呪縛と望みのホムシミュラ

白里りこ

プロローグ


 もはや人生からは何ものも期待することはできないと悟り、絶望の淵に落ちた時、人間が欲するものは一つだ。

 全ての苦しみから解放されたい。

 そんな痛切な願いだけが、心を支配する。

 

「ゾラ」

 雑然と散らかった部屋で、ベッドに横になったまま、ユリエは少女の名を呼んだ。

「はい」

 辛抱強くベッドの横に座っていたゾラは、静かに答えた。


「あなた、私の言うことは何でも聞いてくれるのよね」

「はい。もちろんです」

「やって欲しいことがあるの」


 ユリエは力無い声で言った。


「私を殺して。今、ここで」

「え……」

「これは命令です。聞けるわよね、ゾラ?」


 ユリエはゾラを見上げて薄く笑った。

 ゾラは動揺して、不安げにユリエを見返した。


 晩夏のプラゴの町は、人々の内なる想いを子守唄に、依然として静かに眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る