第126話 キャビットの親分
二人のキャビットに案内されて、彼らが住んでいる集落に訪れた。
集落は森の木々が重なり合う枝によって暗く閉ざされていたが、魔力の宿る光子が漂い、淡い緑の世界を広げる。
光子は宵闇に浮かぶ蛍のようにふわりふわりと浮かび、蛍たちはランプよりも柔らかい光を表し、月明かりよりも世界を明るく照らす。
「不思議な光だ」
そう、呟くと、弓を背負ったキャビットと魔導の杖を持ったキャビットが答えを返してきた。
「世界に溶け込むレスターに魔法の光を宿して浮かべてるんだぜ、でございますニャ」
「私たちは暗い方が落ち着けるの、でありますニャ。だから、森の闇に抱かれ、
「たしかに、落ち着けそうな場所だ」
この世と切り離されたかのように、静かで優しい光とゆったりとした時間が流れる場所。
私は蛍のように舞う光子を目で追う。
その視線は、先にある建物たちを捉えた。
建物は全てキノコの形をしている。
形は同じだが、屋根の色や模様は千差万別。
黄色の屋根に丸い斑点のあるものや、赤い屋根に格子状の網目があるもの等々。
「ケント様、親分はあっちの
そう言われ、集落の奥に視線を投げると、ひときわ大きなキノコの家が目に入った。
私たちは彼らから親分と呼ばれている、キャビットの
そこへ至るまで、幾人ものキャビットたちを見かけた。
彼らの半数以上が、体中にガーゼを張り付けたり包帯を巻いたりとして、抜け落ちた毛を隠している。
私たちが視線を向けると包帯姿を恥じてか、家の陰や木々の陰に姿を隠した。
その様子を見て、魔法使いのキャビットが悲し気な声を上げてくる。
「感染が広まってみんな困ってるの、でありますニャ。にゃから、早く助けてほしいのよ、でありますニャ」
彼女はそう言って、三角帽を深く被り、目を覆った。
姿を見られる仲間たちの恥辱を思っての所作だろう。
私たちも、周囲のキャビットに視線を向けないようにして屋敷を目指すことにした。
屋敷の前に訪れて、それを観察する。
外壁には無数の肉球スタンプが押され、キノコの屋根には巨大な猫の目が一つ、ギラリと輝いていた。
私がちらりと瞳を見る。瞳はぎょろりと私を見つめ返し、なぜか目元を赤く染めている。
どうも、瞳は生きているようで、なにやら好意を持たれている気がするが……気のせいということにしておこう。
生きた目玉がくっついた奇妙な屋根を乗せる壁の材質もまた、奇妙なもの。
壁に手のひらを当てる。ふわっふわの感触が手のひら全体を覆う。
フィナはナルフを浮かべ、壁の材質や巨大な瞳を調べ始めた。
「壁の表面は繊維? 内面には
「俺たちキャビットが生み出した、家型人工生命体だぜ、でございますニャ」
「生み出した!? ちょっと、それ詳しくっ」
「企業秘密だぜ、ございますニャ」
「そこを何とか? ね、だめ?」
「仕方にゃいニャ~」
弓使いのキャビットが腰から算盤を取り出して珠を弾き始めた。
「にゃ、にゃ、にゃっと。これだけ出すなら教えてあげるぜ、でございますニャ」
「どれどれ……うっ! 高くない?」
「金がないなら、一昨日きやがれ、でございますニャ」
弓使いのキャビットは言葉遣いこそおかしくあるが、丁寧に頭を下げてフィナの好奇心を追い払った。
フィナはそれでも食い下がろうとしているが、私はそれに釘を刺す。
「個人の好奇心はあとにしろ。まずは優先すべきことがあるだろう」
私は集落へ顔を向ける。
そこにはこそりとこちらを窺う、包帯をしたキャビットたち。
フィナは彼らの苦しみを受け取り、言葉を返した。
「そうね、まずはやるべきことをしてからよね」
雑談を切り上げて丸い扉の玄関に近づく。
すると、丸い扉は中心から外へ向かって自動で開いた。
屋敷内の廊下もまた壁と同じように柔らかく、少々歩きにくい。
足を取られながらも奥へ進み、キャビットの
入るとすぐに、案内をしてくれた二人のキャビットは足を速め、
そして、彼らの中心に座る『長・マフィン=ラガー』が挨拶をしてきた。
「よく来やがったニャ。トーワ領主ケント殿一行。俺がマッキンドーの森を治める、マフィンだニャ」
彼は卵を半分に切ったような椅子に腰を掛けて、私たちを出迎えた。
体は他のキャビットよりもかなり大きく、背は私より少し高いくらいだ。
横幅も大きく、全身の毛は長めのふかふかで衣装は纏っていない……裸? になるのだろうか? 代わりに、ふかふかの毛で覆われているわけだが。
毛の色は焦げ茶色。その毛に混じり、顔や手足に筋のような黒の斑点を持っている。
瞳は青色でやや釣り目。
私は彼のおなかに目を向ける。
おなかの部分は茶色ではなく、真っ白でふっかふか……飛び込みたい。
その誘惑に耐えて、彼に言葉を返した。
「会談を受けていただき感謝いたします。早速ですが、本題に入った方がよろしいでしょう」
私は軽く後方へ視線を振った。
視線の先にあるのは集落。そして、病気に苦しむキャビットたち。
その意味を読み取り、マフィンは答えを返す。
「フン、そうだニャ。余計な言葉を並べでこれ以上恥をかくのはごめんニャ。お前ら、薬を持ってるんだってニャ?」
「ええ」
「見返りは何ニャ?」
「アルリナとの交流の再開と、今後の良き関係のため」
「わざわざアルリナのために動いてるのかニャ? それだけじゃないだろうニャ?」
「ええ。最近はアルリナに世話になることが多く、ここで恩以上のものを返したいと考えています」
「にゃるほどニャ。そこで、俺たちが苦しんでいる弱みにつけこもうってわけニャね」
マフィンは青い猫目をギラリと輝かせ、光に殺気を籠める。
私はそれを微笑みで受け流す。
「双方にとって、有益。そうであれば、腹の中身など問題ないでしょう。中身が猛毒でなければ」
「ほ~、なかなか面白い奴ニャ。てっきり、下らぬ口上を並べて言い訳するものかと思ったニャが。いいニャろう。こっちも腹の中身を気にせず取引を行おうニャ。ケント殿、いやケント。そちらも格式ばった言葉はいらないニャ」
「ふふ、そうか。そうであるならば、こちらも楽にしよう。皆も」
まだまだ緊張感のあるやり取りの最中だが、皆はひとまず肩から緊張を下ろす。
そこに、案内をしてくれた二人のキャビットがマフィンに疲れの籠る声を漏らしてきた。
「おやぶ~ん、俺たちも普通でいいニャよね~?」
「そうニャ。もう、敬語を使い過ぎて病気じゃなくてもストレスで毛が抜けそうニャ~。ございます~、あります~、もういやニャ~」
「まったく、こいつらは。ケント、悪いがこいつらも礼儀抜きでかまわにゃいか?」
「ああ、構わない……いま、敬語、と言ったか?」
「言ったが、どうしたニャ?」
「いや、とくには」
と、言いつつ、私は皆に視線を振る。
皆もまた私と同じことを思っていたようだ。
『あれって、敬語だったんだぁ~』、と。
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