第334話 託す思い

 カインが入り口を指差す。

「見えました。ですがっ、魔族が!」


 数十の魔族が入口前に陣取り、数匹の魔族がフィナの結界を消し去ろうと拳で何度も叩きつけている姿が目に入る。

 結界は明滅を繰り返し、消失寸前のようだ。


「このっ」

 フィナが飛び出す。あとにレイとアイリが続く。


 フィナは鞭を振るい穂先の黄金石に雷撃を纏わせて魔族たちを薙ぎ倒す。

 レイは剣を流れるように振るい、魔族を塵も残さず切り裂く。

 アイリは結界を破壊しようとしていた魔族の首を鎌で刎ねて、とどめに雷を落とした。



 私たちが遺跡の入口を確保すると、すぐにハルステッドが入口の真上に来て静止。シールドで全体を覆った。

 だが、シールドは弱っているようで、万を超える魔族たちの爪や牙や拳の前に悲鳴を上げている。


 だから、レイとアイリが前に出る。


「皆さんには余力がないでしょう。だから、兄さん。私たちはシールドを守るために残るよ!」

「お兄ちゃんたちは遺跡へ!」


「了解だっ。二人とも頼んだぞ!」


 仲間たちは次々に遺跡の中へと入っていく。

 私もあとに続こうとしたところで、二人がこの場には似つかわしくない雰囲気を纏い、不思議な言葉を渡してきた。



 レイは朗らかながらも寂しげな笑みを浮かべ言葉を生む。

「兄さん、私たちの覚悟は決まっている。もう、みんなで決めたことなんだ」

「レイ?」


 アイリは僅かに瞳を潤ませて、無理やりな笑顔を見せる。

「せっかく、仲良くなれそうな人たちと会えたのに残念だよ。でも、これでいいんだと思う。楽しいままでいられたし」

「アイリ?」


 二人は私の問いかけに答えない。

 ただ、言葉を前へと進めていく。


「今の兄さんなら、迷うことはない。仲間を得て、自分を見つけることのできた兄さんなら」

「うん、そうだね。へなちょこなお兄ちゃんだったけど、今は……とっても頼りになるお兄ちゃんだよ!」


「二人ともどうしたんだ? 何を言っている?」



 レイとアイリは私に背を向けて、武器を構える。

 そして――



「行け、弟! ここは兄が守る!」

「行って、末っ子! ここはお姉ちゃんが守る!」



――だから、ためらわないで!――



 心に響くを残して、二人は魔族へ向かっていく。


 私は二人の不可思議な行動に躊躇ちゅうちょしながらも、すでに声の届かない場所にいる二人をちらりと見ただけに留め、仲間たちのあとを追い、遺跡の内部へと向かった。


 


――古代遺跡内部



 私は仲間を追いかけて、洞窟から遺跡の頂点へと続く光の道の前までやってきた。

 遅れてきた私へ、フィナがぷりぷりと怒る。


「もう、何やってたのよっ?」

「すまない。少し、レイとアイリと話をな」

「話なんてあとにしてよね。ほら、遺跡の中央制御室とやらに向かいましょっ」



 フィナを先頭に光の道を降りていく。

 その間、レイやアイリの奇妙な雰囲気と言葉に不安が心を包んでいたが、外から僅かに聞こえてくる爆発音によって意識が今やるべきことへ向く。


(二人が何を言おうとしていたのかはあとで尋ねればいいことだ。それよりも、ギウと百合さんから託された水晶を使わないとっ)



 懐に入れた長筒のような水晶を取り出し、それを握り締めて、遺跡の頂点を目指す。

 


――遺跡・頂点



 頂点まで来て、フィナがリフトを呼び出す。

 そこへ全員が乗り込むと、私が手に持っていた水晶が光を放ち始める。

 

「これは?」

「たぶん、水晶に行き先が入力されてんのよ」

「なるほど、黙っていても中央制御室とやらに着くというわけか。では、行こうっ」


 リフトの扉は閉じられ、すぐに開く。

 目の前に現れた風景は、とても広々とした長方形の部屋。

 床は白色で光沢があり、材質は石のような金属のようなと不明。

 天井は霞むほど高く、壁は濃い藍で金属のように見えるが素材は不明。

 

 この景色に私たちは見覚えがあった。

 カインが皆に確認するように言葉を漏らす。


「ここは、ジュベルさんが最初に映し出した、たくさんの古代人がいてバルドゥルが演説を行っていた場所ですね」

 彼の声にエクアと親父が返す。


「はい、そうだと思います。高い天井からバルドゥルが下りてきて、その時は正面の大きなガラス窓の向こうに、奇妙な光の球体がありましたが……」

「今は空っぽだな」



 私たちは何も存在しない窓ガラスの向こう側を見つめる。

 ジュベルの映像に映し出されたガラスの向こう側には、歪な光の線で結ばれた、見た目は蜘蛛の巣ような神経モデルのような姿をした大小様々な光球たちが存在していた。

 それらは彼らの秘密兵器であり、彼らの世界を消し去った兵器。


 私はガラス窓から視線を切り、フィナに声を掛ける。

「空っぽの窓を見つめていても仕方がない。外ではレイたちが死闘を繰り広げている。早く水晶を起動させて、魔族を地球人に戻さなければ! フィナ、システムの起動を」

「すぐにやる!」


 

 彼女は黒薔薇のナルフを浮かべて、花弁を二枚捕まえる。

 そして、一枚を自分の前に飛ばし、もう一枚を私の前に飛ばした。


 花弁は私の前に来ると眩い光を放ち、目の前に半透明のモニターを生み出す。

 それはフィナの前にも生まれていた。

 

「ケント、モニターに水晶を投げ込んで」

「な、投げ込むのか? 相変わらず、わけのわからない仕様だな」


 ホイッと、モニターに水晶を投げ込んだ。

 すると、画面は波紋を見せて、ナノマシンの設計図と数式を現した。

 それらはすべてスカルペルの言語。


「よし、これなら私でもわかる。設計図に従い、ナノマシンを合成し、それに数式という名の役割を与えよう。フィナは補助を頼む」

「おっけ」


 私はモニターに映る二重螺旋のナノマシンを見つめながら言葉を零す。


「設計図があるから何とかなっているが、何を造っているのかはさっぱりだな。でも、これでみんなを救えるはずだ。問題は造ったあとどうするかだ」

「それなら問題ない。百合は完成したナノマシンをスカルペル中に散布する手段を用意している。亜空間搬送波はんそうはに乗せて数秒足らずでスカルペル中を覆うことになる」


「いまいちピンとこないが、問題なく世界中に散布できるということだな。つまり、世界中に存在する魔族が地球人へ戻るわけだ」

「そうね。う~ん」



 フィナは頭を傾げている。どうしたんだろうか?


「フィナ、何か問題でも?」

「いえ、数式の方を解読してたんだけど、なんか奇妙なのよ。バルドゥルが合成したナノマシンや元々のナノマシンの効果と比較してるんだけど、このナノマシンの動きがちょっと変で」


「私の設計の仕方が間違っていたのか?」

「いや、そうじゃない。私たちの手順にまったく問題はない」

「そうか。では、君はナノマシンの効果を示す数式の方を調べていてくれ。仕上げは全部私だけでやる」

「わかった」



 この会話を最後に、私は完成まで口を閉じて、無言でモニターを操作し続ける。

 そして――


「よし、完成と。次は複製システムを起動して~、よしよし増殖しているな。数は秒で五万。散布後も、バルドゥルのナノマシンを喰らいつくすまで増え続けると」



 私はさらにモニターを操作して、最終段階へと入った。


「出来たっ! あとは~~、これが亜空間搬送波というやつだな。これに百合さんのナノマシンを紐づけして……最後にスイッチを押すだけ。フィナ、そちらでもさいしゅうかく――」


「だめよっ、このナノマシンは!」

「なっ!?」


 突然、私の目の前のモニター画面が真っ暗になる。

 

「フィナ?」

「ケント、これはみんなを救うためのナノマシンじゃない……」

「なんだと?」

「このナノマシンは、みんなを……ナノマシンを持つ全ての存在を…………消し去るものよ」

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