第125話 キャビット

――マッキンドーの森



 多くの木々が賑わう森。

 鮮やかな緑が空の青を包み、樹冠から木漏れ日が落ちて草花を照らす。

 花には白や黄色の蝶が舞い、草はそよ風に揺れる。

 

 そこから視線を遠くへ飛ばせば、大小様々な木の幹が果てしなく続く。

 ふと、背後を振り返れば、そこにあるのは生命いのちの欠片なきトーワの荒れ地。

 

 生と死を明確に現す大地と森の狭間に私たちは立ち、キャビットの使いを呼ぶ。

 私は返事に貰った鈴を軽く振った。


 鈴の音は風に踊り、森の中へと浸透していく。

 鼓膜を揺らす響きが風音かざねにかき消されようとしたとき、彼らは現われた。




「よく来やがったニャ。ボスのところに案内するぜ、でございますニャ」

 全身を緑色の服に包んだ二人のキャビットが現れた。

 一人は新緑のマントの背に弓を背負い、ぶち色の毛を全身に纏った男性。

 もう一人は新緑の魔導士服を着用し、手には魔導の杖を持つ真っ白な毛に覆われた女性。

 二人とも腰には商売人を思わせる算盤をぶら下げている。


 背はとても低く、1mほど。キサよりも低い。

 私は二人に挨拶を交わす。


「私はトーワの領主・ケント=ハドリー。お会いできて光栄です」

「余計な挨拶は不要だぜ、でございますニャ」

「そ、そうですか……」


 私はこそりとフィナに話しかける。

「王都で見かけるキャビットと喋り方が違うな」

「そうね。私もこっちのキャビットとは初めて交流するけど、たぶん、クライル半島に住むキャビットは、オバディア周辺の森に住むキャビットほど商売っ気がないからじゃないかな?」



「あんな、でんがなまんがなにずっぷり浸かった、『ニャントワンキルの誇り』を失った連中と一緒にしないでくれよ、でございますニャ」


 弓を背負ったキャビットが会話に割り込んできた。

 とても小さな声で話していたのだが、私たちの会話が耳に入ってしまったようだ。

 それに驚きを表していると、杖を持ったキャビットが緑の三角帽子を取って、小さなお耳をぴくぴく動かした。



「私たちはとても耳がいいのよ、でありますニャ」

「そうなのですか……不躾ながら、一つお尋ねしたいことが?」

「にゃんでしょう、でありますニャ?」

「先ほど、『ニャントワンキルの誇り』と仰いましたが、それは?」

「あら、そんにゃこと、でありますニャ。それは私たちのご先祖様のことなの、でありますニャ」

「ご先祖?」

「ご先祖様は遠い世界に住んでるニャントワンキルという一族なのよ、でありますニャ」

「遠い世界……」



 こう、私が呟くと、二人のキャビットは交互に語り始める。


「むか~し、ニャントワンキルの世界に危機が訪れた際に、ニャントワンキルの偉大なる魔女が一部の者を異世界に転送させたんだぜ、でごさいますニャ。にゃけど、転送に不具合があって亜空間を彷徨さまよう羽目になっちまった、でごさいますニャ」


「そこをサノア様に救われて、私たちはスカルペルにやってきたのよ、でありますニャ。そうして、スカルペルに訪れた私たちはキャビットと名乗るようになり今に至るんですの、でありますニャ」


「キャビットに伝わる神話……ということですか?」

「真実ニャ。と言っても、信じないでしょうけど、でありますニャ。ともかく、親分のところに案内してあげる、でありますニャ」



 二人のキャビットはしなやかに後ろを振り返り、森の小道を歩き始めた。

 私たちは一度互いに顔を見合わせ、視線を前に戻し、彼らのふわりふわりと揺れる尻尾を頼りについていく。


 小道はキャビット専用なのだろう。

 横幅がとても狭く、キサ以外の私たちにとっては少々歩きにくく、雑草が手や足に絡んでくる。

 フィナは近くに落ちてた棒切れを拾い、草を払うように歩きながら先行するキャビットへとても失礼な言葉を掛ける。



「ねぇ、あんたたちってオバディアにいるキャビットと違って、語尾に猫っぽい『ニャ』をつけるのね。猫って呼ばれるのを嫌うくせにどうして?」

「フィナっ」

「大丈夫だぜ、でございますニャ、ケント様。子どもの好奇心に一々逆毛を立てることはにゃいさ、でございますニャ」

「こ、子ども!?」



 フィナはこめかみに青筋を浮かべるが、それをカインがなだめている。

 対照的にキャビットは感情を露わとしていない。短気と言われるが、度量は広いようだ。


「お二人とも、申し訳ない」

「構わないぜ、でございますニャ。そこの子ども」

「フィナよ、フィナ!」

「なんニャ? 謎に答えてやろうってんのに聞きたくないのかよ、でございますニャ」

「くっ、それは知りたいけど……」


「誰かに情報を求めるときは、それ相応の振る舞いを見せることだぜ、でございますニャ」

「こ、この……はぁ~~~~…………教えていただけませんかっ?」

「みゃ~、未熟だが、まぁいいニャ。俺たちが猫と呼ばれるのを嫌うのは、俺たちが猫の祖に当たるからだぜ、でございますニャ」

「猫の祖?」

「そうニャ」



 二人のキャビットは立ち止まり、森を見上げて、空を見通し、先にある世界を瞳に映す。

「ニャントワンキルはあらゆる世界に存在する猫のご先祖様なんだぜ、でございますニャ」

「この宇宙のあちこちに猫たちがいると言われてますのよ、でありますニャ」


「猫があらゆる世界に? 宇宙に?」


 私たちも空を見上げ、遠い先にあるだろう世界を瞳に映す。


「そうニャ。そして、この『ニャ』という言葉はニャントワンキルの戦士を束ねる偉大なる魔女の王が使っていた言葉と言われているんだぜ、でございます」

「だから、私たちは『ニャ』という言葉を忘れないのよ、でありますニャ」


「猫と呼ばれるのを嫌うのは、俺たちは猫の祖であり、その猫は俺たちの子どもたちみたいにゃものだから、でございますニャ」

「他種族の者たちに子ども扱いされるのは腹立たしいでしょう、でありますニャ」



 二人はくるりと前を向いて、こちらに顔を見せずにうつむく。後姿から表情は見えないが、両頬から飛び出した長い猫ひげが悲し気に揺れていた。


「もう、他のキャビットたちはニャントワンキルの誇りを忘れ、スカルペルに染まってしまいやがった、でございますニャ」

「にゃけど、私たちは商売人であると同時に、ニャントワンキルの戦士の誇りを肉球に刻んで忘れていないニャ。だから、偉大なる言葉『ニャ』を使用するのよ、でありますニャ」


 そう言葉を置いて、二人は前を歩き始めた。

 私たちは彼らの不思議な世界観を思い思いに受け取り、彼らの尾っぽを追って、森の奥へ奥へと導かれていく。


 その彼らの後姿を見ていたキサが、一言漏らす。

「可愛いよね、二人とも」

 この言葉に二人はがっくりと肩を落とした。


「幼子からそう言われるのが一番傷つくぜ……でございますニャ……」

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