第129話 美しき管理者

 ワントワーフの時と同様に暇人となった私はキャビットの集落を散策する。

 その散策の最中、キサから畑づくりのアドバイスをもらっていた時に話に出てきた、マッキンドーの森に流れる川を見つけた。



「これがこの森の水源か。かなりの水量だな」

 川幅は百メートルほどで、流れる水の量・勢いともにかなりのもの。

「乾いた大地が続く古城トーワと比べれば羨ましい限りだ」

「水はたっぷりで不自由はにゃいけど、ちょっと雨が降ると氾濫しかけるのが困りものなのニャ」


 背後から声を掛けられた。振り返るとそこには集落までの案内をしてくれた、真っ白な毛の上に、緑の魔導士服を着た魔法使いのキャビットの女性が立っていた。



「君か」

「お邪魔だったニャ?」

「いや、むしろ暇を持て余していた」

「ニャハハ、そうにゃのニャ」

「この川がこの森の水源なのか?」

「そうニャ。もっとも、水のみなもとはファーレ山脈の雪解け水で、それが一度地下に流れ込み、森の途中で湧き水として川を作っているのニャ。そして、途中でまた、地下に戻るのニャ」

「山に浸み込んだ水が大地へ上がり、再び地下へ。清らかな水でありそうだが、すさまじい勢いだ」



 水は蛇のようにうねり、轟音に轟音をぶつけるように流れている。

 私は視線を川から彼女に向ける。


「失礼だが、名前をまだ伺っていない」

「カオマニー、ニャ。得意とするのは土の魔法。通り名で白の宝石なんて言われたりしてるニャ」

 カオマニーは緑の三角帽子を取って、ぺこりと頭を下げた。

 はっきりと露わとなった顔には、青と金のオッドアイに艶やかな白の毛が光る。

 白の宝石と渾名あだなされるように、とても美しい毛並みだ。

 彼女はまっすぐピンとした尻尾をゆらりと動かしている。



「カオマニー、か。改めて、よろしく頼む。良き交流が持てるよう縁を深めたいものだ」

「そうニャね」

「そういえば、先ほど川のことで氾濫という話が出ていたが?」

「見ての通り、普段から荒っぽい川ニャ。そのせいで雨が降るとと~っても危険ニャよ」


「たしかに、今でも足を滑らすと命はなさそうだしな。せめて、危険が少ないように柵を付けたりは?」

「それは無駄なリソースニャ。危険と知り近づき命を落とす愚か者のために割いてやるお金はないニャ」

「ふふふ、なかなか厳しい。とはいえ、この水量。治水工事は必要であろう?」



 そう、尋ねると、カオマニーではなく、背後から声が聞こえてきた。それは私にピタリと寄り添うように耳そばで話しかけてくる。


「大丈夫よ~、私がちゃ~んと、管理してからぁ~」

「なっ?」


 耳そばから聞こえてきた甘い吐息。

 後ろには川しかないはず。

 私は慌て飛び退き、後ろを振り向いた。



「誰だ!?」

「あら~、ごめんなさ~い。驚かしちゃった~?」



 川のすぐ前に、のんびりとした口調を見せる半透明の女性が立っている。

 肉体は水のように透き通り、そこに肉の姿など一片たりともない。

 だが、水のみで作られた造形であるはずなのに、顔立ちははっきりとしており、肉体もなやましいラインを見せ、黒の瞳は蠱惑的な雰囲気を漂わせていた。

 

「君は?」

「私は~、流動生命体のイラ。この川の管理を行っているのよ~」



 流動生命体――液状の体を持ち、基本となる形は球体。しかし、自在に体を変化させることができ、人間族、キャビット族、ワントワーフ族などの姿を取ることができる。

 非常に珍しい種族で、旅をしていても滅多に会えることがない。

 私はイラと名乗った女性……性別はないのだが、女性の姿をしているので女性と呼ばせてもらおう。

 とてもゆったりとした言葉と落ち着きを持つ彼女に質問を返す。



「君が川の管理を?」

「そうよ~。この川の流れを制御するのが私の役目~。その見返りに、この川のお水をた~っぷり頂戴してるの~。たまにお肉なんかもね。うふふ~」


 と言って、カオマニーへ妖艶な笑みを向ける。

「そうニャ。イラは大食漢だから、お肉をたっぷり上げてるニャ。食費は大変にゃけど、下手な治水工事よりも安全で管理も万全だからトータルで見ると安上がりにゃのニャ」

「なるほど、共存関係というわけか」

「そういうこと~、それであなたは~?」


「失礼、自己紹介が遅れた。私はケント=ハドリー。古城トーワの領主だ」

「あら~、領主様だったの~。ちょっと失礼だったかしらぁ?」

「いえいえ、あなたのような美しい女性に話しかけられて、少々舞い上がってしまっただけですから」

「まぁ、お上手。これはた~っぷりおもてなししてあげないと~」


 彼女はぬるりと私に近づき、体を絡めていく。

 その際、私の銀の瞳に軽い驚きを見せた。

 この様子だと、流動生命体からみても私の瞳は珍しいようだ。

 と、思ったのだが、その驚きの視線が銃に向き、大きめの胸ポケットに収めている弾丸に向いた気がした。

 それを訪ねようとしたところで、カオマニーがイラを強く咎めた。



「やめるニャ。お客様ニャよ。それも領主様なんだからニャ」

「だからこそぉ、最高のおもてなしをするんじゃな~い。ケント様はお嫌?」

 イラは先ほどの不可思議な態度を微塵も感じさせず、私の首元で優しく息を吹きかける。

 それを私は微笑みで受け止めた。



「ふふ、実に魅力的なおもてなしだが、今日は公務で来ている。もし、プライベートで会う機会があれば、是非ともあなたのおもてなしを受けたいと思うがね」

「あらら~、意外と手馴れてるのね~」

「それほどでもないが」

「ほんとかしら~?」



 イラはするりと私の体から離れて、川の前にゆらりと立った。

 水鏡みずかがみのように美しい肉体には森に浮かぶ光子の光が反射し、さながら宝石がちりばめられた水のドレスを纏っているかのようだ。


「流動生命体とは初めて出会うが、噂にたがわぬ美しさだな」

「うふふ、そうでしょ~」


 柔らかな笑みを見せるイラ。その笑みは私の銀の瞳に熱を与える。

 しかし、すぐそばに立つカオマニーが、さっと熱を消し去った。

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