第38話 迎え撃つ準備

 アルリナとトーワを結ぶ、マッキンドーの森を馬で駆け抜けて行く。

 激しく伝わる振動。


 私と密着することを恥ずかしがっていたエクアは、もはやその余裕もなく、馬を抱え込むようにしがみついている。

 私は彼女が零れ落ちてしまわないように前傾姿勢を取り、彼女を覆う形で馬を走らせていた。


 隣ではギウが素足で並走している。

 彼は息切れ一つ漏らすことなく、馬と同じ速度で走っている。

 その余裕からみて、彼はもっと速く走れるようだ。

 

 途中、何度が休憩を挟んだが、六時間程で古城トーワに戻ってくることができた。

 着いた頃にはテラスとヨミの二つの太陽は隠れ、月が顔を覗かせ始めていた。



「ふぅ~、なんとか闇に閉ざされる前に森を抜けることができたか。私の乗馬技術では暗闇を走るのは無理だからな」

「つ、着きましたか?」

「大丈夫か、エクア?」

「はい、途中休憩をして頂いたおかげでなんとか、こほこほ」

「ん、のどを傷めたようだな?」

「はい、のどが少し乾いて」

「そうか、道中の水分補給は少な目だったからな。水はあまり持ってきていないうえ、その水もほとんど馬に与えたし……よし、まずは水を飲んでからだ」



 私たちは井戸から水を汲み、のどを潤していく。

 水の安全性はここ数日、美味しく生水を飲んでくれた馬のおかげで確保されていた。

 その功労者たる馬には、例の鉄兜を使い水を与える。


「そういえば、馬用の桶を購入し忘れていた。荷運びといい、かなり世話になっているから、ちょっと良い物を買ってやらないと」

「あの、ケント様?」

「ん?」

「これからどうするんですか?」

「シアンファミリーを迎え撃つ」

「……大丈夫なんですか?」


 エクアは不安に怯える瞳をこちらへ向けた。

 私はそっと彼女の頭を撫でる。


「問題ない。策がある」

「策?」

「とても単純で有用な策がな。それらの説明は策の準備をしながらするとしよう。今日は少し遅くまで体を動かすことになる。ギウ、頼りにしているぞ?」

「ギウギウ」

「悪いな、無理をさせて。おそらく、今日か明日の深夜が決戦となるはずだ」



 私が戦いの時間を口にすると、エクアが小さく手を上げた。

「あの、どうしてシアンファミリーが攻めてくる時間が深夜だとわかるんですか?」

「一応、私は領主だ。その殺害を行うなら、なるべく人目につかぬように事を起こしたいはず。そうなると、おのずと攻めてくる時間が見えてくる」

「なるほど……」


「できれば、明日の深夜に来てくれればこちらも休む時間ができるのだが……文句を言っても仕方がない。幸い、城までの道は整備できているしな」

「道?」


「トーワの防壁を抜けて、城まで続く道のことだ」

 私は指先で、防壁から城までの道をなぞり示す。

 その道は、私とギウで整備した道。今では瓦礫など全くなく、荷馬車程度なら通れるほどの道幅がある。



「傭兵たちの数は多く、私たちを侮っている。また、秘密裏に領主を手に掛けるという性質上、事をいている。そのため、小細工などせずに数で押し切るだろう。彼らは兵を分けるなどということもなく、真っ直ぐと城を目指す」


「それじゃ、その道に罠を?」

「その通りだ」

「でも、もし、兵を分けたら?」

「それは困る。だから、分けにくくする」

「どうやってですか?」



 私は古城トーワとその城を守る防壁全体を撫でるように手を振った。


「見ての通り、防壁の内部には瓦礫が散乱している。そのため、内部を移動するのは一苦労だ。それが深夜となれば、ますますを以って歩きにくいだろう」


 エクアはじっと瓦礫たちを見つめる。

「移動は制限されている……つまり、それは誘導しやすいということですか?」

「ふふ、その通り。彼らは馬の嘶きで私たちに気づかれぬよう、森の途中で馬を降りて、歩きで防壁内を通り城へ向かうだろう。その道中に瓦礫を巧みに配置して、道を邪魔する。私とギウが整備した、城へと続く道以外をね」


「でも、それじゃ、あからさますぎじゃ?」

 エクアの問いに、ギウが一歩前に出て、銛で大きめの瓦礫を弾き飛ばす。

 瓦礫はコロコロと転がり、整備された道の真ん中で止まった。



「せっかく整備した道を散らかすのは残念だが止む得まい。ま、このように偽装して、この道も瓦礫の道に見せかける。もちろん、一番通り易い道にしておくが……」

「それじゃあ、城に繋がりそうな他の道はあらかじめ瓦礫で塞いでおき、この道一本に絞る。ということですか?」


「そういうことだ」

「なるほどなぁ……そうなると、視界が利きにくい、深夜というのも私たちの助けになっているんですね」

「そうだな、時の利が私たちの味方をしてくれる。では、早速準備をしよう。早ければ、日跨ぎから二・三時間後には彼らが来るはずだ」

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