第5話

「すみませんでした!」


 


 謝罪は土下座から入るのがマナーだ。前世の就活で、マナー講師が言っていたから間違いない。


 


「それは、何に対しての謝罪ですか?」


 


 来た! 何が悪かったか本当に分かっているのか?という地獄の質問だ。殆どの場合に後出しで相手を殺すことができる最強カード、いきなり切られてしまった⋯⋯。


 


「家出した未成年男子を見つけても通報せず、その上暗くなるまで連れ回したことに対してです!」


 


 本心で悪いと思っている。理莉に対して仲間意識を感じるまではいいが、連れ回したのはまずかったと、今になって強く感じている。


 


「悪いとは思っているのですね。場合が場合なら貴方今頃刑務所の中ですよ。」


 


「お母様のおっしゃる通り「お義母様と呼ばれる筋合いはありません!」スミマセン! 佐代利さんのおっしゃる通りです!」


 


 ミスった。ベタ過ぎて逆に気がつかない地雷を踏んでしまった。佐代利さんも何故か黙ってしまったし、沈黙が重い。何か言わなければ。


 


「あの、1つ質問をしてもいいですか?」


 


「なんでしょう。」


 


「なぜ理莉の家出を見逃したんですか?」


 


「⋯⋯それは、どういった意味ですか?」


 


「この家のセキュリティを、誰にも知られずに抜け出すなんて不可能だと思うんですよ。実際、護衛官が遠巻きに張り付いていた訳ですし。何で家出が分かった時に連れ戻さなかったのか疑問に思いまして。」


 


 前からおかしいとは思っていた。護衛官とはエリート中のエリートだ。家出を見逃すとは思えない。ならば、あえて見逃したと考える方が普通だ。


 


「スミレさん。理莉の事をどう思いますか。」


 


 どう思う?なぜ今そんな事を聞くのだろうか。


 


「いい奴だと思います。少し抜けていたり、向こう見ずな所はありますが、素直で、しっかりとした芯を持っている強い子です。」


 


「そうではありません。他の男子と比べて、理莉はどうかという話です。」


 


 なんだ、そういう意味か。そうならそうと分かりやすく言って欲しい。勿論、口に出すことはないが。


 


「危機感が足りないと思います。少なくとも、私の知っている男子は女というだけで避けるような連中ばかりです。」


 


「私もそう思っていました。だからこそ、理莉の家出を聞いた時、ある意味いい機会だと考えたのです。」


 


 なるほど。護衛官に囲まれた安全な環境で、理莉に世の女性の怖さを教えようとしたわけか。


 


「もちろん、理莉を襲う女性もこちらで用意していました。言わば避難訓練です。少しでも足りない部分を理解してくれればいいと思っていました。」


 


 息子のことを思えばこそのスパルタか。


 


「予定通りにはなりませんでしたがね。」


 


 佐代利さんの雰囲気が少し柔らかくなった気がする。恐る恐る顔を上げれば、表情も柔らかくなっている。


 


 「貴方が理莉襲い掛かれば、すぐにでも制圧する手筈でした。しかし予想に反し、最後まで問題が起こることは無かった。おまけに、貴方のおかげで理莉は身を守る為の知識を自ら学ぶようになりました。本当に、子育てとは難しいものですね。」


 


 どうやら許してもらえたようだ。掛け軸の裏や畳の裏の気配も無くなっているし、山は越えたらいし。


 


「こちらからも質問をしていいですか。」


 


「なんなりと聞いてください。」


 


「貴方のことは調べさせてもらいました。授業には出ないのにテストでは毎回良い成績。不良を気取る割に、自ら悪事を働くことは無い。多くの場合で逃げる事を選び、戦う場合も最低限の力で無力化する。」


 


 客観的に見てなんと中途半端な人間だろうか。


 


「屋上から飛び降りた、一日中空気椅子で授業に出席した、なんて荒唐無稽な話や悪い噂もありましたが。私達が調べた情報からは、悪い人ではないと感じました。」


 


 想像以上に高評価だ。大切な息子と会うことを許可するのだから、悪く思われてはいないと考えていたが、ボロクソに言われる覚悟はしていたのに。


 


「貴方、なぜ真面目に生活しないのですか?」


 


 なんだかんだと聞かれたら(ry。理莉に話したのと同じように、転生に関する以外の話を隠さず伝える。


 


「なるほど。要するに、人間関係がうまくいかず、ふて腐れているわけですね。」


 


 要されてしまった。しかも割と的確に。ぐうの音も出ないとは正にこのことだ。


 


「⋯⋯スミレさん、男性護衛官になるつもりはありませんか?身体能力は申し分なし。理莉に対する態度や先程の話から、男性に対する配慮も伺える。意外と向いているかもしれませんよ。」


 


「無理ですよ。これまでの生活態度が悪すぎて、入学試験すらも受けられません。」


 


「それくらいなら私の伝手と如月家の力を使えばどうにかなります。それに、もし貴方がそのままの生活態度を続けるなら、今後理莉と合うことは許可しませんよ。」


 


「えっ⁈」


 


「当たり前です。理莉は如月家の一人息子ですよ、交友関係は考えなければなりません。」


 


 マジか。私はやっと出来た友人と付き合うことに、護衛官に成る程の努力が必要なのか?転生チートの代わりに呪われてたりしない?


 


「なんなら、こちらから護衛官学校に推薦しておきましょうか?これでも元S級の護衛官です。合格させることはできませんが、入試を受けるくらいなら可能だと思いますよ。」


 


 S級というのはよく分からないが、恐らく最高の階級だろう。何と魅力的な話ではあるが⋯⋯。


 


「んーいや、遠慮しておきます。」


 


「なぜですか?」


 


 理莉は私に会うために随分と頑張ってくれたらしい。姉貴分としては、自分の力で頑張る姿を見せなければ示しがつかない。


 


「なるほど差し出がましいことをしました、忘れてください。」


 


「ありがとうございます。まあ、できる限りのことはやってみます。」


 


「私も、理莉の悲しむ顔は見たくありません。頑張りなさい。」


 


 これでも前世では真面目で通っていたんだ。護衛官は無理だと思うが、最低でも交友を続けられるくらいには真面目になろう。


 


 


 


  ◆◆◆


 


 


 


 私が今後の生活態度を改めようと決めてすぐ、理莉とお父さんが料理を運んできてくれた。これだけ金持ちなら、専属の料理人がいても不思議ではないが、理莉のお父さんの趣味が料理なので雇っていないようだ。


 


 料理が一通り揃ったところで、お父さんを紹介してもらう。


 


「息子がお世話になりました。理莉の父の如月向春です。」


 


「初めまして、理莉さんの友人の睦月スミレです。」


 


 雰囲気が理莉に少し似ているが、落ち着いた普通の男性に思える。この場合の普通とは、この世界ではなく、私にとっての普通という意味だ。つまり、非常に珍しい。


 


「理莉から話は伺っております。どうぞ、料理が冷めないうちに召し上がってください。」


 


「それでは遠慮なく、いただきます。」


 


 見慣れた家庭料理が殆どだが、非常に美味い。素材が良いのもあるかもしれないが、味付けが、なんというか最高だ。


 


「すごく美味しいです。」


 


 ふと、他の料理が盛り付けまで完璧なのに対して、少し形の崩れただし巻き卵が目に入った。ふむ、如月家は白だし派か、我が家と同じである。


 


「実はね、そのだし巻き卵僕が作ったんだ。どう?」


 


 花婿修行というやつか。まだ師匠には及ばないが、よくできている。思わず、いいお婿さんになると言いそうになったが、何とか飲み込む。この状況は禁句なので、美味しいと言うに留めておく。理莉が嬉しそうなのでなによりだ。


 


 その後も食事は和やかなムードで進んだ。理莉が私の隣に移動した時は空気が凍ったがそれ以外は問題もなく、テーブルマナーに四苦八苦する理莉を見て、自分にもこんな頃があったと懐かしんだり、私の家族の話や理莉の家族の話を楽しんだ。


 


 食事の最中に聞いた話だが、私の態度次第ではすぐに帰す予定だったらしい。理莉は最初は渋ったようだが、最終的に私が佐代利さんに信頼されると信じてくれたようだ。素直に嬉しい。


 食後のコーヒーと私の買ってきたチーズケーキを食べ終わり、話に花を咲かせていると、いつのまにか5時近くになっていた。


 


 長々と話し込んでしまった。流石に夜まで厄介になるわけにはいかないので、ここいらで帰るとしよう。


 


「えー、スミレさん帰っちゃうの?泊まっていってよ。」


 


 本当にこいつは。成長したのかしてないのかよく分からん奴だ。軽く頭を叩いて嗜める。


 


「バカなことを言うんじゃない。そういうセリフは自分で責任を取れるような年になってから言うもんだ。」


 


 少し大袈裟だが、この世界の常識を考えればこれくらいで丁度いいだろう。軽く佐代利さんの顔色を伺えば、驚いて目を見開いていた。


 ⋯⋯しまった!大事にしていると言った親の前で叩いてしまった!誘いに乗るのはアウトだが、叩くのもアウトだった!


 


「信頼に責任か⋯。分かった、責任が持てるようになるまで待つよ。」


 


「お、おう。分かればよろしい。」


 


 どうやらコブにはなっていないし、理解もしてくれたようでよかった。これ以上事がややこしくなる前に、今度こそ本当に帰ることにする。


 


 理莉と二人に別れの挨拶をして、来た時と同じようにリムジンで家まで送ってもらった。道中で梅見さんからも男護の話を聞き、その倍率の高さに驚いた。護衛官学校の合格率が約1%、卒業できるのはさらにその1/3らしい。


 知れば知るほど合格できない気がするが、何よりもまず生活態度を改めてるのが先決だ。久しぶりの、真面目な学生生活⋯⋯。不安でいっぱいである。


 


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