第21話 一人の男として

 私は少女を威圧している三人の戦士にやんわりと話しかけた。



「失礼。先ほどから、何やら揉めているようだが……何か厄介事かな?」

「あん、誰だてめえは? 気持ち悪ぃ目の色しやがって、殺すぞ」


 三人の中で一番小柄な戦士が巻き舌を交え威嚇してきた。

 彼のとても友好的な態度に、この先が思いやられる。


「通りすがりの者だ。何事かと思って声を掛けたんだが?」

「うっせいな。関係ねぇ奴は引っ込んでろよ! 殺すぞ」


 男はまたもや殺すぞと威嚇してくる。これでは話にならない。

 私は視線を奥にいる少女に投げた。


「何があった? 少し話が聞こえていたが、何らかの取引をしていたようだが?」

「あの、それは……ちょっと」


 少女は言い淀む。私はもう一度、少女に問いかけようとした。

 だが、小柄な戦士が追い払うような口調で私の声を止めた。


「ただの商売だよ。だから、てめぇには関係ねぇの。殺すぞ」

「殺すぞは口癖なのか?」

「あん?」

「何でもない。はぁ、仕方がない」



 穏便に済ませたかったが、そうもいかないらしい。私は覚悟を決める。

「大人の男が三人で少女を囲んでいたら、あまり良い状況とは思えない。君たちは何をやっている?」

「んだとぉ~、いきなり俺らを犯罪者扱いかよ? 殺すぞ」

「違うというならば説明して欲しい」

「てめぇ、警吏けいりでもねぇくせに、何の権利があって口を挟むんだよ? 殺すぞ」


「権利は有している。一人の男として、少女が怯えている姿は見過ごせない。それが犯罪に関わる可能性があるならば、なおさらな!」

「ギャハハハ、聞いたかよ? かっけ~な、おい。一人の男だってよ!」

「好きなだけ馬鹿にしろ。だが、何をしているのか説明してくれ。問題なければ、すぐに立ち去る」


「鬱陶しい奴だな~。てめぇの言った通り、こいつと商売してただけだよ。ちゃんとお互い納得した金額で商品を購入したのに、いまさらになって返せって言いやがる。どちらかというと俺らは被害者なんだぜ~」

「そうなのか?」

 少女に顔を向けて問いかける。

 すると、少女は力なく答えた。


「そうだけど。でも、あんなことに……」

「あんなこと、とは?」

「それは、あの……っ」



 少女は口を噤んでしまった。代わりに小柄な戦士が盛大に笑う。


「ギャハハハ、ま、言えね~よな。俺たちは商売仲間。いまさら、誰かに助けを乞うなんてできねぇよな。そうだろぉ?」

「それは……でも、私は知らなかった!」

 少女の声が路地裏に響き渡る。それはとても悲痛な叫び。

 その叫びは、彼女が何を思い、何をしたのかわからないが、助けを求めていることは十分にわかる声だった。


 痛みの宿る少女の声は、男たちの顔を醜く捻じ曲げさせる。

「くそ、うるせいなっ。グダグダ言いやがって。おい、てめぇら場所を変えっぞ。じゃねぇと、この男みてぇな鬱陶しい野郎が来るかもしれねぇからな」


 小柄な戦士は顎をくいっと前に出した。

 その指示に従い、戦士の一人が少女のか細い腕を握り締める。

「来い!」

「痛っ! やめて!」


「やめろ!」



 私は大声を張り上げて彼らの不埒な行為を止めさせた。

 その声が響くと同時に、男たちの雰囲気が変わる。


「マジ、うぜぇな。殺すぞ」

「悪いが、殺されても見過ごせないこともある」

「はっは~、かっけ~。だけどな、俺らはシアンファミリーの傭兵だぜ。覚悟はできてんだろうなぁ?」

「なに?」



 シアンファミリー――港町アルリナを牛耳る一派。評判はすこぶる悪く、関わり合いになってはいけない連中。

(クッ、彼らがシアンファミリーの傭兵とは……)

 私は顔を曇らせる。

 それを見た戦士たちは表情をニヤつかせている。



「へへ、ビビりやがった。なっさけね。おい、お前ら行くぞ。こっちの正義の味方は休業するらしいからよ」

 男たちは下卑た笑い声上げながら、私を横切っていく。

 少女もまた、無理やり男たちに引きずられ、私の隣を通り過ぎようとした。

 少女の淡い緑の瞳は恐怖に彩られている。

 彼らは薄汚れた粗雑な指先で、ガラス細工のように儚い少女の腕を握り締めている。



 私は……大きくため息をついた。

「はぁ、厄介事についてどうするかはあとで……考えるとしようっ!」


 言葉を跳ねると同時に、剣の鞘で少女を握り締めていた男の腕を打つ。

「いでっ!」

 男が痛みに負けて、少女の拘束を解く。

「こっちへ!」

 私は少女の手を引き、自分の後ろへと回した。

 男たちは殺気の宿る瞳で私を睨みつけてくる。


「てめぇ、何をしたのかわかってんだろうなぁ? シアンファミリーに喧嘩を売ったんだぜ。ぶっ殺すぞ!」

「ふん、相手が何者であろうと、幼い少女を怯えさせるような連中は見過ごせない。一人の男として、君たちに、いや、貴様たちにこの子を渡すわけにはいかない!」

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