第44話 終末への開幕

――港町アルリナ・深夜


 

 ムキ=シアンは己の面子を賭け、傭兵にめいを与えた。

 その動きを察知した土産屋の親父が役割を全うすべく動く。

 そして、深夜。

 傭兵たちは町の住人たちから気取られぬように東門へとつどい、前日と同じく東門を守る兵士を脅し口止めをして古城トーワへ向かう。

 闇夜に消えていく、傭兵たち……そんな彼らを三つの影が見送っていた。



「彼らは無人の古城トーワへ向かったか」

「ギウッ」

「そうみたいですね」


 三つの影の名は、この私、ケント。そして、ギウとエクア……。

 私は長めの銀の髪を風に揺らし、白絹のブラウスに厚手のマントを纏い、腰に剣を差してベルトに銃を挟んでいる。


 ギウは背に青と黒が交差する光沢のある鱗を輝かせ、銛を握り締めている。

 エクアは大きな茶色の肩掛けカバンを掛け、緊張を和らげるためか、背まで届く赤と白の髪が混じる水色の髪に軽く指を通して、淡い新緑の瞳に傭兵たちの影を映す。



 私たち三人は高台にあるムキ=シアンの屋敷の外れに立っていた。

 高台から東門を望み、先にある森を見つめる。


「さて、彼らはまんまとおびき出されたわけだ。いま、屋敷に残る兵はなく、僅かに警備がいる程度……では、次なる一手を打とう」


 そう言って、私は屋敷の正面ではなく裏へ向かう。

 私の後ろからギウとエクアがついてくるのだが、エクアは不安げに古城トーワの方角を見つめていた。


「お城は大丈夫でしょうか?」

「金目のものは一応砂浜に埋めておいたし、あとは特に取られて困るような物もないからな。城も多少は修理したが、ほとんどが壊れているので腹いせに壊されてもそうまで痛くはない」

「それにはちょっと、返事しにくいですよ……」



 エクアは眉毛を折り曲げて困ったような表情を見せた。

 城はボロだから大丈夫と私が言っても、エクアから見れば私は領主。

 はい、そうですね。とは、同調しにくいだろう。


「あはは、そうだったか。だが、私の肩書は領主であれど、身分差を気にするような男ではない。気軽に接してくれて結構」

「そう言われても、それが難しいんです」


 エクアは軽く息を落とす。

 言葉には、全くこの人はわかってない、という感情がはっきりと感じ取れた。

 私がいくら気にしないと言っても、庶民と貴族の間には深い隔たりがあるようだ。

 小さな寂しさを抱えて私も軽く息を落とすが、すぐに小さく首を振り、気持ちを入れ替えて視線を古城トーワへ向けた。



「ま、なんにせよ、傭兵の中には私の意図を汲んでいる者がいる。無茶はしまい」

「あの体がとても大きな人ですね。信用できるんでしょうか?」

「彼はムキと私を天秤にかけて、より安全な方を選択した。自分の大切な人を守るためにね。信用しても大丈夫だろう。現に、私たちが有利になるよう行動している」


 ムキという人物を直接は知らないが、プライドが高く感情的ならば後々の面倒も考えずいくさ準備ができ次第、傭兵たちを古城トーワへ向かわせた可能性が高い。

 だが、深夜に動いたということは、目立たぬように動くべきだと進言した人物がいる。

 それはあの無骨そうな戦士だろう。



「夜に動いてくれたおかげでこちらもあまり人の目を気にすることなく、トーワからムキの屋敷まで来ることができた。幸い、東の門番の二人がこちらに好意的なこともあり、色々誤魔化す手間が省けたのも有難い。もっとも、仮にあの戦士が裏切ったところで意味はなかったが」


「何故ですか?」

「あの無骨そうな戦士が私に協力する振りをして、ムキに私の策を話したとする。この時点で今回の策は破綻。ムキは守りを固めて、手も足も出ない」

「え、そんなことになったら、もうどうしようもないじゃないですか?」


「なに、その時は別の策を打てばいいだけだ」

「別の? それは?」

「町に、ある噂を流す」

「噂?」

「傭兵たちはムキ=シアンを裏切っている、とね」

「え、ええっ?」

「内容は単純。こうだ」


 

――何故、傭兵たちは敗れたのに、誰一人傷を負うこともなく戻れたのか?――

 


「これを面白おかしく煽り立て、噂を広げる。それだけでムキは疑心暗鬼に陥るだろう。この場合、手間が掛かり、面倒な話なのだが」

「それじゃあ、傭兵の人たちを傷つけずに帰したのは……?」

「ああ、ムキが疑念を抱くようにね。多くの兵を引き連れ、僅か三人に敗れた。尚且つ死者もなく、小さな傷しか負っていないのに降伏をした。何故か? 実は裏で私と彼らは……そこら辺を面白おかしくな」


 因みに捕虜を取っていた場合、少々扱いに悩んだ。

 だが、小柄な戦士と無骨そうな戦士は非常に親しいそうだったので、その仲を利用し、ムキと彼らの間に不和を呼び起こすという手がすぐに浮かんだ。

 捕虜が私側についたなどと噂をバラまけば、小柄な戦士は庇うだろう。そうなると……。

 このような人の情を穢すような話は、エクアに話す必要のない話だ。



 エクアは私が言葉に表した話だけを受け取り、小さな疑問を挟む。

「それで……。でも、そんなに簡単にいくものでしょうか?」

「ふふ、人は面白いことに、一度深く疑いを持てば、疑いとなる証拠が見つかるまで偽りの真実を追い続けるものだ。むしろ、噂が嘘であるという言葉は、逆により大きな疑念を生む。特に、ムキのような子悪党はな」


「真実を知ったとしても、信じられないということですか?」

「疑いを持った時点で、彼の中である物語が生まれる。傭兵が裏切っているという物語が……やがて、その物語はムキにとって真実となり、その真実を補完する言葉しか信じられなくなる」


 もちろん、傭兵たちは言葉を尽くし無実を訴えるだろう。

 しかし、裏切った連中の言葉など信用に値しない。

 彼らは自分たちが無実である証拠を見せようとするが、そのようなものはどこにもない。

 あるのは、何故か無傷で帰ってきた傭兵たちという事実だけ……。


 

 ここまでの話を聞いたエクアは、寂しげにぽつりと言葉を落とした。

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