第337話 永滅の眠りへ誘う救いの風

――遺跡・外・北の荒れ地



 地下にある遺跡から光の柱が大地を貫き現れた。

 その姿に、種族も魔族も戦いの手を止める。

 彼らは一様にして光の柱を瞳に宿した。


 剣を降ろしたレイが、同じく大鎌を降ろしたアイリへ話しかける。

「兄さんは、決断したようだね」

「うん……寂しいけど、これで良かったんだよね?」

「ああ、良かったんだ。元々、私たちはスカルペルに存在していなかった。勝手にお邪魔して、大変な迷惑をかけてしまった」


「勝手にお邪魔したのは未来の地球人だけどね。そのツケを払うのが地球人のクローンの私たちなんて……オリジナルたちがしっかりしなさいよっ」

「ふふ、ホントだね。この世界と別れるのは名残惜しいけど、スカルペルをスカルペル人へ返そう」


 レイはアイリの手を握る。

 アイリもまたレイの手を握る。


 光の柱が何度か明滅をみせると、一気に光の風が世界へ広がった。

 とてもはやき風でありながら、受け取った心と体を優しく撫でるような風。


 風を受けたスカルペル人は風の心地良さに身を預ける。

 しかし彼らと違い、ナノマシンを宿す者たちは瞳から光を消して、ばたりばたりと倒れていった。

 魔族も、レイも、アイリも、アルリナのために立ち上がったギウたちも。


 地球人の力を宿す者たちの全てが地に倒れ、そして、塵のように消えていく。


 血と肉と恐怖と怒号が入り混じっていた北の荒れ地。

 だが今は、数十万の人々がつどいながらも、ただ静けさが漂うのみ。


 彼らは、乾いた寒風が塵を舞わせ、土埃となり、何もかもが消えた寂しげな大地を見つめていた。




――死という名の救いを乗せた風はどこまでも広がっていく。

 山を越え、海を渡り、大陸へ覆い、世界の隅々まで広がる。


 このスカルペルに住まう、ナノマシンを持つ存在を消し去るために……。


 

 そしてそれは、ヴァンナス国の中心・王都オバディアも例外ではなかった――。




――王都オバディア・王城・執務室



 光の風を受けたシエラたちは塵に消え、古代人の技術を借り、ナノマシンという鎖で繋ぎ産み出した城も悲鳴を上げていた。

 城の壁や床に亀裂が走り、崩れ落ちようとしている。


 瓦礫と粉塵の中でネオ=ベノー=マルレミは、ゆっくりと訪れる死を紫の瞳に映していた。

 彼は自分の皺だらけの手を見て呟く。


「若さが……消えていく。強化のナノマシンの効果が消えたか。私は百三十歳。ナノマシンの効果が切れればあっという間に老人となり、死に至るな、ごほごほっ」


 老人は弱々しく咳き込む。

 それをジクマ=ワー=ファリンが支えた。


「陛下!」

「ふふ、百合が全てを零に戻すと言っていたな。この世界から古代人の力の源が消える。私も同じくな」

「陛下、そのような弱音をっ」

「ジクマ、こればかりはどうしようもないぞ。グッ、体の内部から腐れ落ちるような感覚だ。どうやら私は半端なナノマシン保有者のため、百合やシエラのように楽には逝けなさそうだ」



 百合はケントたちを逃がしたのち、ネオたちを相手に死闘を繰り広げていたが、百合の力にギウの肉体が耐えられなくなり、途中で崩壊して塵のように消えてしまっていた。


 ネオは壁に寄り掛かり、激しい咳と共に血反吐をまき散らす。

「ゴホゴホ、がはぁっ」

「陛下!」

「で、でかい声を出すなよ、びっくりするだろ。あ~、こりゃ、駄目だな。ようやくここまで登りつめたというのに、全部おじゃんか。ごほっ」


 

 ネオは口元の血を拭い、ジクマに指示を与える。


「城内にいる全ての人間を退避させろ」

「すでに行っています」

「ふふ、さすがだ。ごほ、はぁ……栄枯盛衰、全ては夢現ゆめうつつと消える」

 彼は崩れ落ちていく城を見つめながら、自身を語る。


「私の先祖である新波になみはマルレミ王家の懐に飛び込み、地位を築いた。他の地球人を裏切ってね」

「陛下?」


「新波は野心家でね。このヴァンナスを乗っ取るつもりでいた。子孫もその思想を引き継いだ。そのため、新波の一族は積極的に王家と交わる。そのおかげか、ナノマシンの効力が弱まり、私のような存在が生まれた」

「ですが、貴方はっ」

「ああ、私はスカルペル人だ。地球人も新波もどうでもいい。私は新波の一族を利用して、ここまで登りつめた。そして、スカルペルのために、ヴァンナスのために生きることを選んだ。そうだっていうのにな、全部台無しだ……」



 彼は体を壁に預けて、そのままずるずると地面へ倒れていく。

 そして、自分のことを気遣ってくれる友を見つめて、言葉を渡す。



「すまないね、ジクマ。とんでもないバトンをお前に渡すことになった。これから先、ヴァンナスは苦境に立たされるだろう。属領は次々と反乱、独立し、恨みを持つ者がこぞってヴァンナスへ襲い掛かる」

「心配ございません。このジクマがいる限り、ヴァンナスに斜陽などあり得ません!!」

「ふふ、言い切るか。本当に凄い男だね。ジクマ=ワー=ファリンという男は…………ジクマ、よ」

「陛下っ?」


 ネオは乾ききった唇を微かに動かし、皺に塗れた手を伸ばして、光が映らぬ瞳をどこともない場所に向けている。

 ジクマは王の手を取り、呼びかける。


「ここにございますっ、ネオ陛下!」

「ああ、そうか、いてくれるんだね。だけど、お前は先に進まないと。跡継ぎたちは盆暗揃いだが、お前が支えてくれる限り何とかなるだろう。だから、王としてお前に命じる」


「はい、何なりとお命じ下さい」

「長生きしろ。お前が健在である限り、ヴァンナスは安泰だ。そして、次代を継ぐ者を育てろ。世継ぎが役立たずなら、お前の好きにしていいからさ」

「そのようなことを……」

「ゴホゴホッ、ああ~、もう、きついな。さすがにきつい。ジクマ。ま、なんだ。あとは任せた。私は長生きしすぎた。だから……もう……目を、閉じるよ……」



 目を閉じたネオの肉体が一気に干からび、ぼろ屑のように崩れ落ちる。

 髪は散り零れ、金の糸のように美しかった髪色はくすんだ白へと変化を遂げる。

 ジクマはそのネオの髪を数本手に取る。

「陛下……あとはお任せください!」


 彼はまばたき程度の祈りを捧げ、誓いを胸に、ヴァンナスの象徴たる城から去るため、足を明日へと向けた。



 風はヴァンナスを通り抜けて、さらに世界へと広がっていく。

 こうして、光の風は世界を数巡し、スカルペルの恐怖を消し去り、世界をスカルペル人へと返したのであった。

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