第60話 拘泥の老人たち

 ジクマはネオ王の態度に辟易としながらも、それに対して大仰な反応を見せずに話題を勇者のものへと移した。

 王はそれに応える。



「うん、構わないよ。何があった?」

「あまり芳しくありません。そうであっても二十年は持つでしょうが……いえ、状況によってはさらに短くなるやも」

「……そっか。ケントの知恵では及ばなかったというわけか。彼らはそれ気づいて? 反乱の意志は?」


「気づいています。ですが、反乱を企てる様子はありません」

「ほ~、何故だ?」

「偽物とはいえ、勇者の末裔には間違いありません。刷り込まれているのでしょう。我らに逆らえぬように」


「それはどうかな?」

「ん?」

「勇者たちもそうだったけど、レイたちもまた優しき心を持っている。自身の行動が多くの嘆きを生むことを知っている。だから、受け入れている。難儀な者たちだねぇ……そして、全てを知る我々は屑だ」



 ネオは紫水晶のような煌めきを魅せる瞳に悔恨の念を宿し、真っ直ぐジクマを見つめた。

 ジクマはその痛み伴う視線を正面から受け入れる。

 そして……。



「全ては必要なこと。血と糞の混じる汚泥をかぶるのは為政者の役目。泣き言など、口にするは卑怯と存じます」

「己を罵ることも泣き言か。なかなか厳しいことを言うね~。ま、何にせよ、彼らは大いに我らへ貢献している。近々褒美をやろうかな」

「一体、どのような?」


 この問いに、ネオは口調軽くニヤニヤとした笑みを見せる。

「ほら、東の方にラスパトという町があるだろ。あの歓楽都市として名高い。そこにある店に可愛い子がいるんだよ~。店のサービスも、これがまた凄くてっ。そこに彼らを招待するのも悪くない。有名店だから、機密保持も完璧だし」


「陛下が行きたいだけでしょうっ。それに七人の勇者の内、三人は女性ですぞ!」

「女性だって、男遊びは楽しいだろ。難点はあそこの値段が高くてね。公費で落ちるとありがたい。私の分も」

「この人は……年を追うごとに性格が軽くなっていきますなっ」


「後任も育ち、色々と荷が降りたからね。できれば、席を譲るなどという情けない真似はしたくなかったんだけど……若い連中は覇気が足りないな」

「我らを蹴散らし、席を奪い取る気構えが欲しいものですな。我らがそうしたように……」


 

 若かりし彼らは、老人たちが築き上げたモノを力づくで奪い取り、その椅子に座った。

 そうして己の全てを賭けて奪い取ったものを、彼らは易々と後任に渡すつもりはない。

 後任もまた、かつての自分たちと同じように、老人となった自分たちを殴りつけ、蹴飛ばし、追い出し、席を奪ってほしかった。


 だが、次世代の若者たちは老人が椅子から消えるのを、指を咥えて待つばかり。

 そのような者たちに未来を任せるのは不安であるが、人には時間に限りある。

 それはたとえ、古代人の技術で生き長らえている王であっても……。



「はぁ~、最近の若い奴は……」

「陛下、年を取りましたな」

「やかましいわ。ま、出てくる芽を育てることなく全力で踏みつけたせいでもあるけどね、わっはっは」


「小さな店の跡継ぎとは違い、踏まれて枯れるような芽に国家は任せられません。踏みつけた足を穿つ、鋭くとがった芽でなければ」

「いや~、指導者層はギスギスしてるなぁ」

「ふふ、まったく。ですが、その中でも……」



 ジクマは笑顔を零すが、すぐに表情に冷たき仮面を被る。

 しかしネオは、その仮面に指先を掛けて、面白半分に引き剥がそうとする。



「ケントは良かったなぁ、ジクマ」

「何のことでしょうかね?」

「ふふん。正面から己の理想を我々にぶつけてきた。何度も何度も叩き潰してやったのに、それでも立ち上がり、我々に向かってくる。あれぐらい、他の若者にも元気があればいいんだけど……惜しいよな。ケントが我々と同じ人間であれば……」


「ええ、彼は我らを導く者にはなれない。許されない。私たちもそこまで割り切れるほどしゅとして成長してない。それに元より、多少の毒を喰らったとはいえ、生来は正直者。真面目が過ぎる」

「そうだな。ジクマとは違ってね。お前の若い頃は、とんでもなくはっちゃけてたもんねぇ、にひひひ」



 何とも不快で厭らしい笑みを浮かべるネオ王。

 それに対して、ピクリと頬を動かし、じろりと睨みつけるジクマ。


「なんのことか、わかりかねますな」

「おいおい、私はお前よりも長生きなんだぞ。若い頃のお前は女遊びが酷くて、そのせいで五つも年下のお前の友、アステ=ゼ=アーガメイトが迷惑をこうむっていただろ。その話は私の耳にもよ~く届いてたっての」

「まったく、年寄りの耳は……」


「うん、何か言った?」

「いえ、何も。勇者たちの話に戻しますが、新たな研究所が稼働を始めました」

「そっか……いや~、罪深い」

「己を責めるのは――」

「はいはい、卑怯者だったな。まったく、最初の召喚で古代人を呼び寄せていればこんなことにならなかっただろうに。ヨミの太陽めっ」



 ネオは盤上の駒を持ち上げ、それを手のひらで転がしながら窓の外に広がる空を見た。

 空には二つの太陽。

 光の太陽・テラス。

 揺らぎの太陽・ヨミ。


 光の太陽は暖かな日差しをスカルペルに届けるが、ヨミは沈黙を保ち、小さな光を伝えるだけに留め、己の周囲をぼやけさせ隠れるように靄に包まれている。

 ジクマはヨミを睨みつけるネオに対して、首を軽く左右に振りながら声を掛けた。



「当時の天文知識ではヨミがどのような存在か理解が及ばなかったがゆえ、仕方がありません。ですが、結果として、これでよかったのでしょう。古代人の呼び出しに成功していたら、我らでは手に負えなかった」


「間抜けな話だね……だけど、ジクマの指摘通りでもある。そして、過ちで呼び出した力も強大。それにより、ヴァンナスは無法な領土拡大を行い、今に至る。はぁ、縮小計画も分割政策も進まないし、早く引退して、忘れたい」


「何を言うかと思えば、民の禄をむ王族の務めでしょう。そのような愚痴よりも、忘れないで欲しいことがありますが」

「なんだ?」

「そろそろ駒を動かしてもらえますかな。それとも投了で?」

「ああ、そうだったね」



 ネオは手のひらでもてあそんでいた駒を、そっと盤面に置いた。

 その一手を見て、ジクマは目を見開く。


「こ、これはっ?」

「ふふん、年を取るとあちらこちらが衰える。だけど、冴え渡るところもある。その冴え故に、時に余計なものを見てしまい、臆病になっちゃうけど……若者には無謀であっても全力で駆け抜けてもらいたいね~。はてさて、今の若者たちはどのような未来を描くのか……」


 王は、盤面と睨めっこするジクマを見下ろすように立ち上がり、彼に問う。

「ケント以外にも期待の持てる若者はいるのだろう?」

「ええ」


「そうか……それならば未来は安泰だ。だけどな、我ら老人はそう簡単に席を渡してはやらないぞ、若者たちよ。席は譲られるのを待つのではなく、力づくで奪い取り、老人では描くことのできない、新たな未来を切り開く可能性を見せて欲しいものだね」

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