第43話 虚栄の王
――港町アルリナ
傭兵たちは森の中を馬で駆け、昼過ぎにはアルリナへ戻ってきた。
その足でムキ=シアンの屋敷に戻り、謁見の間で小柄な戦士が報告を行う。
当然ムキは烈火の如く暴れ狂い、豪華絢爛な椅子を蹴りつけ、ワイングラスを床に叩きつけながら彼らを罵倒した。
「てめぇらぁぁぁあぁ! どういうことだぁあぁぁあぁ!?」
「そいつがぁ、ケントの野郎が意外に凄腕で、おまけにギウが十人ほどいたんでさぁ。これじゃあ、手勢三十程度じゃ」
「そんなこたぁぁ、どうぉぉだってぇ、いいんだよぉぉぉ! てめぇらが俺様の命令を遂行できてないことが問題なんだよ! わかるか、ええ!!」
「それは、もちろん……」
「わかってねぇ! わかってんなら手ぶらで帰ってくるわけねぇだろがぁあぁぁ! もう、いい! お前らには愛想が尽きたっ」
ムキは部屋の隅に顔を向けて、そこに立っている兵士に声を上げようとした。
しかしそれを、無骨そうな戦士が一際大きな声を上げて塗りつぶす!
「おい、そこのおまっ」
「ムキ様!!」
「な、なんだ?」
突然の大声に、彼は一瞬、心臓を驚きに跳ねさせた。
その隙を逃さず、無骨そうな戦士は畳みかけるように謁見の間を言葉で埋め尽くす。
「俺っちたちは任務に失敗してしまいました! 余りの不甲斐なさにムキ様に会わせる顔がありません! 本来ならば、即刻己の首を切り落とし、恥辱を
「さいご?」
「今一度、機会を戴けるならばっ、必ずやケントの首を取って見せます! 万が一、しくじろうものなら、俺っちと兄貴は互いに首を刎ね合い、その首を三日三晩町に晒したのちに、便所に捨て去っても構いません!!」
無骨そうな戦士は小柄な戦士の背中をポンと叩き、彼の耳傍で小さく呟く。
「兄貴も続いて」
「え?」
弟分は言葉を返さずに、いきなりムキに土下座をした。
「ムキ様、何卒、ご慈悲を!!」
固い床に頭を激しくぶつけ、そこから滲み出た鮮やかな赤色が床を染めていく。
弟分の激しい謝罪と願いに、小柄な戦士も慌てて彼の隣で土下座をし、慈悲を乞う。
「む、ムキ様、お願いです。俺たちにチャンスをください!」
小柄な戦士の声に続き、後ろに控えてた傭兵たちも土下座をして、ムキに願い出る。
「「「ムキ様、ご慈悲を!!」」」
重なり合う、慈悲を乞う声……それを最後に、沈黙が謁見の間を包み込む。
普段は粗暴で無駄口が多い傭兵たち。
だが今は、ムキに縋り、傭兵は身体を震わせながら頭を下げ続けている。
その日常からかけ離れた光景は、彼に奇妙な征服欲、優越感を覚えさせる。
ムキを畏れ敬う傭兵たちの姿は、王へ表す振舞いを彷彿とさせた。
「ふひ、ひひひ、悪くない……いいだろう」
薄ら笑いを零し、ムキは彼らの願いを受け入れ、そして、新たな
「敵はなかなか手強そうだが、俺様には五百の傭兵がいる。五百の全傭兵を引き連れ、ケントとギウに俺様の力を見せつけ、首を持ってこい……これはアルリナの真の支配者である、ムキ=シアンの勅命だ」
傲慢なるムキの命令を無骨そうな戦士は恭しく受け取る。
「はっ、ムキ様の寛大な御心に感謝し、必ずや勅命を果たして見せます!」
「ヒヒヒ、いいぞ~。では、準備に掛かれ!」
「かしこまりました。準備を終え次第、トーワへ向かいます。明日の朝にはケントの首を携え、ムキ様にお会いできることを待望しております」
「ふん、よろしい」
鼻息を飛ばし、ムキは謁見の間から出ていく。
彼を見送り、姿が完全に消えたことを確認して、無骨そうな戦士が兄貴分に声を掛けた。
「兄貴、準備に掛かろうか」
「それよりも、血を拭え」
兄貴分は少し背伸びをして、袖口で弟分の額を拭う。
「あ、あにき、服が汚れるよ」
「馬鹿を言え、汚れるもんか。お前のおかげで助かったんだ。この血は汚れなんかじゃねぇよ」
「兄貴……」
「よし、こんなもんか。派手に血が出ていたが、思ったより傷は深くないな」
「頭だからね、ちょっとした傷でも血が結構出るから」
「そうだな……よ~しっ」
小柄な戦士は大きく声を吐き、控える傭兵たちに向かって号令をかける。
「今から
「はっ!」
「それと、俺が馬鹿なばかりにお前らを危険に晒した! すまねぇ……」
最後の一言に、傭兵たちに動揺が走る。
それは、普段横暴な彼からは想像できない姿だったからだ。
彼はさらに言葉を繋げる。
「俺のことはどんなに馬鹿にしてくれてもいい。だけどな、命を張ってお前たちを守ろうとしてくれた、こいつを悪く言うのは勘弁してくれ」
「あ、兄貴……」
「悪かったな。兄貴分の俺がこんな情けなくてよ……」
「そんなことはないよ。俺っちはいつもは粗野だけど、兄貴の仲間に見せる優しさが好きなんだから」
「フン、いつも粗野で悪かったな!」
小柄な戦士は頬を赤らめて、そっぽを向いた。
しかし、向いた先でニヤつきながら囁き合う傭兵たちの姿が目に入る。
「お前らっ、何やってんだ!? ほら、支度だ支度!」
彼は言葉で彼らの尻を叩き、謁見の間から追い出していった。
残っているのは小柄な戦士と無骨そうな戦士のみ。
「さて、俺たちも準備にかかるか。さっさと準備を終えねぇと、それこそムキ様から首を刎ねられらぁ」
「準備が終えても、町を出るのは夜になってからだからね」
「ん、なんでだ?」
「なるべく人の目につかなようにしないと。一応、ケントは領主。それに無茶をするわけだし」
「ああ、そう言えばそうだったな。でも、ムキ様は夜まで待てないかもしれないぞ」
「ムキ様は状況を理解しているから大丈夫だよ。仮に何か言ってきても、俺っちがちゃんと説明するから」
「なら、さっき言えば良かったじゃねぇか。夜に向かいますって」
「いや、さすがに今さっきそんなことを言えば、受け入れなかったと思う」
無骨そうな戦士は謁見の間に鎮座する、宝石が散りばめられた豪華な椅子に顔を向ける。
(あの場で、人の目があるので夜に向かいますと言えば、勢いづいたムキ様は激昂して、今すぐにでも出立させたはずだ。そうなると……)
「おい、どうした?」
急に黙り込む弟分を心配して小柄な戦士が声を掛けた。
弟分は心に広げた言葉をおさめて、別の言葉を返す。
「なんでもないよ。とにかく、ムキ様が催促して来たら俺っちが説得しておくから」
「そうか? まぁ、お前の方が口が回るから、その方が安心か」
「うん、任せて。じゃあ、準備がある程度済んだら、傭兵仲間も俺っちたちも少し休もう。徹夜だったからね」
「そういや、そうだったな。ふぁ~あ、思い出したら急に眠くなってきた。んじゃ、作戦に参加した連中を早めに休憩させてやるか。で、起きたら、ムキ様のためにケントの野郎をぶっ殺して、首を持って帰らねぇとなぁ、ふぁ~」
小柄な戦士は欠伸を交えながら、軽く弟分に手を振り、謁見の間から出て行った。
一人ぽつんと残った弟分は、心の中で兄貴分に謝る。
(ムキ様から殺されかけたってのに……恩がある部分を差し引いても、兄貴は意外に忠誠心が高いからなぁ。でも、俺っちは違う。俺っちが守りたいのは兄貴だけ。だから、ごめん。兄貴に嘘をついた)
彼は顔を東に向けて、古城トーワを見つめる。
(お膳立ては済みましたよ、ケント様。もっとも、俺っちの手など借りる必要などないのでしょうが……あなたはここからどんな手を打つつもりなのか? じっくりとあなたの用意した盤面を見学させてもらいます)
――ムキ=シアンの屋敷・外
屋敷内では、あまり目立たぬように傭兵たちが
しかし、
屋敷外では、その漏れ出た殺気を肌に感じ取る者がいた。
「お、動きがあったな。次はかなりの人数、本命か……そろそろ、俺の出番だな」
土産屋の親父が黒眼鏡のレンズに屋敷を映し、顎下の無精髭をジョリっと撫でていた……。
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