第三章 アルリナの影とケントの闇
第20話 絹を裂くような
「調味料、良し! 食料、良し! 工具類、良し!」
そんな中、傍に立つギウは何かの店に視線を向けていた。
「どうした、ギウ? 何か買いたい物でも?」
「ギウギウ」
ギウは店の前で束になっている絨毯たちを指差す。
「絨毯か……たしかに石の床が剥き出しの部屋は寒々としているな。だが、これ以上、馬に載せるのは無理だろう。また、次の買い出しの時にしよう」
「ギウ」
ギウは別の店を指差す。そこは寝具店。
「ああ、そうだった。ベッドのことも考えないと。いつまでもソファで寝ていられないし。どうも、食料品や日用品に目が行きがちで、つい忘れてしまうな。とはいえ、ベッドを運ぶとなると馬では足りないし」
家具類を運ぶには荷馬車が必要。さらに人を雇い、運んでもらう必要がある。
「はぁ~、物を揃えるというのは色々と手間がかかるな。ギウの部屋のこともあるし、荷車の購入も考えないと」
「ギウ? ギウギウ?」
ギウは身体を傾けている。表情はわかりにくいが、きょとんとしているといった感じか。
だが、彼がそうなるのも無理もない。
「君の部屋のことは話していなかった。ギウさえ良ければ、城に住んでくれないか?」
「ギウ!?」
「君が傍にいてくれると、何かと助かっていてね。すべて私の都合になるが、もし、良ければ……幸い、ボロボロの城と言えど、片付けさえすれば部屋だけはたくさんあるからな」
「ギウウ?」
「ああ、問題ない。正直言えば、一人で城に住むのは寂しくて。それで……どうかな?」
「ギウ」
ギウは快く身体を前に揺すった。
「そうか、良い返事をもらえてよかった。それでは、これからよろしくな」
「ギウ」
ギウとギュッと固い握手をする。
そこに、少女らしき声が飛び込んできた。
――返してください!
近くの路地裏から響く声。
その響きは切迫している。明らかに揉め事だ。
「ふむ、暖かな日差しが降り注ぐ、穏やかな
「ギウギウ?」
「そうだな。耳に入ってしまった以上、知らんぷりとはいくまい。ギウは待っていてくれ」
「ギウ?」
「なに、チンピラ程度ならどうとでもなる。それに、便利な武器もあるしな」
私はベルトに挟んでいる銃を見せつけた。
銃を見たギウは身体を捻って、目を瞑り考え事をする素振りを見せる。
考えてみれば銃は珍しく、ギウにはなんなのかわからないのだろう。
「これは飛び道具だ。剣や弓よりも扱いやすく、小ぶりだが、非常に威力のある武器だ。だから、心配ない」
「ギウ」
「ふふ、それでは、様子を見に行ってみるよ。ギウは荷物を見ていてくれ」
私はギウに荷物番を頼み、少女の声が聞こえた路地裏へと向かった。
――路地裏
「返してください!」
少女の声が響いてくる路地裏をこそりと覗く。
そこでは十二~三歳程度の少女が屈強な男三人に何かを訴えていた。
男は三人とも腰に剣を
私は心の中で、一人で来たのは不味かったかと考える。
(てっきり、チンピラかと思ったが、戦士とは……並の戦士であればなんとかなるが)
私にはとても役に立つ銀の瞳がある。
剣や魔法の心得がない私でも、この瞳の力を使えば並の戦士程度ならどうとでもなる。
その瞳を動かし、戦士から少女に向けた。
大きな茶色の肩掛けカバンを身に着けた少女は、青いワンピースの上にエプロンを重ね着している。
白いエプロンには赤や青や黄色といった様々な塗料が付着していた。
また、その色合いに新たな色を足すように水色の長い髪を持ち、さらに水色の髪には赤と白の髪が数本混じっている。
容姿は少女らしい幼さを纏い、実に愛らしい。
身体は華奢で、肌は透き通るように白く、弱々しく感じる。失礼だが薄幸の少女という表現がとても合う。
だがしかし、その容姿とは裏腹に少女は淡い緑の瞳に力を籠めて、屈強な男三人を相手にはっきりとした意思の籠る声をぶつけていた。
「お願いです、返してください!」
「んなこと言われてもな~。こっちはちゃんと報酬を払っただろ?」
「それは、そうですけど……でも、私の絵をあんなことに使っているなんて知らなかったから。お願いです、ジェイドおじ様に会わせてください!」
私は彼らに見つからぬように様子を伺いながら、会話の流れから何が起こっているのか推察してみる。
少女は『絵』と言っていた。
エプロンに付いている塗料から、少女は絵描きなのだろう。
そしてその絵を、彼ら、またはジェイドおじ様なるものに売った。
だが彼らは、少女の絵を不本意な形で使っている。
だから少女は、絵を返してくれと頼んでいる。と、いったところだろうか?
(ふむ、困ったな。取引での揉め事となると、第三者が介入して良いものか? 下手な介入は事態を悪化させかねない……だが)
息を吹きかけるだけで砂のように崩れてしまいそうな少女と、岩で頭を殴りつけてもピンピンとしていそうな男たちの諍い。
放っておくには忍びない。
それに、男たちの容貌はお世辞にも上品とは言えない。
明らかに暴力を生業としている連中。
少女が食い下がれば、必ず暴力的な手段に訴えるだろう。
(やはり、口出しすべきか。だが、少女に迷惑が掛からぬようにせねばな)
私は路地裏の中へ入っていき、男たちに声を掛けた。
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