第257話 行方不明のエクア

 親父から話を聞いて、おおよそを把握。

 トーワに訪れたサレート=ケイキは芸術の勉強と称し、エクアを連れてアルリナの宿『アドソン』へ。

 親父とギウが彼に不審を抱いたため、親父に見張りを任せて、エクアのカバンにこっそり追跡用魔法石を忍ばせた。

 だが、その親父の監視を掻い潜り、サレート=ケイキとエクアは姿を消した。



 私は港町アルリナの商人ギルド長ノイファンにアルリナ内でのエクア捜索を頼み、アルリナそばに在る森の転送ポイントから一気にトーワへ戻る。


 二階から三階に駆け上がって、執務室へ飛び込むなりフィナへアルリナでの出来事を伝えた。

 彼女はそばに正十二面体の深紅ナルフを浮かべて強い謝罪の言葉を漏らし、それに親父も続く。

「ごめんなさい、私のせいで!」

「いや、俺のせいだ! しっかり見張っていたはずなのに急に気配が消えて、クソッ!」


「君たちのせいではない。私がサレート=ケイキの怪しさを皆に伝えていなかったからだ」


 調べ車しらべぐるまの塔で出会った彼からは理想を追い求めすぎる怪しさを感じていた。

 だが、偏狭な人物にありがちなものだと思い、その時は強く気にしていなかった。

 

 それが仇になろうとはっ。

 彼はエクアの才に注視していたが、彼女をどこへ連れていき、何をさせるつもりなのか?

 少なくとも、私たちに何の相談もなく消えた以上、あまり良いものではなさそうだ。



「フィナ、エクアの場所は?」


 そう尋ねると、彼女は深紅のナルフを見つめる。

「エクアのカバンにはギウに頼んでこっそり追跡用魔法石の指輪を仕込んである。だから、そのシグナルを追えば……え、なんで、そんなところに?」

「フィナ? 探知したのか?」

「したけど、めちゃくちゃ離れてる」


「どこだっ?」

「半島の北西方向。カルポンティの近く」

「彼女が消えてまだ一日も経ってないぞ? アルリナからカルポンティまでは馬で急いでも二日から三日はかかるはず?」

「それは、あっ!」

「どうした?」

「サレート=ケイキは空間の錬金術を操れてた。だからっ!」

「つまり?」

「錬金術による転送。転送石を作る材料なんて滅多に集まらないから失念してた。あいつはたぶん、錬金術で造られた転送用の道具。転送石を持ってたんだ!」




――時は少し遡り、エクアが消える直前の宿屋



 サレートが借りている宿の一室に案内されたエクアはきょろきょろと室内を見回す。

 室内には備え付けの家具があるだけで、芸術に関するものは一切ない。

「あの、サレート先生。絵画などの道具類は置いていないんですか?」

「う~ん、ここが僕のアトリエというわけじゃないからねぇ」



 彼はエクアに顔を向けず、カーテンに顔を隠すようにしながら窓から外を見ている。

「ふ~ん、見張りを置くなんてなかなかの警戒感。どういうわけか、信用されていなかったわけね」

「あの、先生?」

「ああ、ごめんね。実はアトリエはここじゃなくて少し離れた場所にあるんだ」

「そうなんですか? それはどこに?」

「ふふ、今からそこへ向かうとしよう」

「え?」


 エクアの疑問の声を包むように、サレートはジュストコールを大きく振るった。

 すると七色の光が二人を包み込み、瞳もまた七色に染まる。

 目から七色が消えて、酔いのような気分の悪さがエクアの頭に小さく響く。

 軽くこめかみを揉み、辺りを見回す。



「あれ、ここは?」

「ふふふ、ここが僕のアトリエだよ」

 

 エクアの瞳に宿の姿はなく、多くの未完成な彫刻や絵画が乱雑に置かれた部屋に立っていた。

 床は木製から石製に変化して、壁もまた灰色の石でできたもの。

 壁にはガラスのない吹き抜けの窓が一つ。窓傍ではボロボロになったカーテンが垂れ下がっている。

 どうやらここは二階のようで、カーテンの隙間からどこかの森が広がっているのが見えた。


「えっと、何が、どうなって……」

「ふふふ、錬金による転送石を利用して、ちょっと場所を移動したってわけさ。転送石はすっごく貴重でなかなか作れないんだけど、君のために特別に用意したんだ。ああ、転送は亜空間転送を利用したものだから、肉体は滅んだりしていないよ」


「はぁ? よくわかりませんが、身体は大丈夫なんですね?」

「その通りっ! では、早速見てもらいたいものがあるんだ。僕の最高傑作! 命を一つに集め、輝きを増した! 新たな世界を!!」



 サレートは朽ちかけの木製の扉を勢いよく開け放ち、エクアへ一緒に来るように促す。

 彼女は状況に疑問を抱きながらも、敬愛する先生のあとをついて行った。


 部屋の外も、石製の床に壁。

 エクアはこれらの印象からここは何かの砦のように感じた。

 石製の階段を降りて、一階。さらに、地下へと向かう。



 地下へと続く道には光を封じた魔法石が輝き、足元を照らす。

 階段を一歩進むたびに、エクアの鼻には不快な匂いが纏わりついてきた。

 その匂いとは……血と肉が腐ったような吐き気をもよおすもの。

 いくら敬愛する先生の導きとはいえ、さすがにエクアも妙だと感じ始めていた。

 彼女は鼻を押さえながら問いかける。



「あの、先生。この先に何が?」

「なにが? 何がだって? 僕の最高傑作があるんだよ。それを君に見てほしい。そして、君の才能をそれに殴りつけてほしいんだ!!」


 エクアの歪む表情とは裏腹に、サレートは意気揚々と地下最奥の扉を蹴破るように開けた。

 そこにあったものは、彼の芸術……。

 エクアは、絶望に顔を青く染める。



「な、なんですか、これはっ!?」



「う、あ、うううあ、、、あいえあかああ」

「ぎいふえ、ほかかかかき」

「ふふふ、あななあ、すすすすせ」


 人のものとも獣のものとも言えぬ、奇妙な呻き声が地下の部屋に木霊する。

 部屋には十を超える、人型の肉塊があった。

 その肉塊には手足が四ずつある者もいれば、十ある者もいる。

 顔が二つある者もいれば、五つの顔が重なり合うようにある者もいる。

 それらは誰かと誰かの体をバラバラにして、面白半分につなぎ合わせた人間の姿。

 肉の隙間からは、絶えず腐れた血や黄色く濁った液体が零れ落ちていた。

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