなかったのか?」
「ええ、全然。錬金術による成果だと聞いていましたが」
「ああ、そういや、私のことは機密事項だったな。私はヴァンナス王家に潜り込んだ地球人の末裔の一族だ。血が薄くなったため滅びのナノマシンの魔の手から
「ここにきて、驚きの事実ですよ! で、その汚らしい格好には何か意味が?」
この問いに陛下は苦虫を嚙み潰したような顔を見せて押し黙るが、代わりにセアが答えてくれた。
「彼は地球人の末裔でありながら、私たちを裏切った。だからその代償を払ってもらっているの」
「代償?」
「ここでは彼に家畜小屋の掃除を担当させることにしたのよ」
「ああ、それで汚物塗れに」
私は鼻をつまみながら陛下へ顔を向ける。
すると彼は頭から湯気を出す。
「わざとらしく鼻をつまむなよ! 嫌味かっ」
「詳しい事情はわかりませんが、同胞を裏切ったのでしょう。そうであるのにこの程度の罰と嫌味で済まされるなら
「何が御の字だっ。この世界には時間が存在しないんだぞっ。永遠に家畜小屋の掃除! 永遠にな! まったく、情報世界なんだからどうにでも変容できるだろうに!」
陛下はこれでもかと毒を吐く。
それをセアはくすりと笑って、彼にこう伝える。
「あなたがちゃんと反省してくれた暁には、その作業から解放させてあげるわ」
この言葉にシエラが手を上げる。
「はいは~い、私は何にもしてないのに酷い目に遭うの納得いかな~い」
「ふむ、たしかにそうね。よろしい、悪いことせずに大人しくしているなら自由にしていいわ」
「やったねっ。ごめんね~、陛下~。お先~」
「ずるいぞっ! なぁ、セア!」
「な~に?」
「私、もう、すっごい反省してますから! ちょーマジで! だから、今すぐ開放して!」
「……誰か、彼を牛小屋に連れて行って。そこでげっぷの採集でもさせてちょうだい」
「はっ、なんだと? 反省してるって言ったのにっ。ってか、げっぷの採集ってなんだよ? 絶対しなくてもいい作業だろ。おいっ。えっ!?」
愚痴を漏らす陛下の両脇を屈強な男が持ち上げる。
「ちょっと待て。私をどこへ連れて行く気だ? やめろ、離せ! やめろぉぉぉぉぉ!」
陛下は男たちに引き摺られ姿を消した……。
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