第39話 エクアの覚悟

 私とギウは瓦礫を巧みに配置して、誘い込みたい場所までの道を作る。

 この作業は力仕事のため、エクアには任せられない。

 代わりに彼女は、作業で腹を空かせた私たちのために玉子サンドを作ってくれた。


 材料の卵は見事役目を果たしているニワトリたちが産んだものだ。

 彼らには褒美に小屋を与え――早く城から出て行ってもらわないと。夜明けと同時に城内に響き渡る目覚ましから別れを告げたいので……。


 

 それはいずれ行うとして、今は作業の合間に玉子サンドをパクつきつつ、戦いの準備を急ピッチで進めていく。

 幸い、百人力と言っても過言ではないギウのおかげで手早く誘導用の道を作り終え、城へと続く他の道には瓦礫を配置して移動を阻害しておいた。


 これで傭兵たちは誘導用の道を歩くことになるだろう。

 なるべく騒ぎ立てずに襲いかかろうとしている彼らは松明たいまつなど灯せない。

 せいぜい、ランプ程度の光を頼りに歩くのがやっと。


 そんな脆弱な光が頼りでは、詳しい周辺の確認などできない。

 また、こちらの人数が少ないため、油断もあり、急ぎ事を済ませたい思いもあるだろうから、元よりそのような手間を取る可能性も低い。



 ここまでの作業は順調に進み、最後の仕上げとなった。

 仕上げとなる場所は、歯車のような形をした防壁の凹凸の凹の部分。

 この袋小路に誘い込むのが目的だが、このままではさすがに行き止まりとわかってしまう。



「と、ここでこれが登場するわけだが」

 私がある品を手に持つと、エクアはピンときたようでポンと手を叩く。


「ああ~、なるほど」

「わかるかね?」

「わかります」

「ふふ、こいつで壁の一部にちょいちょいと細工をして、傭兵たちを誘い込む手筈だ」

「ですが、それだけだと看破される可能性がありますよ」


「そこは闇が味方についてくれるだろう。何もはっきりとわかる距離まで近づいてもらう必要もないしな。遠目で勘違いしてもらえればいい」



 と、答えを返すと、彼女は手で軽く口元を押さえ悩んだ様子を見せた。

 そして、いつも肩から提げている茶色の肩掛けカバンをポフポフと叩いて、中身を取り出す。


「私なら、闇以上にお役に立てるかもしれません」

「ほう、どのように?」

「これです! もちろん、匂いの少ないモノを選んで使用します」


 私は彼女が取り出したモノを見つめる。


「はは、なるほど。そうか、君の本分だったな。だが、事がうまく運ばなかった場合、傭兵たちを傷つけることになる。最悪、命を奪う可能性も……いま、エクアが手を貸そうとしている行為は、それに積極的に手を貸すことを意味するが?」


 私はそう言葉を発し、一瞬だけ瞳に悲しみを乗せた。

 だが、エクアに気づかれる前にそれを消す。

(今の感情は? もしや私は、彼女にあまり汚れて欲しくないと願っているのか? それは何故だ?)


 たしかに、無垢な少女がけがれゆく様はあまり見たいものではない。

 だが、いま瞳に宿った感情はそれとは違うもの。

(私は、エクアに何を見ようとしているのだ?)



 エクアは私の心情の変化に気づくことなく、言葉を小さく漏らす。

「それは……」

 エクアは少しの間、うつむいた。

 だが、すぐに顔をこちらに見せて、はっきりとした口調で言葉を返す。


「元は私の至らなさが原因っ。傍観者ではいられません! 協力させてください、お願いします!」

 そう言って、深々と頭を下げる。


 私は強き意志の宿るエクアの声を抱き、先ほどの感情の揺らぎを忘れることにした。そして、ギウをチラリと見る。ギウはコクリと身体を正面に振った。


「そうか……では、手助け願おうか。だが、安心してくれ。傭兵たちを傷つけるような真似はしない。エクアに余計な重荷を背負わせるわけにはいかないからな」

「ケント様……ありがとうございます!」


「なに、礼には及ばん。では、この作業が終わり次第、彼らが来るまで少し休むといい。私とギウはこれから寝ずの番を張る」

「え、でも」



 私はピッと人差し指をエクアに向ける。

「問答はなしだ。大人には大人の役目というものがある。だから、ここは従ってくれ」

「……わかりました。でも、何かあったらすぐに起こしてくださいね。必ず、お役に立って見せますから」

「もちろんだ。では、ギウ。森の方で見張りを頼む。私は仕上げに投網と、以前購入しておいた油と松明たいまつを準備しておく。二時間ほどしたら交代しよう」

「ギウ」


 

 ギウは森の闇に溶け込むように歩いて行った。

 エクアは袋小路へ誘い込むための罠の準備を行う。

 私もまた、傭兵たちを無傷で降伏させるための準備に入った。

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