第107話 センスのない一族
――食堂の外・店前
私たちはフィナが起こした騒動に対して店主に頭を下げる。
その店主が気にしていないと言ってくれたおかげで事なきを得た。だが、私はフィナを強く睨む。
「君な、やり過ぎだっ」
「かもね~、ごめん」
「わかってるのか?」
「わかってるって。私ってさ、あんな優柔不断なやつ見るとイライラしちゃって、ついね」
「君は感情を制御する術を少し学んだ方がいい。君一人ならともかく、君の隣にいる友人が騒動に巻き込まれる可能性を考えて欲しい」
そう言って、私はちらりとギウとエクアを見た。
その意味を知ったフィナは申し訳なさそうな表情を見せて二人に謝罪をした。
「そっか、それはそうよね……ごめん、エクア、ギウ」
「いえ、大丈夫です」
「ギウギウ」
フィナは迷惑をかけたという自覚に芽生えたようで、反省の色を見せた。
それならば、これ以上責める必要もない。
「では、食事も済んだし、あとは必要品を購入して……おや?」
住人たちが妙に騒ぎ立て始めた。
騒動の原因は私たちではない。
皆は一様に、海の向こう……空を見つめ、指を差している。
空からはフォンフォンと日常では聞くことのできない機械音が響いてくる。
私は機械音に誘われ顔を上げる。
そして、そこにあったものを目にして、叫ぶような声を上げた。
「まさかっ、あれは……ヴァンナスの翼っ、飛行艇ハルステッド!?」
飛行艇ハルステッド――
世界で唯一の天翔ける翼。
金属で覆われた銀色の船体は海に浮かぶ船の形を表し、船体側面のあちこちにハリネズミを思わせるような多くの砲台が備えつけられていた。
その銀に輝く船体を上下で挟み込むように巨大なリングが存在する。
鮮やかな光沢を見せる白色のリングは常にゆっくりと回転しており、リングの周囲には魔力が溢れ出し、青白い輝きを放っていた。
船体後部には四基のアンクロウエンジン。船体下部の両端には浮遊の力を封じた魔導石のスラスター。
エンジンは推進力を生み出し、スラスターは浮遊力を生み出して船体のバランスを制御する。
このスラスターが巨大な金属の塊を空へ舞い立たせる。
ハルステッドは背に太陽の輝きを受け止め、巨大な影をアルリナに降ろす。
船体には海の船と同様に
信号を受け取ったのはアルリナの港を守る警備隊。
警備隊は急ぎ、ノイファンのもとへ走る。
別の警備隊がちょうど食堂前の場所に集まり、円を描くように立つ。
そして、その円の近くに住民が近づきすぎないように指示を飛ばしていた。
住民たちは見たこともない空飛ぶ船を前にして、驚きに言葉を失う者や、その真逆に興奮のあまり誰それ構わず話しかけている者などがいる。
その中でフィナは冷静さを保ち、ハルステッドの側面にこれでもかと張り付いている砲台の
「はぁ~、なんで砲台を馬鹿みたいにつけるかなぁ。魔導石に魔力を充填して放出する形にすれば、もう少しコンパクトにできて船体内部に収容できるのに。ほんっと、アステ=ゼ=アーガメイトはセンスないよねぇ」
彼女の声に、私は父の名誉を守るべく言葉を返す。
「あれは父のセンスではないぞ。一族の会議で、砲台がたくさんある方が格好良く見えるという話が出てな……まぁ、当時若かった父も賛成したらしいが……」
「やっぱりセンスないじゃん……しかも、あんなゴテゴテなのが格好いいって。ねぇ、エクア。芸術家の目線であれどう思う?」
「空飛ぶお船に驚いてそれどころじゃないのですが、でも、えっと……動きにくそうですね」
エクアは私をちらりと見て、そう答えた。かなり気を使った発言のようだ。
発言を受け取ったフィナは遠慮なくアーガメイト一族のセンスを疑っている。
「その動きにくさが問題なのよ。空気抵抗を無視しているから効率は悪いし、振動は多そうだし。だから、そのためだけに制御装置を開発したって話だし。無駄が多いったらありゃしない。ま、研究所の名前からして、あの一族のセンスは終わってんだけどね」
「え、研究所の名前はたしか『ドハ研究所』ですよね? それほどおかしいとは……?」
「それ、略称なのよ。正式名称は『大ど迫力大錬金研究所』。ドハはど迫力の略。そして、大を二回繰り返すセンス。最悪でしょ?」
「え~っと……ギウさんはどう思いますかっ?」
「ギウッ!?」
答えに窮したエクアはギウに縋った。
ギウはエクアと同様に私をちらりと見て、苦し紛れにハルステッド後部にあるエンジンを銛で差し示す。
その意味をフィナが読み解く。
「ぎうぎう」
「え? ああ、エンジンの名前は悪くないって言ってるのね。残念、あれ駄洒落だし」
「ギウ?」
「アンクロウエンジン。このエンジンの開発にはとても苦労した。ああ、苦労した、エンジン。ああ、苦労、エンジン。アンクロウエンジン……」
「ぎう……」
「え~……その……」
擁護が厳しくなった二人は言葉を失い、こそりと私を見る。
私はこれ以上一族の名誉を穢されてはならないと、
「フィナっ、そんなことを話している場合じゃない! 君がここに居てはまずいだろ。すぐに身を隠せ!」
「そっか、私がいるのは内緒だもんね……誤魔化された感じがするけど」
「そんなことないぞ! ほらほらっ」
「わかったってっ」
フィナは空を見上げて、紫と青が交差する瞳の奥にハルステッドを映す。
「飛行艇ハルステッド――センスはともかく、理論派の技術の結晶。王都に行った時、乗ることも近づくこともできなかったからじっくり観察したいけど、こっそり観察するしかないか」
「いや、そこは我慢して、完璧に頭を引っ込めてくれないか……」
フィナはわかったわかったと言いながらどこかへ立ち去った。
あの様子だと、絶対にハルステッドを観察しているに違いない。
そうこうしているうちにノイファンがやってきて警備隊と合流した。
ノイファンは円陣を組んだ警備隊の円の中に入る。
しばらくすると、円陣の中心に光の靄が降りて、小さな人影を生み出した。
影は人を形作る。
そして、露わとなった姿は、ふわふわとした長めの銀の髪を持つ、見た目は十四歳ほどの少女。
少女は襟元にハートのバッジ付けた深紅のゴスロリ姿で、身の丈を超える漆黒の大鎌を手にしていた。
「ふ~ん、ここがアルリナか」
「ようこそ、アルリナへ。私がギルドを預かっているノイファンでございます」
「うん、よろしく。ヴァンナス本国はアルリナの要請に基づき、あれ?」
私の銀眼と少女の真紅の瞳がぱちりと合う。
私の姿を捉えた少女は
「あ~~~、お兄ちゃん!」
と……。
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