第324話 半島の異変

 王都でケントたちが戦いを繰り広げている頃――ビュール大陸・宗教都市アグリス



 フィコンの勅命により、半島へ続く門の前でアグリス軍二十五万が地面に埋め込まれた歯車を完全に消し去るほどひしめき合っていた。

 さらには大陸側に広がる、アグリスと敵対していたはずの種族や国家の五万の軍も混じる。


 これはありえない光景。

 敵である軍をアグリス内部に招き入れ、そのうえ共に行動しようとしている。

 これを命じたのはフィコン。

 しかし、敵対する勢力が耳を貸したのは、主にエムト=リシタの声だった。

 彼はアグリス、半島、大陸とで勇名を誇る、

 その彼が誇りをかけて、彼らに協力を呼び掛けた。



 本来ならば、ルヒネ派最高指導者のフィコンの声と獅子将軍エムト=リシタの声をってしても足りなかったであろう。

 だが、彼らの声を裏付けする出来事が大陸中ですでに起こっていた。

 それに対応するために、多くの種族と国家がアグリスと呼応し、夢の光景とも思えるアグリスとの共闘を成し遂げたのだ。



 ところが、この光景を良しとしない者がいる。

 それは二十二議会。

 その議長が、半島へ続く門に向かうフィコンへ声を飛ばす。



「フィコン様! いくら、緊急事態とはいえ敵を神聖なるアグリスに招き入れるとはっ!」

「すでに終えたことだ。いまさら、愚痴るでない」

「ですがっ」

「貴様もすでに大陸の異変を知っていよう。ここで恨みつらみを乗り越えて手を取り合わねば、我ら種族は滅亡するぞ」


「それはわかっています。ならば、アグリスで迎え撃つべき。わざわざ半島に出向くなど!」

「奴らの狙いは半島の遺跡だ! 我らを無視して遺跡へ向かう。その後は半島を蹂躙し、次にアグリス、果ては大陸を喰らい尽くす。だからこそ、遺跡に意識が向いているところを叩くのだ」

「そのような無謀、議会が!」



 議長は食い下がり、フィコンを止めようとした。

 そこに、獅子の雄叫びが響き渡る。

「黙れ、匹夫ひっぷめ! これはアグリスの象徴であり、ルヒネの塔に立つ者、フィコン様が命じたことだぞ!」

「ひっ!」


 獅子将軍が緋色の眼光を議長へぶつけ、彼に悲鳴を上げさせた。

 さらに彼は瞳に殺気を乗せて、議長の心臓を突き刺す。


「すでに、アグリスの領主オキサ=ミド=ライシ様の同意も得ておる」

「え、い、いつの間に……?」

「民もまた、フィコン様を支持しておる。ここで二十二議会が異を唱えればどうなる?」

「くっ、わかりました。ですが、戻り次第――」


「その必要はない。警備兵!」

「ここに!」

「この者を牢へぶち込め。異を唱える議員がいれば、まとめて放り込んでおけ!」

「はっ!」


 警備兵に引きずられて、議長は大声を上げる。

「馬鹿な! こんなことをすればどうなるかわかっているであろう! いくら民の支持があなた方に在ろうと、アグリスを支配しているのは我ら二十二議会! 必ずや後悔をっ」



「それはない」


 この声を上げたのはフィコン。

 彼女はこう続ける。


「すでに領主オキサ=ミド=ライシを通して全ての軍権は押さえた。お飾りとはいえ、様々な権限は一度彼を通すからな」

「な、どうやって?」

「今は戦時だ。どさくさに紛れて、力を用い強権を振るったまでよ」

「な、な、なっ」


「もちろん、オキサにもそれなりの見返りを渡したがな」

「こ、これは、クーデター!?」

「それは違うだろう。議会からオキサに権利が返っただけだ。つまり、正しただけだ。警備兵、痴れ者を連れていけ」


「こ、こ、こんな、こんなもの認められんぞ、フィコン! 大陸には我々の息のかかった者がいる。必ずや後悔を~~~~~」



 議長は言葉途中にフィコンたちの前から姿を消した。

 エムトは嘆息を漏らし、状況を読めぬ議長を憐れむ。


「フッ……平時であれば議会は脅威であろうが、大陸は混乱。連絡もままならぬ状況。だからこそ、フィコン様が立ち上がったというのに」

「仕方なかろう。このようなことが起きるなど、サノアの力を内包する黄金の瞳を持つフィコン以外知ることはできぬ。このいくさの後には、多くが傷つくであろう。だが、同時に新たな世界が訪れる……生き残ることができればだが……」


「生き残ります、必ず」

「そうだな。では、行こう。新たな世界を迎えるために!」




――トロッカー鉱山・ワントワーフ


 山沿いに配置していた物見から報告を受ける留守を任されたワントワーフの戦士。

 彼はガシガシガシガシと犬手で首元を掻いて苛立つような声を上げた。


「まさか、導者フィコンの手紙通りのことが起きるなんて。しかも、親方の留守中に!」

「どうしますか?」

「軍の準備はできているんだろ?」

「ええ、指示通りに」

「では、敵が半島に集まり次第、横っ腹を突いてやろう。こっちに向かってくる奴らもいるだろうから、警戒を怠るな!」




――マッキンドーの森・キャビット


 宵闇に光子が蛍のように漂う。

 ゆったりとした時間が流れるキャビットの集落に、不似合いな緊張が走っていた。

 カオマニーはおさ代行のスコティに話しかける。



「スコティ様、とんでもにゃい力の塊がこちらに向かってますニャ」

「ああ、カオマニー、僕も感じてるニャ。彼らの意思はトーワの遺跡に向いているようニャ。にゃけど、彼らは遺跡だけではなく、半島の種族にも襲い掛かるだろうニャ。そうにゃると……防備の甘いトーワが一番危にゃいニャ」


「キサ様が危険ニャね」

「私情を挟んで申し訳にゃいが、トーワに届く前に抑え込みたいニャ」

「ふふふ、わかってますニャ。それにキサ様の商才はキャビットの未来をより豊かにするものニャ。あいつらの餌にゃんかにはもったいにゃいニャ」




――港町アルリナ


 ノイファンは港の前に立つ。

 港には所せましと、大小さまざまな船が浮かんでいる。


 彼は船に背を向けて、アルリナの全軍及びアルリナには所属しない二つの戦力の前にして、大剣を背負う男に話しかける。


「軍船は?」

「早朝には就航し、すでに戦闘態勢です」

「これは明確な領海侵犯ですが、火急の事態ということで目を瞑ってもらいましょう。それにしても、恐ろしいですね」


 ノイファンは遥か北を見る。

「剣も魔法も使えない私でも、空気に針のような痛みを感じます。アルリナの民も怯えているでしょう」

「それは警備隊に任せておりますから」

「そうですね。では、最悪の場合、港の船を使い、住民をできる限りアルリナから離しましょう」

「はい」


「できれば、故郷は失いたくありませんが……失わないために、事が起こり次第、出立しましょうか。生き残れる自信はありませんが」

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