第8話 何色の窓
窓のチャンネルを消すと、本物の窓の外の景色が現れる。漆黒の闇に虫も寄らない寒々とした蛍光灯が一本立っているだけ。奥に見えるのは迎えの来ない、置き去りの駐車場。
誰が僕に決めさせたのかは、分からない。僕は自分の命の短さを自覚している。完治しない病で長生きできるわけがない。
美花ちゃん。美花ちゃん。美花ちゃん。
点滴の針を抜いてもらうのがまどろっこしい。
「ねぇ、看護師さん。お母さんの迎えはいらないから。だいぶよくなったし、自分でタクシーで家まで帰るよ。だって、ほら、いつも何かあったときのためにね。学校にも一万円を持っていってるんだ。みんなには内緒だけど、先生は知っている」
窓のチャンネルには感謝しないと。だって、あんなくだらない映像で僕を満足させられるとでも思っているの? 世界は春も過ぎ、夏に焼かれ、秋を感じる間もなく冬に凍死をむかえた。
ガウンを羽織って裸足で駆ける。あ、スリッパを忘れた。点滴をしたから、この後にお腹が痛くなることはしばらくないだろう。行くなら今しかない。
病院の前で待機しているタクシーに乗車する。ろくに服も着替えて来なかったので、病人の姿丸出しのパジャマ姿。え、家に帰るんだよ運転手さん。嘘ついているように見えるのかな。だとしたらすごい洞察力。正解。でも、塾に着くか家に着くかなんて、運転手さんには分かりっこない。
点滴の針の後に貼られたテープをさする。
ねえ、美花ちゃん。君には何色の窓が見えるの? 僕には全部、夜の闇しか見えなかったよ?
美花ちゃんが塾の前で裸足でパジャマ姿で立っている僕を見て、はっと息を飲む。
「優利くん……」
今まで僕のことを名前ですら呼んでくれなくなっていたのに。
僕は近づく。塾のかばんを下げたその腕を掴んで引き寄せる。持ってきた包丁でめった刺しにする。そのあと、首を絞めてみる。そのあと、血まみれの身体を抱きしめてみる。
お腹が痛くなってきた。僕もこの帰りに血便をぶちまけるのだろう。かまわない。美花ちゃんは僕を恨めしそうに見上げている。半開きの口が苦しそうに呻いて、文也くんの名を呼んだ。
僕の名前じゃなかった。僕ではない。僕は、ここにいない。△△は、ここにいない。僕は誰?
△△? 僕は△△なのか?
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