第6話
理莉の家から帰りまず最初にしたのは、何をすべきか考えることだ。最低条件の、真面目に学生生活を送ることは難しく無い。今までは逃げていただけで、前世の私は社会人のお手本のような生活を送れていた。
次に成績を上げること、これも難しくは無い。今まではテスト前に詰め込むだけだったが、授業にしっかり出れば大抵のことは覚えられるし、空いた時間に入試に必要な勉強をすればいい。前に私の記憶能力を辞書で例えたが、これからの勉強は重要部分に付箋を挟む感じだ。
そして、合格の可能性は低いだろうが護衛官学校の入試対策もしなければならない。流石にこれは何をすればいいか分からないので、私や理莉の母、節さんや学校にいる護衛官などの経験者に聞けばいいだろう。
先のことは分からないが、出来ることからコツコツとやっていこう。何事もそれが大切だ。
差し当たって、母さんに護衛官学校合格を目標にすると言ったところ、私と理莉の関係をめちゃくちゃに揶揄われた。なんですぐに男女の関係に結びつけようとするんだろうか。この世界では珍しいが、異性間の友情も無いわけでは無いだろうに。
母さんから入試や資格試験の情報を聞いたあと、ふと気になって男護のS級とはどれくらい凄いのか聞いてみた。なんと、国賓の護衛を行う程らしい。その下のA級が政治家や大企業社長、B級が一般の護衛を行うそうだ。凄そうだとは分かっていたが、そこまでだとは思わなかった。
ちなみに母さんは元S級だった。資格取得後、父以外の護衛は数回しかせず、父が亡くなってからは護衛官を辞めてしまったので宝の持ち腐れだ。
この後すぐに話題が惚気に移ってしまったが、やるべき事は分かった。次は入試に向けた勉強方法を学校の先生方に聞くとしよう。
次の日の朝、早速職員室に向かった。先ずは担任の山田先生への進路の相談からだ。いきなり護衛官になりたいだなんて、冗談だと思われないだろうか。
「山田先生。私男性護衛官を将来の目標にしたいんですけど、今からでも間に合いますかね?」
「へ?⋯⋯お前が?⋯⋯男護?なんで?なんで?」
ヤマダは こんらん した!
「普通に考えて無理だろ。」
わけも わからず スミレを こうげきした! スミレは みらいが まっくらに なった!
知っていたことなのでダメージは少なかった。仕方ないので、これからは真面目に授業を受けると伝えて帰ろうとすると、校長が助け舟を出してくれた。
「まあまあ山田先生。生徒が折角やる気を出したんだ、話くらい聞いてあげてもいいでしょう。校長室に来てください、相談に乗りますよ」
校長先生、あなたこそ教育者の鑑です!
校長室のソファーに座ると、どうして急に護衛官になろうと考えたのか、と聞かれた。個人名や詳しいことは話せないが、佐代利さんに言われた事を簡潔に伝える。
「なるほど、そういった経緯でしたか。⋯⋯ここだけの話なんですが、先日の事件のせいでこの学校への入学を希望する男子が減っていましてね」
ん?話の繋がりが見えないんだが?
「君は授業に出ていないがテストの成績は良い。身体能力も高いし、男子を助けたという実績もある。可能性は十二分にあると思いますよ」
「ありがとうございます」
「学生から男護が出たとなれば、学校の評価も良くなります。そこでどうでしょう、サボっていたのは、周りの生徒によるイジメのせいだとしてしまうのは」
悪い大人だ!ゴリゴリの裏取引を持ちかけてきた!
「幸い、机を隠されたなどの事実もある。どうでしょう、悪い話では無いと思いますが」
取引自体は黒に近いグレーだが、一応筋は通っている。
イジメによる人間不信で不登校だったが、ある男子との出会いにより再び人を信じられるようになり、彼を守るために護衛官を目指す。
なるほど、ストーリーとしてもよく出来ている。
しかし、これを受けていいものか。もし仮に、こんな不正ギリギリの方法で合格したとして、私はそれを理莉に誇れるだろうか。うーむ。
「少し考えさせて貰えませんか?」
「いいですとも。護衛官学校の願書受付は3年の6月から始まるので、それまでに返事を頂ければ大丈夫です」
果たして何が正解なのだろう。護衛官になるのは必須では無いが、チャンスを逃して良いものか。かと言ってこの話を受けて不正と判断された場合、私の立場はより悪くなる気がする。
悩ましい問題だが、とりあえずこれからはしっかりと授業に出ることにしよう。過去のサボりはどうにかできるかもしれないが、これからの部分は自分で変えていかないと示しがつかない。
◆◆◆
答えの出ないまま1学期最終日になってしまった。学校生活自体は、無遅刻無欠席で過ごせている。授業中は生徒の殆どがノートと黒板しか見ていないので問題が起こることもなく、授業に出ることは意外と楽にできた。
但し体育の『二人組作って』は除く。
終業式も終わり、課題を鞄に詰めて校舎を出ると、普段男子生徒の送り迎えが行われている駐車場に見覚えのあるリムジンが駐まっていた。
私が気が付いたのが分かったのか、リムジンの窓が開き理莉が私を呼び始めた。
「スミレさーん!迎えにきたよー!」
やめてください。唯でさえ浮いているのに、余計に目立ってしまう。
もう遅い気もするが、また悪い噂が立つと嫌なのですぐに駐車場を出てもらう。
「びっくりしたー。前回も思ったが、なんでいきなり来るんだよ」
「なんでって、会いたかったからだよ。いきなりなのは、お互いの連絡先を知らないから」
そう言われれば、私達は互いの連絡先を知らない。いきなりに成るのは、当然のことだったのか。
それにしても、せめて場所は選んで欲しかったが。
「もしかして、僕が来て迷惑だった?」
理莉がしょんぼりしてしまった。
「迷惑じゃないよ。むしろ会えて嬉しいくらいだ」
「本当⁈僕も!」
さっきの落ち込みが嘘のようにルンルンだ。なんだか、手の平の上で転がされている気がする。これが勉強の成果だと言うなら、これ以上理莉に余計な事を教えないでほしい。私は友達の笑顔に弱いのだ。
「それで、今日はどこへ行くんだ?」
「スミレさんもこれから夏休みで時間ができるでしょ?遊ぶ約束をしたり、会えない日の連絡の為に、携帯を買いに行こうと思うんだ」
ちょっと待って欲しい、私が携帯を持っていない前提で話してないか?理莉が番号を知らないだけで、持っている可能性もある筈だ。
「え?スミレさん友達いないのに携帯持ってるの?」
「帰る」
「わー!待って待って!走ってる車から降りようとしないで!」
ドアノブを引っ張ったがドアは開かなかった。最近は自動ロックがあるので、本当に降りようとしたわけではない。ちょっとしたジョークだ。
「スミレさんなら本当にやりそうだから心配させないでよ。⋯⋯実はね、僕も初めて携帯を買うんだ。だから一緒に行きたかったの」
そういえば私も、初めて携帯を持つ時は数日前から楽しみで眠れなかったな。
「一緒に行くのはいいけど、私は未成年だから1人じゃ契約できないぞ」
「問題ありません。必要書類はスミレさんのお母様から預かって参りました」
これまで黙って私たちを見守っていた節さんが、同意書などの書類の束を渡してきた。用意がいいことで。母さんも見ず知らずの人間に個人情報を、しかも割と重要な書類を渡すんじゃないよ。
「おそろいにしようね」
理莉の言った通り今までは必要無かったが、あって困るものでもない。どうせいつかは必要になるので、いい機会だ。
車の向かった先は、男性とその同伴者しか入れない携帯ショップだった。同伴者が女性の場合はガードマンが目を光らせているので、男性でも安心して買い物ができるらしい。
入店後、早速携帯を選び始める。いくつか良さそうなのはあったが、特に気に入ったのは防水防塵耐圧耐熱のスマホだ。メカメカしい見た目が最高にかっこいい。
「理莉、コレなんてどうだ?かっこいいし、どんな環境でも故障の心配は無さそうだぞ」
「えー、それ可愛くないじゃん。それよりこっちはどう?色も形もカスタマイズできるの」
んー、カスタマイズは良いけど、パーツ全体がファンシーすぎない?私には合わない気がする。
あーでもないこーでもないと悩んでいると、店員がオススメを紹介してくれた。完全防水でサイズと色の種類が豊富な、私たちにピッタリのスマホだ。背面に付いたイルカのシルエットもなかなかオシャレでいいと思う。
「これにしようよ。色は僕が選んでもいい?」
「色は一緒でいいけど、サイズは別にしよう。私はLがちょうどいいけど、理莉には少し大きいからな」
「うん!」
ふと値段を見ると、思った以上に高かった。スマホの値段ってこんなだっけ?世界によって値段に違いがあるのか?
お金を使う理由が無かったので貯まった小遣いで払えるが、今後の事を考えると少し心許ない。
基本料金も支払わなければならないのでバイトでもしてみようか。
スマホは理莉の好きな水色に決まった。イルカのシルエットにも合っているし、いいセンスだ。
初契約なのでメアド決めに悩んだが、二人とも無難に名前+生年月日にしておいた。
契約が終わり、メアド交換ついでに理莉にテストメールを送ろうとすると、待ったがかかった。
「初メールなんだから、家に帰ってから考えて送ろうよ。アドレス自体は覚えてるでしょ?」
折角だからちゃんとしたいというのは分からんでもない。ただこういうのは、考えれば考えるほどいい文は浮かばないぞ。
携帯を買った後は、ファミレスに寄って食事をすることにした。
その最中、校長から言われた取引のことを相談してみる。
「スミレさん、護衛官になるの⁈」
「そういえば、理莉には言ってなかったか。一応目標にはしたんだが、不正までして成っていいものか⋯⋯」
「うーん⋯⋯。僕としては成って欲しいけど。節さん、これって大丈夫なの?」
成る程名案だ。通路を挟んで向かいの席に本物の護衛官がいるのだから、その人に聞くのが手っ取り早い。
「大丈夫だと思いますよ。流石に一年間の欠席を誤魔化すことは珍しいですが、数日の欠席をインフルエンザなどで公欠扱いにして、皆勤扱いにするのはどこの学校でもしていることです。」
「そもそも、相応しくない者は入試や学校で弾かれますので。入試を受けること自体は簡単なんですよ。」
記念受験や奇跡狙いの人間もいるだろうし、全員の素行まで見ていられないのか。素行調査をする場合にも、出席率よりも本人の生活の方が重要だ。
「それなら大丈夫だね。そっか⋯⋯スミレさん護衛官になるんだ。頑張って、応援するよ!」
問題無いなら、校長の話を受けてもいいか。これで1番の問題は無くなった。まだ学力、特に社会の内容が危ないので気は抜けないが。
そうか、そこら辺も経験者に聞けばいいのか。
「節さん。もしよかったらメアド交換しませんか?入試対策とか聞きたいので」
「いいですよ。後日スミレ様のアドレスにメールを送っておきます」
現役の護衛官が相談に乗ってくれるのは非常に心強い。
そして、理莉と私が初メールの約束をしているのでメールを後日にするさりげない優しさ。こういうかっこいい大人になりたいものだ。
◆◆◆
今日こそは、暗くならないうちに理莉を家に返した。同じ失敗はしない。私は学習できる女だ。
案の定、家に帰って暫く待っても理莉からメールが届くことはなかった。いい文面が思い浮かばなかったのだろう。
こちらから、今日誘ってくれたことのお礼をメールすると、直ぐに返事と電話が返ってきた。
「初電話だね」
「初電話はいいけど、メールの文面を考えすぎて送れなかったことを誤魔化すなよ」
「スミレさんだってメール送って来なかったじゃん」
「私はお前が送ってくるのを待ってたんだよ」
「何それずるい!じゃあ僕も待ってたことにする!」
電話でも楽しそうしているのが分かり、思わず笑ってしまった。
「次からは考え過ぎないようにな」
「⋯⋯⋯気をつける」
理莉は気をつけないとメールも送れないのか?簡単なメールの送り方を今度教えてやろう。
「ねえ、次は前言った遊園地に行きたい」
「お、いいなそれ。夏休みでも平日ならそんなに混んでないだろうし、どっかでいこうか」
実の所、これまでの欠席を補う為の特別課題で割と忙しい。その上遊園地に行くならバイトもしなければならないので、大変だ。
そうは言っても、久しぶりに夏休みが充実しているので嬉しくはあるが。
「じゃあ、お休みなさい」
「おやすみ、また明日な」
その後少し予定を話して、今日はお開きとなった。前世の女子の電話は長いイメージがあったので、この世界の男子もそうかと思っていたが、理莉はそうでも無いらしい。
ところで、中学生ってバイトできたっけ?
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