第335話 ふざけんなっ!!

 フィナが言葉に出した『ナノマシンを持つ存在を消し去るもの』……。

 私は問い返す。


「どういうことだ? 百合さんが考え出したこの設計図と数式は全てを救うものではないと?」


 この問いにフィナはちらりとモニターを見て、下唇を少し噛んでから答えを返した。


「たぶん、百合はバルドゥルのナノマシンの効果を打ち破れなかったんだ。変異した仲間たちを元に戻す方法を見つけることができなかった。だから、より強力な滅びのナノマシンで……葬ることにした」



 彼女の言葉に、エクアたちが思い思いの声を漏らす。

「そんなっ、助けられないから殺すなんて……」

「い、いくら何でも無茶苦茶ですよ。僕はそんなこと認められないっ」


「だけどよ、カイン先生。仲間が化け物のままずっと生きなきゃならないんだぜ。俺は、百合の選択もわからないでもねぇよ」


「うむ、もし、ワシの仲間たちが化け物の姿になってしまい、どうしようもないとするならば、ワシもその選択を選ぶかもしれん」

「安らか……か、どうかわかんにぇ~けど、仲間があんなになっちまったらおくってやるのも仕方にぇ~かもニャ」



 皆は百合の行ったことに衝撃を受けながらも、エクアとカインを除き、ある一定の理解を示した。

 そしてその二人もまた、親父たちの言葉を受け止めて、百合の苦渋の選択を心に感じ取ったようだ。

 二人は積極的に肯定はできないようだが、沈黙を纏うことで百合の選択を受け入れたように見える。


 だが、フィナが残酷な現実を私たちに突きつける。



「みんな、それだけじゃないの……百合のナノマシンは魔族、彼女の同胞の命を奪うだけじゃないっ。ナノマシンを持つ存在全ての命を奪う! レイやアイリっ! そして、ケントの命も!!」



 予想だにしなかった現実に、皆は声を詰まらせた。

 その中で私は……ギウが遺跡で話した不可解な言動や百合さんのくれた言葉。レイやアイリがくれた言葉を思い出していた。


――――

 ギウは私とお茶をしながら、こう訴えていた。

「旅立つ」・「決断できるはず」・「覚悟を決めろ」・「もう私は役割を終えた」と……。



――――

 ギウの姿が百合と変わりゆく中で、彼女はこう言葉を漏らした。

「元々はバルドゥルのジジイ相手にとっておいた力だったけどよ、まっ、こんな形で消費するのも悪かねぇ。やっぱり、未来を決めるとしたら、今を生きる連中と当事者が決めるべきだろうしな」



 私に長筒のような水晶を投げ渡し、さらに言葉を繋げる。


「それを遺跡の中央制御室で使えば、魔族になっちまった仲間たちを救える。スカルペルそのものを救える」


「これで? では、あなたは完成させたのですねっ。バルドゥルの呪いのようなナノマシンから皆を救うすべを!?」

「そいつは、ちょいと違うな」

「違う?」


「ま、本来なら俺がやるべきだろうが、ギウこの子は俺の心の中に眠る遺跡への忌避感を受け継いで近づけないし、俺は俺で、この子の肉体に意識が宿る時間が短く不安定だからそれは行えない。だから、てめぇに任せるしかねぇ」


「私に?」


「そうだ、てめぇだ、ケント……バルドゥルが遺跡をいじったおかげで忌避感を薄められたあの時、俺がやっても良かったけどよ。だけど、いまさら亡霊の出る幕でもねぇ。ここまで至ったのはてめぇらだ。それに……」

 

 百合さんは突然言葉を止めて眉を折る。

 だけど、すぐにそれを消して軽く微笑み、言葉を続けた。


「ふふ、だからここは、スカルペルと地球の間に位置するてめぇに決めてもらう方がいいだろうな」

「私が? 決める? 何を?」



「未来さ!」 


――――


 レイとアイリは遺跡の入口前で私に言葉を贈る。


 レイは朗らかながらも寂しげな笑みを浮かべ言葉を生む。

「兄さん、私たちの覚悟は決まっている。もう、みんなで決めたことなんだ」


 アイリは僅かに瞳を潤ませて、無理やりな笑顔を見せる。

「せっかく、仲良くなれそうな人たちと会えたのに残念だよ。でも、これでいいんだと思う。楽しいままでいられたし」



 二人は言葉を前へと進めていく。


「今の兄さんなら、迷うことはない。仲間を得て、自分を見つけることのできた兄さんなら」

「うん、そうだね。へなちょこなお兄ちゃんだったけど、今は……とっても頼りになるお兄ちゃんだよ!」



 レイとアイリは私に背を向けて、武器を構える。

 そして――



「行け、弟! ここは兄が守る!」

「行って、末っ子! ここはお姉ちゃんが守る!」



――だから、ためらわないで!――


 

――――


 私は彼女たちの言葉を思い出して、言葉を小さく漏らす。

「レイやアイリは知っていたのか。いや、二人だけじゃない。おそらく他の勇者みんなも……だから二人は、悲惨な結末を前にしながらも笑顔で私を送り出し、未来の選択を託したんだ。ギウも別れを知っていた。だから、私に覚悟を求めしっかりしろと……そして、百合さんは」


 

 ギウが遺跡に訪れた時点で、彼女には仲間たちを救うチャンスがあった。

 だけどそれを行えば、私やレイたちの命を奪うことになる。

 だから彼女は、私たちに選ぶ権利を渡したんだ。

 亡霊ではなく、今を生きる私たちこそが未来を選択するべきだと……いや、それは少し違うか。


「もう、選択肢などなかった。選択は失われている。百合さんは、私に未来を担う責任を背負わせたんだ。レイもアイリたちも、私に決断することを望んだ」


 私がぼそりと零した言葉に、エクアが声をぶつけてくる。


「どうして、ケント様が!? こんな、もう、どうしようもない状況で……皆さんは酷い決断を迫るんですかっ?」

「それはわからない。これはおそらくになるが、託した理由は私がスカルペルと地球人の中間にいる者だからかもしれない」


「え?」


「私は両者の特性を持つ人工生命体ホムンクルス。地球の心とスカルペルの心を知り、双方に寄り添うことができる存在。だからこそ、公平な決断ができる。いや、決断をしろと……」


「その決断って何っ!?」



 フィナが荒々しい言葉を飛ばす。

 私は微笑み、答えを返す。



「状況は切迫。外では多くの者たちが血を流し戦い続けているが、このままでは彼らは敗れる。そのあとは魔族たちが半島を食い尽くし、やがては大陸中の種族を食い尽くす。決断の内容は、わかりきっている」

「馬鹿を言わないでっ。その決断は、アイリやレイたちの命を奪うのよ! ギウの分身であるギウたちの命も! そして、あんた自身の命も!!」



 フィナは瞳を潤ませて訴えてくる……もし、私が仲間たちと出会わずにこの選択肢を前にしていれば、ためらいが生じ、私は石のように固まって動けなかっただろう。


 だが、大切な人たちができた。

 守りたい領地だってある。そこに暮らしている領民もいる。


 

 私の両手には多くが宿った。

 そして、彼らのおかげで私の心は大きく成長した。

 だから……。


「レイたちは私を信じたのだろう。だから、何も話さなかった。話さなかったのは、私に悩む時間を与えたくなかったんだ。答えの行きつく先は決まっている。そうだというのに、悩む時間を与えれば、私を苦しませることになる」


 そう、彼らは私が正しい決断すると信じている。

 だから話す必要はなかった。

 不意に私の喉元に過酷という名の刃を突きつけられても、私は迷わず決断を下す。

 その刃をギリギリまで伝えなかったのは、彼らなりの優しさ。

 悩む時間を与え、無用に仲間たちとの時間を奪わないように……。



 私は泣き崩れようとしているフィナヘ顔を向ける。

「フィナ、モニターを元に戻してくれ。早くしないと、みんなの命が消えていく」

「嫌よ……」

「フィナ、これしかないんだ。そして、これこそが正しい決断なんだ」


「ふざけんなっ!!」



 フィナは大粒の涙を零して、大声で私の頬を殴りつけた。

 ほうけた顔を見せる私に向かい、彼女は激情のままに言葉をまき散らす。


「正しい決断だって!? あんたさっ、私たちをなんだと思ってんの!? これしかないから私は死ぬよ? こっちははいそうですかって受け入れられないってのっ!」

「フィナ……」


「大切な仲間が、友達がっ、死のうってしてるのに、黙っていられるわけないでしょっ! 人はね、たとえそれしかないとわかっていても、それが痛みを伴うものなら割り切れるもんじゃないっ。あんただってエクアを救うためにサレート相手に無茶したじゃない!!」


「っ……そう、だったな」


 サレートはボロボロの私たちに対して、エクアを差し出せば見逃すと言った。

 差し出さなくてもエクアは奪われる。

 ならば、差し出し私たちが救われることが正解。

 そうであっても、私たちは、私は、あらがう選択を選んだ。


 それは、私に、私たちにはっ、心があるからだ!



 フィナは何度も涙を拭い嗚咽を漏らす

「それなのに、あんたはっ…………ふざけるなよ~、ううう、ううっ」

 激しい言葉を失い涙を流し続けるフィナ。それをエクアがそっと支える。

「フィナさん……」


 そのエクアもまた、涙を流している。

 私は二人の姿を瞳に宿し、自分が如何に独りよがりで我儘なことを言っていたのかと思い知った。


「すまない、みんな。私は追い詰められるとすぐに自分の心だけを見てしまう癖があるようだ。本当に私は……」


 百合さんとレイとアイリから託され、それを受け入れ、私が納得すればいい。

 そう思っていた。

 だけどそうじゃなかったっ。

 私には、私のことを大切に思ってくれる人たちがいた!

 彼らの心をないがしろにしてっ――――去ることはできない……。

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