第六章 活気に満ちたトーワ
第61話 生まれ変わる古城トーワ
――古城トーワ
海の
空には光の太陽テラスが暖かな日差しを届け、揺らぎの太陽ヨミがそっと世界を見守る。
二つの温もりを受けて城の周辺ではすくすくと雑草が育つ。
私は農夫のような姿して、その雑草たちを城から追放すべく根から引っこ抜いていた。
「この、どこまで深く根を張っているのだ。はぁ、これは腰に
屈めていた腰をゆっくりと逸らして軽くストレッチを行う。
零れ落ちる愚痴と、痛みを形にする声。
それらの音に混じり、威勢の良い声がトーワに木霊する。
「おい、お前らっ。サボってないで、早くギウさんのところに石材を運び込まんか!」
頭に鉢巻を付けた浅黒の中年が年若い働き手たちに声を荒げていた。
彼の名はゴリン=ニセル。
大工の棟梁だ。
彼はアルリナのギルド長・ノイファンに依頼され、十名ほどの若い衆を引き連れてこの古城トーワの修繕にやってきた。
どうやらノイファンは、私の求めた見返りの小ささに不安を抱き過剰な配慮をしてきたようだ。
だが、おかげさまで古城の整備が一気に進んでいく。
しかし……。
「はは、ゴリン。今日も声が良く通っているな」
「あ、これはケント様。やかましかったですかい?」
「いやいや、君の目の覚めるような声は心に活を入れる。それで、修繕の進捗状況は?」
「それが、かなり厳しいですな。あっしらは家大工の専門ですから城の方はさっぱりでして。城全体の重量計算や素材の耐久力計算は専門の業者に任せやせんと」
「そうか……」
「それでも、城内の穴の空いた壁を修理したり、室内の整備くらいならできやすが」
「それで十分だ。いや、十分すぎる。感謝するよ、ゴリン」
私はゴリンへ小さく会釈をした。
すると彼は片手を前に振り出して顔を赤くする。
「や、やめてくだせいよっ。領主様に頭を下げられちまったら、どう返していいかわからねぇ。感謝って言われても、こっちは仕事でやすから。それに、アルリナを救ってくださったお人のお手伝いができるなら、この上ない光栄でさぁ」
ゴリンは瞳に尊崇の念を宿して、私を見ている。
あの夜以降、ムキ=シアンの一件は瞬く間にアルリナに広がり、皆が私という存在に対して良き噂を立てている。
ゴリンや若い大工衆も同じ。
彼らは常に私への感謝の思いを忘れない。
私はその思いを受け取りはするが、決して傲慢に振舞うことなく、彼らに礼節をもって接する。
「ふふふ、そこまで思われると
「ああ、そのことでやすか。ギウさんが水回りにこだわっているみたいでやして、今は風呂の整備をしている最中なんですわ」
「風呂か……」
古城トーワの一階には大浴場が完備されてあった。
私が訪れた当初は、魅力的な灰色の岩肌を持つ瓦礫たちで賑わう場所だった。そこに人の入る隙間などない。
「風呂ができるなら、ありがたいことこの上ない。こちらに来て以降、身体の汚れは濡れた布で
「ええ、若い連中にかなり細かく指示を飛ばしているみたいで」
「ほぅ、そうなのか……」
私とゴリンは暖かな風呂に浸かるギウを想像する。
お湯に満たされた風呂に浮かぶ魚……それはまるで。
――鍋――
「ゴリン、失礼だぞ。その想像は」
「いやいや、ケント様こそ」
「そうか? あははは」
「そうでやすよ。はははは」
私たちは互いに笑い声を出し合う。
「あはは、いかんな。さすがにひどいことを言っている。ここまでにしておくとしよう。しかし、風呂となると水はどうするつもりだ?」
「ちょうど、風呂の真裏に当たるところに井戸がありやして、そこを整備すれば水運びは比較的楽かと」
「だが、浴場は広いぞ。お湯を沸かし、そのお湯を浴槽に貯めようとするとどれだけの労力がかかるか」
「それがですね、ざっと見させてもらいやしたが、井戸から汲み上げた水を直接風呂釜に送り込んで湯を沸かせるようになってまして。多少手を加えれば、機能するかと思いやす」
「ほう、それは素晴らしい」
「ですが、水を汲み上げるためのポンプが完全に壊れてやして、こいつは専門の業者か錬金術士にでも依頼をしないと」
「ポンプ? それはかなり昔のものか?」
「あっしの爺さんくらいの時代のものだと思いやす」
「あの頃だとポンプは貴重品。昔のトーワは結構贅沢だったのだな」
「今ではポンプはそう珍しいものじゃありやせんからね。多少値は張りやすが、無理すれば手に入れられないこともない。これも錬金術士の二大大家の一つ、アーガメイト様のおかげですよ」
「ふふ、そうだな」
錬金術士の二大大家と呼ばれるアーガメイトの一族。
その長・アステ=ゼ=アーガメイト。
私はこの人の養子だった……。
父の下で私は
「アステ=ゼ=アーガメイトは実生活に即した発明品を多く生み、既存の道具をより安価に扱いやすく改良を施していったからな」
「ええ、その通りで。特に魔導の力を動力とする、アンクロウエンジンの発明は世界を広げたと言われてやすから」
「アンクロウエンジンか……」
父は、このエンジンを世に出すのにかなり骨を折ったと話していた。
なにせヴァンナスは技術が世界に広まることをあまり良しとしていない。
だが父は、今後別大陸との交流……主に経済的利益を掲げ、エンジン技術の解放までこぎつけたらしい。
もちろん、それに関わる技術者は限られ、一般の者が触れることは許されない。
そのため船には常に、エンジンに触れることを許された技術者が乗っている。
また、現状の技術力ではどうしてもエンジンは大きなものになってしまい、大型船にしか取り付けることができない。
その気になれば小型化も可能なんだろうが、ヴァンナスが許すとは思えない。
物流に関してはもう少し緩和して欲しいという思いはあるが、今はそれを胸に秘め、ゴリンに言葉を返す。
「まだまだ、一部の船にしか使われていないが、私もあれのおかげでアルリナまでの船旅を短く終えられたよ」
「そうでありやすか。ケント様、話を戻しますがポンプの方はどうしやすか?」
「私の方から近いうちに業者へ依頼を出そうと思う」
「わかりやした」
「そういえば、水回りと言っていたが、かまど周辺も?」
「へい。かまどの他に、トイレの方も」
「トイレか。そこはしっかりしてもらわないと困るな」
訪れた当初からトイレはしっかり存在していた。
しかし、壁の一部はなく、外の景色や色々なものが丸見えのトイレ。
また、トイレ内部の
これらが改善されるというのは、風呂と同等かそれ以上にありがたい…………ならば、今までトイレはどうしていたのかって?
朝昼は暖かな日差しを肌に感じ、夜は満天の星空の下で自然をたっぷり堪能していた、とだけ言っておこう。
「ともかく、城全体の修繕は難しくとも、人が住める程度には直せそうだな」
「はい、そいつはもちろん。おや?」
ゴリンが返事をしたと同時に、城の中庭の方からカンカンと鍋を叩く音が響いてきた。
「みなさ~ん、お食事の準備ができましたよ~!」
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