第258話 サレートの芸術
「こんなっ、うぷ、おえぇぇええぇ」
人がごちゃ混ぜになった肉塊たちを目にしたエクアはたまらず
「あははは、まだ幼いエクアさんには刺激が強すぎたようだね」
「おえ、あなたは、いったい、うぷっ」
「フフフ、これこそ、これこそ、僕の芸術の集大成だよ。数多の命を一つへ集約し、新たな生命を生み出すこと。世界を、意思を、心を、一つにすること! 全ては中心に
「あなたは、何を言っているんですか? この人たちは一体?」
「彼らかい? 元は盗賊だったんだよ。街道沿いで暴れていたのを少々懲らしめてやったんだけど、反省の色もなかったんで、生かしていてもしょうがないだろ。だから、芸術として更生させてあげたんだ」
「盗賊、うぷ。盗賊というと、たしかカルポンティを根城に暴れていたという」
「その通り! 彼らは改心して、今は僕の芸術として生まれ変わった。なんて、素敵なことなんだろう……」
サレートはしんみりと声を漏らし、女性の胴体に無数の男性の顔が塗り込められたソレに近づいた。
「この中でも彼女が一番のお気に入りでね。綺麗な声で歌うんだよ。さぁ、テロール。エクアさんのために歓迎の歌を」
「うが、ぎぎが、あ~あ~♪ ララララ~♪ ラララ、ラララアア~♪」
テロールと呼ばれた存在は、僅かな呻き声のあとに歌を披露した。
女性の頭が乗る肉体と胴に張り付いた男の頭たちは、涙を流し、歌を歌っている。
それは苦痛に塗れた表情。
血に染まった瞳をぎょろりとエクアに向けて、歌声を上げ続ける。
その歌に合わせて、サレートは舞う。
足先で石床を叩きながら、とても楽し気な笑い声を交え踊る。
肉体を
悲し気な歌声の狭間で笑い声と共に踊り続ける。
彼の狂騒にエクアは、腐臭が満たす鼻腔の存在を忘れて怒りに声を飛ばした。
「あなたは彼らに何をしたんですかっ!?」
サレートはピタリと足を止める。彼の足が止まるとテロールも歌を止めた。
そして、彼はゆっくりとエクアへ顔を向けていく。
「世界を、集約したんだよ」
「え?」
「私たち種族は脆弱だ。特に人間族は寿命が短く、肉体も他種族と比べ弱い。あまりにもか弱い存在だ。ならば、どうするか? 群れることだ。そうして、人間族は他種族よりも大きな村や町を産み出し、ついには国を起こし、他種族と対抗できるようになった。だけど、足りない」
「意味が、わかりません……」
「そうかい? エクアさん、たとえ群れて他種族に対抗できても、所詮は人間族。肉体は脆弱なままなんだよ。他種族はもちろん、魔族にも勝てない」
「魔族?」
「そう、魔族。あれは素晴らしいっ。圧倒的な力。存在感。まさに生ける芸術! 僕はあれに魅了された。そして、生み出したいと思った! だから、生み出した!!」
「生み出したって、まさかこの人たちのことですかっ?」
「ああ、そうだよ! だけど、人間族の肉体をいくら
「完成ってっ。先生は命をもてあそんだのですかっ!?」
「弄ぶ? 何を言っているんだ、エクアさん? 僕は新たな命を産み出した。新たな世界へと通じる命を。そしてこれが、僕の目指していたもの」
「目指したもの?」
「かつての僕は、芸術を世界へ伝播することを目指した。でも、それでは想いの色が薄くなってしまう。力を失う。だから、世界を集約することを目指した。世界を一か所に集めることで力を増したんだ。でも、それに傾倒しすぎて、僕は失ってしまったんだ」
「なにを、ですか?」
「世界を広げる力だよっ! そうっ! 君が持つ才能!! 閉じられた世界を切り開く力を持つ才能! 僕と君の才能が合わされば、テロールたちを力強いまま世界へ知らしめることができる。エクアさん、教えてくれ!?」
――彼らに何をどう描き足せば、世界に広げることができる?――
「教えてくれ、教えてくれよ~、エクアさん。君は僕が失った才能を持っている。だから、わかるはずだぁ。世界の広げ方を。お願いだ、教えてくれ、僕は何をすればいいんだっ?」
狂気に満ちた瞳にエクアを捕らえ、サレートはゆっくりと近づいてくる。
エクアは震える足を後ろへ下げた。
彼女の淡い緑の瞳に映るのは、正気を失った男と、生きた肉塊となり果てた盗賊たち……。
盗賊たちを瞳に収めた彼女はサレートに問いかける。
「彼らは生きているんですか? 意識は?」
「え? ああ、作品のことかい? そうだねぇ、僕の言うことを理解できるくらいの知恵はあるよ。行く行くは僕の
「魔族と、戦わせるつもりですか?」
「まぁ、下卑た表現すればそうだね」
「人の命をもてあそび、意志までも……なんて、
「惨い? アーガメイトの息子である、ケント=ハドリーの下に居ながら妙なことを言うね」
「え?」
「あれ、知らないのかい? 僕の心の師であるアステ=ゼ=アーガメイトは生命科学専門の錬金術師。彼は魔族に対抗すべく、様々な生物実験を行った。そこで生み出されたのが、勇者だよ」
「勇者様が……」
「そして、その研究を成し遂げた一人にケント=ハドリーの名が連なる。彼は命を操り、勇者を産み出したんだ! 僕と同じで! 魔族と対抗できる命を世界に吹き込んだんだよ!!」
「う、嘘ですっ。ケント様が、こんなひどいことを!! 第一、勇者様にはしっかりとした意思があります。姿も人間そのものです。そこにいる方々は……人とは呼べない」
「そこは芸術性の違いかな。勇者たちはなかなか魅力的だが、普通過ぎる。やはり、テロールたちのように、他者を圧倒する印象を心に強く与えないとね」
腐れ落ちた肉を引きずる、人を無造作につなぎ合わせた存在。
彼はそれらをうっとりとした表情で見つめる。
視線が、エクアから外れる……。
彼女はその隙を見逃さない。
震える足に拳で一喝を入れて、部屋の外へ走り出す。
しかしっ!
「キャッ!?」
出口に見えない壁があり、彼女は鼻をぶつけ後ろに倒れてしまった。
鼻から流れ落ちる血を拭い、再び立とうとするが、上からサレートが覗き込んできた。
「エクアさん」
「ひっ」
「う~ん、やっぱり子どもには刺激が強すぎたかな? それじゃあ、僕の芸術が理解できるように一緒に勉強しようか。君が理解できるまでね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます